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通じ合う二人の日々




 地上時代の産物――風車のある町として、少しばかり観光客を集めていた辺境の町『サトゥール』

 しかし今は、そのささやかな繁栄は見る影もない。

 なんのことはない、サトゥールの存在する国が大国に目をつけられたのだ。

 この国は面積こそ小さく、小国であるものの、地上から移植した山より貴重な資源が多く採取でき、貿易によって中心都市は大国に負けないほど繁栄している。

 けれども、数年前外交を誤り、大国に侵略の対象とされた。

 当然、辺境であってもサトゥールも戦争中の国の町であることに変わりなく、観光客の類はぱったりと見えなくなった。

 それだけで、町から活気が失われているように感じる。

 くわえての厳しい税収によって、町には閑散とした、あるいは殺伐とした雰囲気すら漂っている。

 そんな辺境の町サトゥール。そのさらに端の端。高くそびえる鉄の壁を越えれば、遥か地上へと落下してしまうというまさにこの国の隅。

 追いやられたようにポツンと一つの建物がある。

 それは家というにはあまりに不気味で、屋根からは無数のアンテナのようなものが伸びており、窓にいたっては一つもない。

 そんなおかしな建物が、青年『テンザ』の住居だった。

 テンザは時折町の商店に食物を買い求めては自宅にこもり、日がな一日家で機械を弄くっていた。

 町の住人はそんなテンザのことを気味悪がり、誰も自分からは近づこうとしない。

 それどころか、嫌がらせをしたり、陰口を叩くものがほとんど。

 勿論それは、テンザがおかしな生活をしているから――という理由だけではないのだが……。



「よし、こんなもんか……」

 テンザはかけていた――パイロットがつけるような大仰なゴーグルを外し、一息つく。

 髪は男子にしては少し長めだが、ひどい癖っ毛で視界を遮ることはない。

 身にまとっている服も普通の町民のそれとは異なり、少し奇抜なガラものの服装。

 しかしそれが妙に似合って見える、住居と似てやはり変わった青年だった。

 テンザは機械弄りに小休止をうつと、台所へ向かう。

 と言っても、家の中はガラクタと見紛う金属部品が散乱しており、どこが居間なのか台所なのかわからぬ惨状だったが。

「ん……?」

 テンザは冷蔵庫を開けて、その中身に首をひねる。

「まずい、夕食の材料を切らしてたか」

 物覚えもつかぬ内に両親に捨てられ、孤児院で育ったテンザは、青年になった今も当然のように一人暮らしのため、食事は自炊しなければならない。

「面倒だけど……出かけるか」

 自分に言い聞かせるようにしてそう口にすると、テンザは財布をポケットに突っ込み、家を出る。

 テンザの家から町まで、歩いていけば一時間以上かかる。

 とても気軽に行ける距離ではない。

 一時間もかけて、自分を忌み嫌う人間のところに食物を要求しにいかねばならない。

 それが易々と実行出来るほど、テンザは出来た人間ではない。

 しかし片方の枷――時間の方を解決する術を、テンザは持っていた。

 大型のバイクを自分で勝手に改造し、簡単な屋根付きの高速移動手段としているのである。

 荷物を置くスペースも設けているため、買いだめを基本とするテンザのライフスタイルにもマッチしているのである。

 自分で作ったため、当然といえば当然だが。

 愛用の乗り物に跨り、テンザは薄く笑う。

「ふふ、コイツなら10分とかからないぜ……」

