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真っ暗な世界でただ一人、お前だけが優しかったから


 二人は、テンザの自宅に戻ってきていた。

 テンザのポケットには、依然として小さい箱が入っていたままだった。

「な、何かすごいもの見ちゃったね……」

 何とか作った笑顔で、ルカが言う。

「ん……だな」

 テンザは自室の戸を掴んだ。

「ちょっと、ついてきてくれるか?」

 そして、背にいるルカに向かって言う。

「え、うん。もちろん」

 テンザはルカを連れて、自宅の奥にある作業部屋へと入る。

「あー、ここに入るのって久しぶりかも……」

 物珍しげに部屋のあちこちを眺めるルカを置いて、テンザは何も無い壁に手を当て、グッと押し込む。すると、

「わわっ、からくりトビラ!?」

 壁がくるりと半回転して、奥への道を示していた。

 テンザは懐中電灯をつけ、暗い洞窟のような道を進んでいく。

「うわー、すっごーい。これなに? テンザが作ったの!?」

「ああ」

 すっかり探検気分のルカに対し、テンザはどこか緊迫した表情。

 そしてしばらく歩くこと数分。

 洞窟の奥に待っていたのは……

「壁?」

 ルカが口にした通りのものが待っていた。

 無骨な鉄の壁。しかし、どこか見覚えがある。

「これはただの壁じゃない。わからないか?」

 テンザにそう言われ、う~んと考えるルカ。やがて、

「あ、これって国の端にある落下防止の……」

 そう、洞窟の奥に通じていたのは浮遊島国の端にあり、越えれば遥か地上へ落下する壁だった。

「実はこの壁も……」

 テンザが壁を押し込むと、先ほどのからくりトビラよろしく、半回転してみせた。

「ええっ!? これって、かなりかたーく出来てるんじゃないの!?」

「うん、これはかなり手こずった」

 少し誇らしげなテンザ。

「で、この先には何があるの? まさか、ヒューンって落下!?」

「そんなわけないだろ。ほら、道は続いてるわけだし」

 テンザは懐中電灯でトビラの奥を照らしてみせる。

「ホントだ……って、どうゆうこと?」

「実はこの先は……船の内部に通じてるんだ」

「ふぇっ? どうゆうこと?」

「ああ、勿論船と言ってもただの船じゃあない。空飛ぶ船だ」

「空飛ぶ船ぇ!? なにそれカッコイイじゃない! い、今から早速飛んでみようよ!」

 スケールの大きな話に、ドキドキと胸を高鳴らせるルカ。

 しかしテンザは苦い表情をしている。

「んー、乗せて飛んでやりたい気持ちは山々なんだが、残念ながら燃料が片道分しかない」

「片道……分?」

「ああ、その通りだ。この船は、一度エンジンをかけると、燃料が切れるまで空中移動をやめない。そして、ピッタリ隣の平和な移民の大国、『テンタル』でゆっくりと着陸するようになっている」

「ど、どうゆうこと?」

 深刻な顔で話すテンザに、ルカも少し切迫して質問する。

「ルカも見ただろ? この国はもう終わりだ。となれば逃げ出さないと。どこか安全なところへ。幸い、隣国は移民の受け入れに寛大なテンタルだ。少し遠いが、ちゃんと計算はした。

 今積んである燃料でちゃんと到着するハズだ」

「…………」

 テンザの説明をうけ、ルカは真剣な表情のまま船の中へと足を踏み入れていく。

 そして船内の階段を上り、甲板へ。

「かなりの大型船じゃないこれ」

「ああ、ちゃんと人数分耐えられるように作った」

 当たり前だが、これが二人乗りの船であるハズはない。

 つまるところ、それの意味することは……。

「町の人たちをみんな乗せて出発するってこと?」

「そうだ」

 信じられない……と、ルカは思った。

 最も付き合いの長い自分ですら、何をしているのか分からないテンザの機械弄りは、こんな意味のある先を見据えた行動だったのだ。

 しかも、自分を忌み嫌う町人たちを救う用意までして……。

「ど、どうして?」

 思わずルカはたずねた。

「何が?」

「町の奴ら、あんなにテンザのこと嫌ってるのに。どうして町の人の分まで?」

「それは、ルカが教えてくれたんじゃないか……」

「え……?」

 疑問に疑問が重なる。

 テンザの言葉がつながってこない。

「ど、どういう意味? ごめんわかりやすく言って」

「俺に優しさがあるから……ルカは友達になってくれたんだろ?」

「え…………?」

 やさしさ?

