少年と、女の子
起こってないのに、何で?
少年はただただ首を傾げるばかりだった。
しかし少年が次に口を開くよりも前に、女の子は少年の手を掴んだ。
「行こっ」
どこへ?
その疑問は言葉にされることなく、少年の頭の中だけで反芻する。
女の子に手を引かれてたどり着いた先は、施設の裏にある自動販売機だった。
知ってる、これはお金を入れたらジュースが出てくるものだ。
でも、どうしてこんなところに?
疑問だらけだった。
「えへへ」
戸惑う少年をよそに、女の子は歯を出して笑い、ポケットから二枚の硬貨を取り出して、それを自動販売機の中へ。
そして背伸びして、同じボタンを二回押す。
ガラン、ガラン、と、二つのビンが出てきた。
それを取り出すと女の子は、片方を少年の方に差し出した。
「はい、あげる」
少年は「ありがとう」と小さく言って、わけもわからぬままそれを受け取った。
二人で近くの段差に腰掛けて、ビンの中身の清涼飲料水をチビチビと飲む。
「おいしいね」
そう女の子に言われ、
「うん」
と正直に少年は返す。
そしてそれに続けて、少年は聞いてみた。
聞きたいことはたくさんあるけど、まず一つ。
「どうして、ぼくにこんなことをしてくれるの?」
すると女の子は、笑って言った。
「あたし、パパとママが事故でいなくなっちゃって、今日からここで暮らすことになったの」
何の話だろうと思ったけど、少年はそれを黙って聞いた。
「これからの生活、一人ぼっちはいやだから、あなたとお友達になろうと思ったの」
「ともだち?」
「そう。誰かのために何かをしてあげたいと思うことが優しさで、優しい人にしか友達は作れないの」
「やさしさ?」
「さっきのお兄ちゃんたちは、大きいだけで、優しさがあるように見えなかった。でも、あなたには優しさがあるかなーと思ったから」
「ぼくに?」
「うん、だから、お友達になろっ♪」
無邪気に微笑んで、手を差し出す女の子の言葉が、無性に嬉しかった。
ぼくはその時初めて、辛い時以外に涙を流した。
そして、全ての疑問が片付いたんだ。
この女の子は優しい女の子で、ぼくを友達にしてくれようとしてるんだ。
ただ、それだけだったんだ。
急に泣き出すぼくを慌てて励ましてくれる女の子の言葉や行動もまた嬉しくて、嬉しくて、ぼくはずっと泣いてた。
泣きながら、手を握り返した。
「ともだ、ち……!」
ぎゅっ、と、握る手に力をこめる。
「つ、強く握りすぎだってばぁ」
女の子のその言葉にハッとして、ぼくは力を弱める。
お互いに名前を言い合った後も、少年は湧き出す喜びを何とか表現したくて、頭の片隅から、古い情報を引っ張り出してきた。
「あ、あのさ、ビンのふたちょうだい」
「ふた? いいよ、でも何に使うの?」
女の子から少年はビンのふたを受け取って、親指でグイグイ押して、真ん中の部分をくりぬいていく。
そして自分のもくりぬく。
真ん中をくりぬかれたビンのふた達は、二つのギザギザなリングになった。
そしてその片方を、少年は女の子にプレゼントした。
「はい、どーぞ」
「なにこれ?」
女の子が受け取ったソレを、ものめずらしそうに見ている。
「え、えっと、指輪。男の子が大切な女の子に渡すって、何かの本で読んだんだ」
そう言うと、女の子は急に顔を赤くした。
「も、もう! それは、好きな女の子に渡すものよ。あたしたちは友達でしょ?」
「え、ぼ、ぼく、君のこと好きだよ」
「だーかーらー、その好きとは違うの!」
よくわからない、好きだけど好きとは違う?
喜んでもらえると思って渡したのに、怒られてしまった少年は、思わず涙ぐむ。
「あっ、ちょっと、泣かないでよぉ。あのね、も、もしあたしたちがそういう関係になったら、その時に渡して」
「そ、それっていつ……?」
「わ、わかんないよそんなの……」
「うぅ……」
「で、でも! いつか必ず来るから! 相手はあたしじゃないかも知れないけど、指輪を女の子にプレゼントする日は絶対来るから! その時まで、大事にとっといて、ね?」
「……う、うん。わかった」
返されたギザギザのリングを、自分のと合わせて二つ。ポケットに少年はしまった。
その日から、少年はいじめられなくなり、かわりに女の子と過ごす楽しい日々が始まった。
読書コーナーの絵本や図鑑を二人で眺めたり、空を飛びたいという女の子の願いで、ジャングルジムのてっぺんに登って空に手を伸ばしたり。
大人たちに隠れてお菓子をつまみ食いしたり、お絵かきしたり、それはもう楽しい日々だった。
いつしか少年は、女の子が最初に言っていた、優しさというものを理解出来るようになっていた。
けれど、そんな幸せは長く続かなかった。
ある晩のこと、トイレに起き出した少年は聞いてしまったのだ。
大人たちが、女の子をどこか遠くに渡すと話しているのを。
人体改造なんて、ヒーローものの悪役みたいな台詞も出てきた。
危ない! そう思った少年は、大人たちが話し合う部屋に意を決して入った。
そして開口一番に、こう言った。
「ぼくが、代わりになる!」
大人たちはびっくりしてパタパタしてたけど、少しして、「確かに、年齢は同じだし、それでも大丈夫か……」と、喋った。
少年は難しいことは何一つわかっていなかったが、唯一つ、一番大切なことだけをわかっていた。
それは、
ぼくは、女の子を護れたんだ。
という、一つの誤った真実だった――。
深夜に一日でザザザッと書き上げましたゆえ、誤字脱字が非常に心配です。
勿論、見直しはしたのですが……うぅん、不安です。
致命的なものがないことを祈ります。