 大国の軍需施設並みの科学力と知識でもって作られたそのマシンは、外見は不可思議ながらも、性能は超一流……いや、それを凌駕しているといえる。

 テンザがエンジンをかけてしばらく、マシンは動き出し、際限なく加速し、そして……

「ヒャッホゥ!」

 テンザの軽快な叫びと共に、マシンは跳躍し空を飛ぶ。

 あらゆる建物、人々を見下ろし、テンザは風を切って商店を目指した。


「ふぅ……」

 愛用のマシンを近場に止め、テンザは商店を目指す。

 中心都市こそ近代化が進んでいるものの、辺境であるサトゥールは昔ながらに露店によって必要な買い物を行う。

「おい、この売れ残ってるもんを全部くれ」

 テンザは八百屋の前で立ち止まり、店主にそう一声かける。

 テンザの買い物は悪く言えば適当、良く言えば豪快で男らしい。

 作るメニューなど細かに考えず、ただある物で作る。

 それは趣味の機械弄りにもいえることだった。

「……おい、聞いてるのか」

 閉店間際に現れた客、しかも残っているものを全部買おうと言っているのに、店主の顔は不服そうだ。

 テンザの催促にやれやれと腰を上げ、

「自分で適当に積み込みな」

 そう言って接客を放棄するのであった。

 しかしそれはテンザにとって慣れたこと。

 無言で愛用のマシンの中に野菜を詰め込んでいく。

「金は払ってけよ」

「当然だ」

 テンザは財布から乱暴に札を引っ張り出して店主に握らせる。

「けっ、とっとと帰りやがれ、この国家のスパイが!」

 おおよそ客に向けるものとは思えない暴言を吐き捨てて、店主は店の奥へと消えていった。

 そんな一方的なやりとりが、数十分の間に何度も行われた。

 テンザは、ただ町を出歩くだけで罵られ、いわれのない罵声を浴びせられた。

 どこのお店に行っても、対応は酷く、売ってもらえない時すらあった。

 それでもテンザは文句一つ言わず黙々と買い物を続ける。

 ここ以外に、食物を得る手段はなかったから。

 食物がなければ、当然死んでしまう。

 テンザは湧き上がる様々な感情を押し殺し、封じ込め、淡々と目的を達成していく。

「最後は……」

 趣味の機械弄りにも、愛用のマシンにも必要な、燃料だった。

 この国で産出される燃料。それは当然、戦に重要なもので、その価格はかなり高騰している。

「この金で、買えるだけの燃料をくれ」

 テンザが財布から出した札束は、その高価な燃料でも充分な量が手に入る額だった。

 ……しかし、

「んー? てめぇ、国のスパイじゃねえか! 税収だけじゃまだ足りねぇってのか!!」

 ガラの悪い店の男は、テンザの差し出した札束をはたき落とした。

 バラバラと散らばる札束。

 テンザは一瞬獣のように男を睨みつける。

「なんだ、その目は!」

 しかし男のその言葉に我を取り戻したとでもいうように、すぐ視線を伏せ、屈み、札を広い集める。そして、

「頼む、この金で買えるだけの燃料を譲ってくれ」

「ああー? てめぇ聞こえなかったのか!?」

 男がテンザの胸倉を掴みあげる。

 身長にこそ大きな差がないものの、取り立ててがたいが良いわけでもなく、格闘技の心得もないテンザには、勝ち目のない相手である。

 だからこそ、テンザは下に出るしかない。

「燃料が必要なんだ。頼む」

 胸倉を掴まれたまま、頭を下げる。

「戦争に使う燃料なんざねえんだよ! これは、俺達町人が寒さをしのぐための――」

「――ちょっと! 何してるんですか!」

 今にも殴りかかりそうな男が、突如響いた鈴のような美声に動きを止める。