「誰かのために何かをしてあげたいと思うことが優しさ……なんだろ? だったら俺は、優しい人間であるために、町の人のために安全を確保しようと思う」

 その言葉で、バラバラなピースになって散らばっていたテンザの言葉が、つながっていく。

「て、テンザ……あんたそんな昔のこと……」

「俺には改造だとかで連れていかれてた時の記憶がないからさ。そんなに昔のことでもないし、残ってる記憶ってのはすっごく貴重なんだよ」

 そしてテンザは目をそらし、少しだけ顔を赤らめて言う。

「そ、それに……ルカとの思い出だしな、うん。忘れるわけねぇっつーか……その、うん」

 瞬間、ルカはテンザに抱きついた。

「な、なんだよ急に!」

「ううん、何でもない。何でもないけど、今はこうさせて」

 しばし抱き合った二人が離れ、再びテンザの自宅内に戻ってきたのは、それからしばらくしてからだった。



「さて、ルカに頼みたいことがある」

「大体予想がつくけど、何? 言ってみて。今なら何でもやるわよ!」

「町の人たちに知らせてきてくれ。一人で回るのは大変かも知れんが、嫌われ者の俺が言ってもどうせ信じてもらえん」

「わかった。もうすぐこの町にも戦禍が及ぶこと。脱出できる船があるからそれに乗れば助かるってことね」

「ああ、俺の作った船など怪しくて乗れんって奴ばっかだろうが、人望あるルカの頼みなら聞いてくれるだろう。どうしても無理な時は、諦めて置いてきてくれ。それはルカのせいじゃない。