「ル、ルカちゃん……」

 男は急に困ったような顔を浮かべ、テンザを解放する。

 その男の視線の先には、一人の少女。

 素朴な身なりをしているが、顔立ちは整っていて、スラッとしたスタイルにロングヘアがよく似合っている。

 第一印象に悪いものは決して抱かれないだろうという、綺麗で親しみある少女だった。

 そして事実、少女『ルカ』は町の人気者だった。容姿の良さもあるが、なんといっても人当たりの良さ。

 孤児院の出身にも関わらず、誰かを慈しむということを知っていて、明るく笑顔を振りまく彼女は町中のみんなから慕われていた。

 そんな彼女に一喝されてしまっては、男も引き下がるしかない。

「一体どうしたというのですか、町人同士で争いなんて……」

「こ、このガキがよ……金もねぇのに燃料をくれなんていいやがるから……」

 真っ赤なウソだったが、テンザは何も言わない。いや、言えない。

 ここで本当のことを言ってしまっては二度と取引が出来なくなるからだ。

「そうなのですか?」

 ルカの視線がテンザをとらえる。

「…………」

 テンザは何も答えない、無言の肯定。しかしそれでもうんとは言わないことが、テンザに出来る唯一の抵抗だった。

「テンザさん、お金はあるの?」

 ルカがテンザの名を呼ぶ。

 この町で、いや、この世界で、テンザのことを名前で呼ぶのはルカだけだった。

「ああ、実は……ある。だからこの金で、買えるだけの燃料を譲ってくれ」

 テンザは右手に握っていた札束を男の前に差し出した。

「は、初めから出しやがれってんだ……」

 男はそれを乱暴に受け取ると、一枚一枚数えて、金額分の燃料を容器に入れて手渡した。

「ありがとう」

 テンザは感情のこもらない声でそう言うと、自分のマシンを目指して真っ直ぐに歩いた。

「おじさん、あまりテンザさんを疎外してはいけませんよ」

「えっ?」

 ルカの一言に、しどろもどろになる男を置いて、ルカはテンザの後を追いかけた。


「……帰るか」

 テンザはマシンに跨り、買い忘れがないかをよく確認し、エンジンをかけようとした……その時。

「待ってよ、テンザぁー!」

 快活な声。

 後ろを振り向くと、ブンブンと手を振りながらルカが近づいてきている。

「まったく、テンザってば足速いんだから……」

 小走りで近づいてきたルカは、テンザのマシンに手を置いて、軽く呼吸を整えている。

「……待てなんて言ってたか?」

「言ってなくても、折角会ったんだからさ、一緒に行こうよ」

 そして屈託無く微笑むルカ。

 町人たちに振りまく愛想のものではなく、心からの笑顔。

「……ちゃ、ちゃんとつかまっとけよ。お前風で飛ばされちまいそうだからな」

 その純真さに、テンザは少し顔が赤くなってしまう。それを悟られぬよう、ルカを早々にマシンの後ろに跨らせる。

「だいじょーぶ♪ 慣れてるしね」

 町での他人行儀さが嘘のように、ルカは親しげにテンザへと笑いかけ、その背中をぎゅっと抱きしめるのだった。

 そしてテンザはエンジンをかけ、車輪が轟音と共に回転を始める――そして、二人を乗せてマシンは空へ跳ぶ。

「あははっ、いつ乗っても最高に楽しいね、このテンザのマシン♪」

 背中を両腕でがっしと抱きしめながらも、両足を外に伸ばして快適そうにするルカ。

「で、これもいつも思うんだけど、これどうやって飛んでるの? てか、車輪がついてる意味あるの?」

 笑っていたかと思うと、次は不思議そうな顔になってかかとでコンコンとマシンをノックするルカ。

「車輪は、跳ぶまでの加速に要んだよ。高速で走ることで生まれる勢いを使って、小さな斜面でも滑走路の原理で跳躍する。それからギアを切り替えて燃料を――」

「あーもーわかんない。メカオタクさんの話はてんでわかんないよ」

「……大分わかりやすく言ってやってたのに、じゃあ聞くなよ」

 わからないと言いつつも嬉しそうなルカに、ぶっきらぼうな口調ながらも悪い気はしていなさそうなテンザ。

 二人は、あらゆる面で対極にいながらも、同じだった。

「……まーた町の人たちに難癖つけられてたの?」

 しばし風を受けて楽しんでいたルカが、唐突に話題を切り出す。

「町に買い物来る時はあたしに声かけてって言ってるじゃない。そしたらあんなことされずにすむのに」

 ルカは怒っているような口調で言う。だがその怒りは勿論テンザに向けてではなく、町人たちに向けて。

「いいんだよ、慣れてることだし」

「テンザが良くてもあたしが良くないの! あーもームカつく、テンザのこと何もわかってないんだから!」

 ルカは自分のことを思って本気で怒ってくれている。

 それがテンザは、表面にこそ出さないものの、嬉しくもあり、むずがゆくもあった。

「テンザのこと国のスパイとか言ってさ、そんなわけないじゃん」

 国のスパイ……テンザが忌み嫌われる原因となっている事件によりついた事実無根の言いがかりである。

 数年前のこと、まだテンザもルカも幼く、孤児院に入っていた時のこと。

 サトゥールのあるこの国は、大国との戦争に勝つため、先進国に負けぬ科学力を駆使して人体改造という手段を試みた。

 孤児院から適当に相性の良さそうな年代の者を選び、機密施設にて改造をほどこす。

 それは……結果から言うと失敗に終わった。

 テンザはその時の記憶を抹消され、故郷の地へと戻された。

 その頃にはもう少年と呼べるような歳ではなく、青年となっていたが。

 しかし変わったのは年齢や背丈だけではない。町人たちの自分を見る目が変わっていた。

 人体改造なんていう前代未聞の行為に挑戦しようと考えるほど、この国の勝利は絶望的――追い詰められていたのだ。

 当然、辺境の町においても、税収が厳しくなる。

 長い平和になれていた国民たちは、国に対して反感を抱くようになった。

 しかし武力による統括がある以上、反乱することも出来ない。

 そんな一触即発ともとれる町に帰ってきたのがテンザである。

 国から改造をほどこされ、監視の役を請け負っているスパイだと疑われ、煙たがられた。

 それが今の状況である。

 それでも、テンザにはルカがいた。

 同じ孤児院にいたルカだけは、テンザの味方をしてくれた。

 それだけでテンザは、どんな理不尽にも立ち向かっていけるのだった。

「なあ、今日はまた泊まるつもりなのか?」

 テンザが後ろにいるルカにたずねる。

 今向かっているのは当然テンザの自宅。この時間からだと、町に住居を構えるルカに帰る余裕はない。

「うん、そうしよっかな」

 ルカは着の身着のままで、何も持ってはいなかったが、それも問題のない話だった。

 頻繁にテンザの家をおとずれるルカは、テンザの家の一角に、自分の着替えや身だしなみセットを置いてあるのだ。

「久々のテンザのおうち~♪ 胸……躍らないね」

「そう思うんならどうしてついてきたんだよ」

「あはは、冗談だよ。確かに、どうせまた散らかってるんだろうなーとか、燃料くさいんだろうなーとか、ガラクタの相手ばっかりしてあたしを無視するんだろうなーとか、ちょっとだけ不満はあるけどね、全然気にしtないよー」