 強制出来ることでもないし、怪しいのは事実だからな。原因があるとすれば俺のせいだ」

「うん、大丈夫。あたしに全部任せて!」

「……なんか、ヤケに嬉しそうだな」

「そりゃ当然よ! これでようやくあの馬鹿な町の奴らに、テンザがどれだけ優しいすごい人間かってことを教えてやれるんだから♪」

「…………。」

 面と向かってそんなことを言われては照れるしかないテンザだったが、すぐに思考を切り替え、

「俺は自宅でしなきゃいけないことがあるから、今から六時間以内に、説得出来るだけの人を連れてきてくれ。それ以上遅くなると間に合わない」

「六時間!? そりゃまた短いわね……」

「毎度一つの町単位で敵国のみなさんは侵攻してくる。それの周期と、船の速度を考えると、そうでもしないと間に合わない。本当は、もっと早くにしたいところだ」

「わかったわ……」

 ルカは、またしてもテンザの言葉に驚いていたが、そう何度も驚いて聞き返している場合ではない。

 急がなければならないということは充分に伝わってきた。

「悪いけど、走って行ってくれるか」

「了解よ! テンザの家まで来ればいいのよね」

「ああ、それで問題ない」


「「じゃあまた、六時間後に」」


 二人は揃って再会を約束し、別れた。

 ルカは町を目指して走り、テンザは自宅の作業部屋へ。


 カチカチと、テンザはパソコンのキーボードを叩いていた。

 画面に表示されているのは、自作のハイパーアンテナで盗み出した自国の機密情報。

「よし、よし……これで場所もハッキリした。いける!」

 テンザはパソコンを閉じると、ポケットから小さな箱を取り出した。

 そしてゴーグルをかけ、それに細工をする。

 細かなチップを埋め込み、特殊なロックをかける。

「んー……ま、多分これで大丈夫だな」

 テンザが全ての仕事を終えたころ、丁度ルカの声が聞こえてきた。

「テンザ! 連れてきたわよー!」

 その声に呼応し、テンザは自室を出る。するとそこには……

「おいおい、すげえなお前の人望……」

 なんと、テンザの知る限り町の住人全員がそこに揃っていた。

「隣町が敵軍にやられちまったってのは聞いてたんだ」

「それにルカちゃんの言うことだから、間違いはねぇかと……」

「なんか、今まで意地悪してきて悪かったなぁテンザ……」

 町人が口々に状況説明、あるいはテンザへの謝罪を口にする。

 中には怪しんでいる者もいたが、なんとか全員連れてくることには成功したようだった。

「それじゃあ、みんな中に入ってくれ」

 テンザは号令をかけ、自室の中へ促す。

 町人がガラクタだらけの部屋に驚いたのは一瞬、

「一刻の猶予を争うんですよ! 皆さん、急いでください!」

 というルカの一喝にすぐさま気を取り直して、どんどん奥へと進んでいく。長い列の最後尾に、ルカとテンザはいた。

「ありがとな、ルカ。俺の大船がもし無駄になったら、それ正直悲しいからな」

「何言ってるのよ。みんな、心のどこかではテンザに優しさを持ってたってことよ。優しさがなければ友達にはなれない、ってね」

 ルカの慰めがテンザには嬉しかった。

 やはり、どんな時でもルカは俺に力を与えてくれる。

 ルカは俺の――大切な人だ。






「これで町の人たちは全員乗ったわよ。さ、あたしたちも乗りましょ」

 ルカはそう言って作業部屋へのの扉あける。

 テンザもそれに続く。

「えーっと、からくりトビラは……探すまでもなかったわね」

 先ほどの町人たちのために、半回転された状態のままだった。

「さあ、急ぎましょ」

 ルカは駆け足で洞窟内に進んでいく。

 しかし、足音は一人分。自分のものしか聞こえない。

「どしたのテンザ、急がなきゃ」

 ルカは振り返ってテンザを呼ぶ。

 しかしテンザは黙ってこっちを見ているだけで、全く動こうとしない。

 何か緊急事態が起こったのかと、ルカは仕方なくテンザの隣まで戻る。

「ねえ、どうしたのテンザ」

 ルカの不安そうな問い。

 目の前にいる大切な人――テンザがこの不安を払拭してくれると信じて。


 ――けれど、テンザの口から出た言葉は、ルカの最も聞きたくなかった言葉だった……。


「わるい、俺は一緒には行けねぇや」

 どこか恥ずかしそうにそっぽを向いて言うテンザの様子は、いつもなら好ましいものなのだけれど、

「え……どういう、こと……?」

「や、色々計算してみたんだが、どうにも船で普通に逃げたら、敵国の奴らに追いつかれる。どう考えても怪しいだろ、飛び立っていく巨大船なんて。いかにも財宝か何かありそうだ。