「……すまん、善処はしよう……」

 テンザは殊勝に己の非を認め、頭を垂れるのであった。



「うわぁ……予想以上だよこれ」

 ルカは部屋に入るなり不満の声をあげた。

「ちょっとは片付けようよ……これとか、いるのコレ!? こんな穴のあきまくったタイヤ」

「それは俺のマシンの具合が悪くなった時の補填パーツだよ。穴なんて塞げばいい話なんだから」

 ルカは、まさに足の踏み場のないテンザ宅を、おっかなびっくり進んでいく。

 そして、一つのタンスの前で止まる。

「中身、勝手に見たりしてないでしょーね?」

「ばっ、してねーよそんなもん!」

「そんなもんとはなによ! これでも町一番の美少女って評判なんだから」

「この町ジジイばっかだからな、視力わりーんだろ」

 サトゥールには中年より若い15歳以上の男は、特殊な事情を持つテンザ以外にいない。

 皆兵士として戦に駆り出されているのだ。

「ひっどーい、なにその言い方」

「大丈夫だ。そのうちあのオヤジどもも連れて行かれる」

 それほどまでに、この国の危機は近づいているのだ。

「それの何が大丈夫なの?」

「だから、そうなったら誰もお前を町一番の美少女なんて言わなくなるだろ? だから、妥当な評価に落ち着く」

「妥当な評価って?」

「……や、その……可愛い女子、ぐらいの――って、うわ! やめろ!」

 テンザが顔を背けながら、呟いたその一言に、ルカは顔を真っ赤にして抱きついてくる。

「わーい、テンザがデレたー! ようやくあたしの魅力がわかったのねぇ」

「い、いいから離れろ! バランスが崩れ……あ、ああああぁぁあああああ!!!」

「きゃぁああー!」

 ドンガラガッシャーン! と、喜劇でしか聞けないような音をたてて、二人はガラクタの山に沈む。

「いったーい! なんでこんなところにタライがあるのよ!」

「それは雨漏りした時に屋根を塞ぐためだ」

「なにその地味な使い方! 全部機械弄りのパーツじゃないんかい!」

「口調がおかしくなってるぞ」

 やいのやいのと言いながら、二人は立ち上がり、

「んー……テンザ、そろそろご飯にしよっか」

「唐突だな」

 しかしテンザも空腹なのは事実であったので、二人がかりで外にとめてあるマシンから食材を運び出す。

「まさに買いだめ! これぞ、ザ・買いだめ!」

「意味がわからん」

 食材を運び終えたところで、テンザが台所に立つと、

「いいよ、今日はあたしがやる」

「え、いいのか?」

「まかせときなさいって! 二週間ぶりくらいだからね、また上達したあたしの腕を見せてあげるよ!」

 基本的には週に数回顔を合わせる二人だったが、ここのとこはどうしてか間が空いていた。

 なので二週間……なのだが、これだけの期間でも、本当にルカは料理の腕をあげてくる。

 それをテンザは知っていた。

 テンザも毎日自炊なので、料理が下手なわけではないが、ルカにはかなわない。

 正直、毎日でも食べていたいくらいにおいしいものだった。

 そして二週間も空いたとなると、またレパートリーがグッと増えていることだろう。

 一体どんな料理を作ってくれるのか、それを考えるだけで、テンザは腹の虫が騒ぎ出すのを感じていた。

「そんじゃー、お任せする」

 テンザはルカにそう言って、自分の作業部屋へと入っていく。

 後ろからは早くもトントンと小気味良い包丁のリズムが聞こえてきていた。


「さってと……」

 テンザはゴーグルをはめ、両手に機材を掴んで、作業を始める。

 時には削り、時には熱し、時には溶接しながら、ガラクタにしか見えないものを組み合わせて何かを作っていく。

 今朝の続きだった。

「んー……ここはどうするべきか……」

 アレコレとパーツを取り出してきてはうんうん唸って、作業を進めていく。

 一体何を作っているのか? それはルカにもわからない。テンザだけの知るところであった。

「ここをこうして……」

 テンザが作業に取り掛かってから40分ほど過ぎたころ。

「……よし! これでとりあえず完成のハズ――」

「――出来たよー!」

 テンザが背筋を伸ばしてゴーグルを外したのと、ルカが料理の完成を告げたのはほぼ同時だった。

「これも長年の付き合いのなせる技か?」

 テンザはそんなことを呟きながら、まだ見ぬご馳走に思いを馳せるのであった。


「じゃーん! どうだ、めーしあーがれー♪」

「おお!」

 ルカが小躍りしながら食器を食卓に並べていく。

 そのどれもが色鮮やかに盛り付けられ、とても豪勢、それでいて旨そうに見える。

 テンザは思わずよだれが出そうになるのを、慌てて飲み込んだ。

「メインディッシュはちょっぴりのひき肉と、じゃがいもをふんだんに使ったハンバーグでーす」

「うん、すごく旨そうだ」

 俺が同じ食材を渡されても、決して同じものは作れないだろう。

 ハンバーグの周りに添えられている野菜たちも、レタスを中心にキュウリのスライスやプチトマトなどが並べられており、見た目にも美しい。

 テンザは食卓につくなり、早速箸を手に取った。すると、

「あ、待って。今お茶入れてあげるから。コップ出して」

 言われるがままテンザは自分のコップを差し出し、ルカにお茶をそそいでもらう。

「さんきゅ」

「いえいえ~」

 上機嫌なルカ。甲斐甲斐しく気を利かしてくれるルカの優しさが、テンザはこれ以上なく心地よかった。

「それじゃ~、いただきます」

 パチンと両手をうって食事前の挨拶をするルカを見て、テンザも思い出したように小さく「いただきます」と言って、二人は食事にとりかかった。

「旨い」

 一口食べて、即座に発したテンザの素の一言は、ルカをこれ以上なく上機嫌にさせた。

「でしょでしょ~? 実は隠し味を入れてるんだけど、わかるかな~?」

「わからん、が、旨い」

 黙々と一心不乱に食べ続けるテンザ。

「ちょっと、そんなに急がなくても食事は逃げないよ!」

「いや、旨いし」

 テンザは言いながらも味噌汁の入ったお椀に手をつけ、ズズズとすすっていく。

「これも旨いな……」

「もう、さっきからそれしか言ってないじゃない」

 そんなテンザの様子を、幸せそうに見守るルカ。

「……お前は食べないのか?」

 ふと視線に気づいたテンザが、ようやく手を止め質問する。

「食べるよー、勿論。でも、今はテンザを見てたいかなって」

「……変な奴だな」

「あはは、テンザにだけは言われたくないよー」

 テンザは再び食事に戻り、ルカもそれからしばらく眺めた後、ようやく食事を取り始めた。



「あー、何か久々に人間らしいもん食った気がする」

「何言ってるの、テンザも結構料理上手じゃない」

「いや、俺の飯はなんつーか……腹を満たすためだけのものであって、そこに楽しみの要素は一切ないから」

「ふぅん……結構おいしいと思うけどナ」

 後片付けもルカにすっかり任せてしまっている。

 いくら食材が俺もちだからと言って、色々やってもらいすぎだろう。

 せめて出来る恩返しは……

「おいルカ。明日は久々にドライブでも出かけるか」

 ドライブというのは勿論テンザ愛用のマシンによる空のドライブなのだが。

「えっ、ホント!? いくいく! どしたの急に、いっつも燃料がもったいないとか言って中々してくれないじゃない」

「まー……たまには、な。気まぐれって奴だ。今日はお前のおかげで燃料が手に入ったわけだし」

「あたしは何にもしてないよ。でも、ありがと、テンザ」

「……おう」

 ぶっきらぼうに返事をして、そそくさと作業部屋に向かうテンザ。

 そして部屋からさっき完成させたばかりの金属物……避雷針のようななにかを手に自宅から出ていく。

「どこいくの?」

「完成したもんをちょっと取り付けにな」

 ルカの問いに答え、テンザは梯子を使い屋根上へ。

 そして作業すること十分。


「これでよし、と」

「わっ、また変なの付けてるし」

 いつの間にか後片付けが終わったルカが、外に出て下から見上げていた。

「ねーテンザ、それって何の意味があるの? アンテナみたいなもの?」

「まー、そんなようなもんだ」

 お互いのことならほぼ何でも把握している二人だったが、テンザのこの機械弄りに関してだけは、ルカも良くわかっていない。

 何か深い意味があるのか……それとも弄くることに満足しているだけで、見かけどおりただのガラクタだったりして。

 ルカは少し考えてみたが、すぐにやめた。テンザは変わり者だが、優しくて自分の大切な人だ。それがわかるだけで充分だったから。

「じゃーもう、今日は寝るか」

 テンザは梯子を降りながらそう言った。

「うん、そうだね」

 ルカもそう返して、部屋の中へ入っていく。


 人々は空中で生活しているため、陽が最も近づく時間に睡眠をとる。

 外に出ても暑くて行動しづらいからだ。

 そのため、夜は寝汗をかきやすい。よって体を洗うのは朝が一般だ。

「じゃー、お休み」

 テンザはガラクタの上にしいた布団の上に横になってそう告げる。

「うん……」

 ルカは、自分のタンスの近くの片付けられたスペースに布団を敷いて横になっていた。


 しばらく沈黙、後。

「ねえ」

 ルカが静寂を切り裂いて声をかけた。

「ん?」

 かろうじてまだ起きていたテンザが、それに応じる。

「今日はさ、一緒に寝てもいい?」

「はぁ? 一緒に寝てるじゃねーか」

「そうじゃなくて……一緒の、布団、で」