 敵が攻めてくんのは多分三日後ぐらいだが、ノロノロした大型船の動きじゃあ、敵の戦闘機にあっという間に追いつかれちまう」

「つま……り……?」

 ルカはテンザの言いたいことを半ば理解しつつも、それを肯定したくなくて、少しでも先延ばししたくて、聞いてしまう。

「誰かが残って足止めする必要があるってことだ」

「ど、どうしてテンザが!!」

 ルカの胸の内の激情が一気に爆発した。

「テンザはここまで色々なことを用意してきた。ならそんな囮みたいな役目、テンザがやらなくてもいいじゃない!!」

 ルカの叫びの後半は、涙交じりのものになっている。

「おいおい、違う。何か勘違いしてるぞルカ」

「え?」

「俺は追いつくっつの、後からお前らに」

「どうやって!? 船で空中を移動するのよ!? 空中を移動する手段なんて――……あ」

「今日ドライブしたろ。何のために高く飛べるようにしたか? 計算してるんだよ」

 そう言ってテンザは笑ってみせるが、ルカはまだ納得がいかない。

「で、でも、敵国の兵士は武器を持ってんのよ? テンザ一人でどうやって」

「それもちゃんと考えてある。実は秘策中の秘策。切り札があるんだよ」

「……でも!」

「信じてくれ、ルカ」

 テンザはルカを抱きしめた。ぎゅっと、離れないように。

「でも、でも!」

 ルカは駄々をこねる赤子のように泣きはらし、抗議を続ける。

「ずっと機械をいじくってた俺だが、それは船をずっと作ってたわけじゃない。秘策のために今まで時間をたっぷりかけてきたんだよ。だから俺の秘策を信じてくれ」

「……う、うぅ……」

 弱弱しく背中に回されていたルカの腕の力が強くなる。

「どうしてもってんなら、コレを持ってってくれ」

 テンザはポケットから小さな箱を取り出す。

「何……これ。開けていいの?」

 そう言ってルカは開けようとするが、どうやっても箱は開かない。

「それはな、コンピューター制御されてて、ある信号を送れば開くようになってんだ。そしてそのスイッチは俺が持ってる」

 反対側のポケットから小さなリモコンを出してみせるテンザ。

「要は、開いてみてのお楽しみって奴だよ」

「開けてみての……でしょ普通」

 涙をこぼしながらもようやく笑顔を作ったルカは、そのまま背伸びをして――


 ――瞬間、唇と唇が優しく触れ合う。


「なっ!? る、ルカ!?」

「あたしからも贈り物ー。さぁ何をしたでしょうどういう意味があるでしょう。それは、船の中であたしに会ってのお楽しみー」

 ペロリと舌を出すと、ルカはそのままスタタタと走って洞窟の奥に向かっていく。

 その背中が見えなくなる瞬間、ルカは振り向いて、

「信じてるから、ね」

「……おう」

 そんな言葉を交わした。



 ――…………。




 町の人たちと船に乗って三日後。

 ルカは一人甲板の上に出ていた。

 テンザの言っていた通り、船の速度はかなりゆっくりだ。これだけの人数を乗せ、これだけ大きい船なのだから当たり前といえば当たり前なのだが、今はその遅さがありがたくも思える。

 敵国の奴らに見つかって襲われる危険もあるが、これならテンザのマシンなら数時間で追いついてこれる。

 島を覆う壁の上、灰色の煙がいくつも立ち昇っている。

 テンザの言っていた通り、敵国の侵略が始まったのだろう。

 もうすでに、町は破壊し尽くされているだろう。

 町を破壊し尽くした後、敵の兵士たちは当然発見するだろう。町から離れた奥に存在するおかしな建物を。

 おそらくテンザはそこで切り札を用いて足止めするのだろう。

 いや、ひょっとしたら町のいたるところに仕掛けを施して、もう敵国の兵士を撃退しているのかも。

 今にもマシンに乗ってこっちに向かってくるかもしれない。

 信じてくれと言われたんだ、信じるしか、ないよね。

 ルカはあれこれと考える。明るい展開を。

 ふとすれば考えてしまう最悪の結末を考えぬよう、明るい未来を考える。

「テンザ……!」

 ルカはポケットから小さな箱を取り出して握り締める。

 テンザから貰った、小さな箱。

 何が入ってるのかわからないという怪しさ極まるものだが、どうしてか握り締めれば不安が少し和らいだ。

 ぎゅっと、願いをたくすように握り締めていると、驚くことに、その開かずの小さな箱はゆっくりと開いていった。

「え? えっ?」

 開けようともしていないのに自分から一人でに。

「あっ……」

 ルカはすぐに思い出す。

 そういえば、スイッチで開くものだとテンザは言っていた。

 これが開いたということは、テンザはまだ無事……生きているのだ。

 しかしこれはどういうサインなのだろう。

 今からそっちに向かう?

 それともピンチだってこと?

 わからない。

 ルカは考えても答えの出ぬその疑問を一旦置いて、箱の中身を見てみることにした。

 ここに何かヒントがあるのかも知れない。

 ルカは小さな箱の中を覗き込む。

 

 そこにあったのは、ひとつのくりぬかれたビンのふた――ギザギザの、リングだった。


「こ……れ……」

 ルカは勿論覚えている。

 孤児院にいたころ、一番の友達だった男の子から初対面の時に渡された、不恰好で安っぽい、それでもなリング。

 少年は、テンザは覚えていて、ずっと持っていたのだ。

 渡す時がくるのを。

 渡せる時がくるのを。

「……ぁ……ぅ……」

 ルカはあふれ出してくるたくさんの感情が絡まって、何の言葉も発せなかった。

 でも、このリングを、指輪をどうすればいいのかはわかる。

 ルカは左手の薬指にそれをはめた。

 途端、涙が溢れ出してきた。

 そして複雑に絡み合っていた様々な感情が一つにまとまる。


 ――もう一度、テンザに会いたい。会わせてほしい。


 子供の頃から喧嘩が弱くて、同じ歳の子にすらやられてたテンザが、たった一人で敵国の兵士に立ち向かっているのだ。

 もし神様がいるなら、どうかテンザを護ってやって欲しい。

 ルカは泣き崩れながらも、リングをはめた左手と右手を握り合わせて、ただ願った。

 テンザ……!

 その時、まだテンザがいるかも知れないサトゥールの方で、耳をつんざく大爆発が起こった。

 落下防止の鉄の壁を安々と吹き飛ばし、あたりは一面火の海になっている。

 これだけの距離があっても爆発の音が聞こえ、炎が見えるのだ。

 どれほどの爆発であろうか。

 ルカはその光景を呆然と見つめ、ただ一言……

「テンザ……!!」

 そう、祈るように呟くことしか出来なかった――。





 ――…………。





 ルカたちが去ってからそろそろ三日がたつ。

 俺は自作の電波アンテナで盗み出した自国の機密情報を確認しながら、呼吸を落ち着けていた。

 運があった、と、テンザは思っていた。

 もし自国の機密施設が敵国の兵士に見つかり、俺が盗み出す前に何もかも破壊されてしまっていたら、この計画はうまくいかなかっただろう。

 だけどもう、全ての準備が整った。

 あとは、敵国の兵士がここにやってくるのを待つだけだ。

 その短いであろう時間を、俺は何をして過ごそうか。

 テンザはしばらく思案して、何かを思い立ったように立ち上がった。

 そして、一つのタンスの前で立ち止まる。

 その周りだけ機械の部品が置かれていない。

 ルカのタンスだった。

 中から、一着の服を取り出す。

 それは勿論女ものの服で、テンザのものではなく、ルカのものだ。

 テンザはそれを抱きしめた。

 ルカのにおいを感じる。

 極度の緊張が急速に和らげられていく。

「会いてぇなあ……」

 こんな変態チックなことをしていることがルカにバレれば、それはもう怒られるだろうし、ひょっとしたらしばらく口をきいてくれないかもしれない。

 でも、問題ない。もうここに戻ってくることはないのだから、証拠隠滅というやつだ。

 思う存分、リラックスさせてもらうとしよう。

 緊張していては、成功する策も成功しない。

 一世一代の大勝負なのだから、せめてリラックスぐらい、これぐらいの罪には目を瞑ってくれ、なあ、ルカ。

 テンザはルカの服を抱いて、そのまま眠りに落ちた。

 