 どことなく甘えた声で言ってくるルカに、テンザは軽いパニックを起こす。

「は、はあ!? そ、そんなお前、ガキじゃねーんだから……」

 年頃の男女が、そんな……。

 パニクるテンザに、ルカはもう一度繰り返す。

「一緒の布団で寝ちゃ、ダメ?」

「う……」

 不純なにおいがするが、断る理由は……ない。

「べ、べつにいーけどよ……」

「ホント? じゃあ、そっち行くね」

「え、な、何でだよ。こっちは色々パーツの上に敷いてるから微妙にゴツゴツしてんだよ。そっちの方が――」

 テンザが喋ってる間に、ルカは自分の布団を抜けて、隣にやってきた。

「いいの、こっちの方が。なんか、テンザっぽいし」

「……んだよそれ、意味わかんね」

「えへへ」

 テンザは今横向きに寝て、ルカに背を向けている状態だが、彼女のはにかんでいる様子がありありと浮かぶ。

 何か、こっちだけドキドキさせられっぱなしで悔しいな。

 何が悔しいのかはテンザにも全然わからなかったはが、自分からも行動を起こしてみることにした。

「――っ!?」

 ルカが小さく声をあげる。

「て、テンザ……手……」

「しらね、お休みな」

 テンザは後ろ手にルカの右手をぎゅっと握って、そのまま眠るのであった。

「も、もう……寝づらいよぅ……でも、テンザの手暖かい……」

 ルカの意識も穏やかな眠りに誘われていく。

 そして意識の落ちる寸前、

「大好きだよ、テンザ」

 ルカの消え入るような呟きは、眠っているテンザの耳に届いたのかどうか。

 確認するよりも前に、ルカも深い眠りへと落ちていった……。






 そして、翌日。

「おっしゃあ! 飛ばすぞ! しっかり掴んどけ!」

「うん! 絶対離さないよ!」

 テンザの家の前には、マシンに跨る二人の姿があった。

「行くぜ!」

 テンザが掛け声と共にエンジンをかける。

 轟くエンジン音。そして回りだすタイヤ。

 ちょっとした上り坂の、その頂点で――跳躍する!

 どこまでもどこまでも。

「気持ちいーいー!」

 ルカの絶叫に似た歓声。

 テンザも心なしか楽しそうである。

「すごーい、町一面が見渡せるね」

「当然だ、俺のマシンはどこまでも飛んでいくからな」

 二人の下に広がる町並み人々。

 そして二人の気分も徐々に落ち着いてきたところで、テンザは右手を自分のポケットにつっこんだ。

 そのまま、ポケットに入っている小さな箱のようなものを掴む。

「あ、ああ、あのさ、ルカ……」

 自分でも心臓が異常に高鳴っているのがわかる。

 実際に箱を握ったら、さっきまで割と平常心だったのが、急に崩れ、緊張が怒涛の如く押し寄せてくる。

 まずい、まずいなぁ……

 テンザの緊張の原因は勿論この小さな箱。そう、まるで中に指輪でも入っていそうな。

「なぁにテンザ、やけに声震えちゃってるけど」

「い、いやその……お、お前は俺のこと嫌いか?」

「へ? 何言ってんの、嫌いなわけないじゃん。むしろーそのー……うん、す、好きだよ」

「ま、マジか!?」

 ルカの言葉に、テンザの動悸はさらに高鳴り、激しくなっていく。

「テンザは? テンザはどうなの?」

「お、俺?」

 突如投げかけられる質問に、思わず声が上擦るテンザ。

「お、俺はだな、えーっと、ルカと色々やる日常が楽しい……と思ってるし、えーっと……ず、ずっとこんな生活を続けたいなと思う。だ、だから……」

 ルカの質問への直接的な回答にはならなくとも、それは間接的な回答としてしっかりルカに伝わる。

「う、うん……だか、ら……?」

 いつの間にかルカの顔も真っ赤になって、顔をつき合わせているわけでもないのに、落ち着き無く視線を彷徨わせている。

「お、俺、俺と……」

 言うんだ、俺。

 テンザは心の中で自らを鼓舞し、小さな箱をぎゅっと握り締める。

「俺……と――……」

 ポケットから箱を掴んで出るはずだった右手は、よろよろと何も掴まずに抜け出た。

 それと一緒に、言おうと思っていた言葉も抜けて消えていく。

「燃えて……る?」

 口を開いたのはルカだった。

 そう、マシンから見下ろす景色が、紅く染まっていた。

 燃えているのだ。サトゥールの隣町が。

 それが何を意味するのか、わからぬほど幼い二人ではなかった。

「時間……切れかよ……」

 そのまま魂まで抜け出ていきそうな落胆、絶望のテンザの呟きは、ルカの耳には届かなかった――。








最初短編ものとして書いたんですけども、丁度三つに区切れたので、連載ものということで三つを一気に投稿しましたです。

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