 そしてテンザが、次に目を覚ましたのは、断続的に起こる爆発の音。

 いよいよ、町への侵攻が始まったらしい。

「さてと……最後の準備にとりかかりますか」

 テンザはルカの服を首にマフラーのように軽く巻きつけ、立ち上がった。

 自分の部屋にある機械の部品をガシャガシャと隅っこによせ、食卓の椅子に座った。

 食卓の上には、料理ではなく様々な物が置かれていた。

 床を綺麗にしたかわりに、しわ寄せをくうように食卓の上が散らかっていた。

「ふぅ……」

 テンザは食卓の上に置いてあるペットボトルのふたをあけ、中の水を人飲み。

「さあ、いつやってくる?」

 テンザがそう口にしてから、見知らぬ男たちがここへ乗り込んでくるまで、そう時間はかからなかった。


「ん……おい、お前は誰だ!」

 テンザの家に入ってくるなり男たちの一人がそう口にした。

「人の家にずかずか入り込んできておいて、誰だってのはないだろ。まずお前から名乗れよ。名乗らなくてもいいけど」

 無論、男たちは敵国の兵士であった。

 皆がライフルのようなものを持っている。

「ここの町だけ人っ子一人いなかった。お前何か知っているのだろう!」

 テンザの言葉を無視して、男はライフルをテンザに向けたまま話しかける。

「さあ、何のことかね」

 テンザは白を切るが、男たちは余裕の顔を崩さない。

「まあ、お前が何も喋らなかったとしても、我々はお前を殺して勝手に捜索を続けるだけだ」

「へえ」

「しかし我々もあちこち探し回るのは正直言って面倒くさい。だからどうだ? 取り引きといかないか?」

「……どんな?」

 全く取り引きをするつもりのない、ふざけた顔で男は口にした。

「もしお前が逃げた奴らの居場所を我々に教えれば、お前だけは助けてやろう」

「寛大な条件だな」

「そうだろう?」

 守る確証も何もない適当な取り引き。テンザに選択権がないのを知って男たちは迫る。

「だがお生憎様、俺は今度こそ護らなきゃならん人がいるんでな、その条件には乗れねぇわ」

 テンザは毛ほども悩んだ様子のない顔で、キッパリと言った。

 その反応に、男たちは一瞬だけイラついたような顔になったが、すぐに不気味な笑みを浮かべなおし、ライフルを改めてテンザに向けた。

「そうか、残念だ。ならお前には死んでもらおう」

 四人ほどいる男たちのライフルは、どれもがテンザへと真っ直ぐ向けられている。

「こわいこわい、四人がかりでしかも銃持ちかよ…………でもな」

 幼い頃、憎い奴らもみんな銃があれば殺せると思っていた。

 でも、相手も銃を持っていればどうすればいい?

 答えは至極単純な話だ。

 こっちはそれを全て上回る、もっともっと強力な武器を用いればいい!

「俺だってガキのまんまじゃねえんだよ!」

 テンザはポケットから小型の銃を取り出して、その銃口を向ける。


 ――自分の頭に向かって。


 予想外の行動に、男たちは怪訝そうな顔をする。

 そんな男たちを見て、テンザはニヤリと愉快そうに笑う。

「どうした? 俺の頭がおかしくなったとでも思っているのか?」 

 テンザの言葉通り、テンザの行動は頭がおかしくなった人間の行動のようにしか見えない。

「お、お前まさか、情報を知る自分を人質だとか……そんなふざけたことを――」

「言うわけないだろ。俺が話すのは、どっかの馬鹿でくだらねー国のお話だ」

 何を言っているんだという風に、ますます困惑の色を深める男たち。

 しかしそんな彼らをおいて、テンザは話し始める――自分の国の国家機密情報について。

「この国はな、お前ら敵兵をぶっ飛ばすために、ある秘策を考えついたんだよ」

「秘策だと?」

 四人の中で一番冷静な男が聞き返す。

「そう、秘策……それはわかりやすい言葉で言えば人体改造と呼ばれるシロモノだった」

「人体改造だと!?」

 男たち四人が一斉に驚く。

「しかもそれはそれは聞くも恐ろしい改造。なんと、人間の中に超高密度の爆弾を入れて、歩く特攻爆弾として突撃させるものだった」

「な、なん……だと……?」

「恐ろしいよなぁ、向かってくる兵士を撃ち殺せばなんとその場で大爆発。かといって攻撃してくる奴を無視するわけにもいかない」

「っ…………」

 テンザが語る信じられないような話に、男たちは言葉を失う。

「でもな、その人体改造実験は失敗したんだよ。どうしてだと思う?」

 テンザは問いを投げかけるが、当然答えは返ってこない。

「くく、答えは簡単。なんと体の中に入れるための爆弾の破壊力が強すぎたんだ。これだと味方にも被害が及んでしまう……とな」

 テンザは自嘲するように恐ろしい笑みを浮かべる。

「ははは、笑っちまうよな。最新の技術を誇る軍のトップ、最高峰の技術を持つ奴らが、火薬の量を間違えたー、だぞ? まさに愚の骨頂だ」

 ひとしきり笑うと、テンザは目を剥いて話を再開する。

「だけどよぉ、一つだけもう作っちまった後だったんだよな。爆弾の破壊力が強すぎることに気づいたのは

 だからこの世に一人だけ生まれちまったんだ。体の中に超高密度の爆弾を忍ばせる改造人間がな」

 テンザはそこまで言うと、声高らかに宣言する。

「しかし軍はそれを廃棄しなかった。何かのためと思ったのかね、自殺などさせぬよう記憶を改ざんし、大金を握らせ世に放ったんだ!」

 テンザの話はどんどんヒートアップし、逆に圧倒的有利にあった男たちが、及び腰になり始めている。

「だが、火薬の量を抑えた爆弾を製作する前に敵国……お前さんらに追い詰められた内の軍のトップたちはそれどころじゃなくなり、遂には死亡。後には哀れな改造人間だけが残った」

 テンザはそこで水を一口飲んで一呼吸つくと、両手を大きく広げて再び話し始めた。

「今から、その改造人間の特徴を教えてやろう。歳は二十歳前くらいの青年で、性別は男、背丈は……そうだな、くくく、これぐらいだ」

 そう言って自分の頭の上に片手を置くテンザ。

「それからそれから、声はこんな声で、趣味は機械弄り、好きな女の子はルカ、サトゥールの町の隅に住んでいて、今現在敵国の兵士と相対していて……それからそれから!」

 兵士たちはもう完全に戦意を喪失し、尻餅をついていた。

 あり得ない話だと思いつつも、テンザの一挙手一投足、一言一言を見るたび聞くたびに、それが真実なのではと感じてしまうのだ。

 それは当たり前な話。何故ならテンザは一切の演技などなく、真実を話しているのだから。

 巧妙なウソに、少しの綻びはあるかもしれないが、完璧な真実には綻びなど存在しない。

「ああそうだ。これは三日前にようやくGETした情報。どうやらその改造された人間。爆弾は――頭の中に埋め込められているらしい」

 そう言うや否や、自分の銃を自らの頭に強く押し付け、壊れたように笑うテンザ。

 男たちは、銃を投げ捨て今にも逃げ出しそうだったが、そうは出来なかった。

 テンザの話、剣幕に腰が抜け、足が竦んでしまっているのであった。

「ん? そんなに俺の話が楽しかったかい。じゃあ最後に、もう一つだけ話をしてやろう」

 テンザは銃を机に置き、椅子にどっかりと座って、深呼吸した。

 明らかに空気が変わる。

 さっきまで四人の屈強な男たちを脅しつけていた人物と同一とは思えない。

 何の力もない、ただ一人の青年の顔で、テンザはゆっくりと口を開く。

「哀れな、少年のお話だ」

 凍りついた室内に、テンザの声がしっとりと響く。

「どっかの馬鹿な組織に、大切な人の身代わりにと思って連れて行かれた少年は、そこでされたことに関する記憶を失った。

 気がつくと自分は身長だけが伸びていて、どこともわからぬ場所にいた。

 当たり前だ。連れて行かれてからの記憶を消されていたんだから、どこで解放されたかなんて道順も覚えていようはずがない。現在地もわからない。

 どうしようかと思って両のポケットを探ったら、片方には大量のお札。もう片方には、連れて行かれる前と同じ、くりぬかれたビンのふたが、二つあったんだ。

 それを見ただけで体が青年の少年は、頑張ろうと勇気が湧いた。そのビンのふたは大切な人との思い出の品だったんだ。

 少年は歩いた。時にはお金を払って車に乗って、ただひたすらに故郷を目指した。

 そして、長い時間をかけてたどり着いた故郷。最初に見たのは――大切な人の泣いている姿だった」

 テンザは立ち上がり、壁越しにどこか遠くを見据えるようにして話を続ける。

 もうそれは、男たちに対してではなくなっていた。

 吐き出すように、自分の思いを吐露していった。

「俺は彼女を護れたつもりでいた。でもそんなこと全然なかったんだ。俺はいなくなり、彼女を独りにしてしまったんだ。

 だから俺はその時決意した。これからは、ずっと彼女の傍を離れないでいようと。

 故郷の町に戻った俺は、町の人から煙たがられ、国のスパイだと忌み嫌われた。

 でもそんなこと俺にとって全然関係なかった。自分の帰りを心の底から喜んでくれる彼女がいたから。

 俺は町の外れに家を作って、そこで毎日のように機械弄りを始めた。

 空を飛びたいと言っていた彼女のためにマシンを作ったり、自分が数年間一体何をされていたのかを知るために国家機密を探ったりもした。

 そして衝撃の事実を知ったりしながらも、彼女との何でもない時間を過ごす内に、俺は彼女を大切に想う気持ちがどんどん膨らんでいくのを感じた」

 テンザはポケットから小さな箱を取り出した。

 そしてそれを、ぎゅっと握り締めた。

「それで、俺はルカに告白しようとしたんだ。

 好きだ。って。愛してる。って。こっ恥ずかしくて中々言い出せなかったけど、ようやく言えそうな機会に出くわしたんだ。

 だから俺は、この国の滅びを感じながらも、ギリギリまでルカと、幸せな日々を過ごすため。

 告白しようと、した。

 だけど……その直前見てしまった。もう、ギリギリを通り越して間に合わない時間まで来ていることを……」

 そこでテンザの両目から大粒の涙が零れ落ちた。

 一度流れ始めた涙は、もう止まることなく、いつまでも流れ続ける。

 嗚咽で言葉をつまらせながらも、確かにテンザは言葉をつむいでいく。

「天は俺に、ルカと愛し合う時間を、くれなかった。時間切れ。無常なまでの宣告。俺は……ルカを、また、独りに、うっ……ぐぅっ……!」

 テンザは机の上にあるスイッチを叩き割るような勢いで思い切り押した。

 握られていた小さな箱が開く。中には、ギザギザのリング。


 ――今日までずっと持っていた、大切な人に贈る――結婚指輪。


 それをテンザは、迷いなく左手の薬指に通した。

「ああ……ルカ。お前も今これをつけてくれてんのかな? 俺たちは愛し合う……指輪を贈ってもおかしくない関係になれたのかな?」

 テンザ両手を地面について、号泣した。

 首に巻いていた彼女の服の香りを、わけがわからなくなるほど求めた。

「逢いたい、逢いたいよルカ。ごめん、約束守れなくて。でも、お前を護るにはこうするしかなくて」

 もっと温もりを確かめ合いたかった。

 ようやく、想いが通じ合っているのを確認できたのに、華奢で柔らかいルカの体を、抱きしめたかった。

 綺麗な唇の感触を、しっかりと味わいたかった。ルカの笑顔を見たかった。ルカの料理を食べたかった。

 ルカと一緒に、もっともっと空を飛びたかった。ルカと……ルカ、と……っ!!


「だけど、さよならとは言わない。逃げた先で幸せになって、あの世で再開しよう。一足先に……待ってるからな」

 テンザはよろよろと立ち上がり、たどたどしい手つきで机の上にある銃を掴んだ。

 男たちが動けないままに、大声をあげて制止するが、もうテンザの耳には届いていなかった。それどころか、男たちの姿がテンザには見えてすらいなかった。

 テンザの目には、愛しい大切な人の、ルカの笑顔が見えていた。

 テンザは黙ったまま銃口を自分のこめかみに突きつける。

 このまま引き金を引けば、この家は勿論サトゥールの残骸はおろか。この国の半分を吹き飛ばすほどの大爆発が起こるだろう。

 当然、敵軍は船一つを追いかけるどころじゃなくなる。

「俺はただ、ルカを死なせたくないだけで、残されるルカのことをちっとも考えてない、昔とおんなじことをしようとしているのかもしれない……。

 でも、それでも……ルカを死なせることなんて、出来ないよ」

 数年間の記憶が消えている俺は、孤児院にいたころから実は少ししか歳月を生きていない。だから、まだ馬鹿なままなのかも知れない。ちっとも変わってないのかも知れない。

 ふと、残されたルカの泣き顔が浮かんだ。

「ルカが、泣いて……る……」

 どうして? 俺が死のうとしているから?

 泣き顔なんて見たくないよ。笑ってくれよルカ。

「ルカ、お前は俺のことを大切に想ってくれているんだろ? 俺も同じなんだ。だから、だからさ……」

 テンザは自分の頭の中にある無数の言葉の中から、一番ルカが喜んでくれるであろう言葉を選んで、口にした。











「――――ルカ、結婚しよう」










 

 そして少年は、引き金を引いた――。










……はい、お疲れ様でございました。


一応連載もの初完結になるので(一気投稿ですが)感想とか楽しみだったりします。


予想外に切なさ炸裂でテンション下がったじゃねーかコラァ!という方は、是非私の拙作「草食男子も肉を食う」を! ゆるすぎてふわふわ出来ますヨ。

シリアスいいよいいよーな方は「この争いの絶えない世界で」シリーズの「流浪集」をドゾ(宣伝じゃねーか


ええと、また機会があればお会いいたしましょう。それでは~   ヒラヒラ

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