妖精のおくりもの
「たいへんだ!人が倒れてる」
朝のとっても早い時間、空が白み、ニワトリが鳴きはじめたころ。
大きな欠伸をする『きいろいの』のもとへ、仲間の妖精のひとりが取り乱して駆け込んできました。
「…なんだって?どうしたんだいそんなに慌てて」
「だから子供がたおれてるのさ!はやく来て!」
「ちょっと待ってよ!」
『あおいの』に連れられ、急いで村の入り口の近くへ来ると、ボロくずのようになった人間が倒れていました。
「ひどい…」
『きいろいの』と『あおいの』は息をのみました。
目を背けたくなるようなそれは、ちいさな女の子のようでした。
服もどこもかしこもボロボロで、手足は痛そうな擦り傷だらけです。
「どうしよう!このままじゃ死んでしまう」
「メリーおばさんを呼ぼう!」
メリーおばさんは親切な女の人です。
村の入り口の近くに住んでいて、旦那さんがこの村にひとりっきりのお医者様なので、きっと助けてくれるでしょう。
ふたりはニワトリの声真似をして大声で騒ぎ立てました。
しばらくすると、異常に気付いたのかメリーおばさんがニワトリの様子を見に、外へ出てきました。
ニワトリの背に隠れたふたりが、女の子のところまでニワトリを連れて行きます。
ニワトリを追いかけてきたおばさんが、女の子に気づきました。
小さく息をのむと、おばさんはニワトリをそのままに家の中へ駆け込みました。
「大変だ!あんた、起きとくれ!患者だよ!」
おばさんの旦那の腕が良かったのでしょう、女の子は二日間寝込んだ後、目を覚ましました。
助かった女の子は、ひどく怯えているようでした。
しばらくして起き上れるようになった女の子に、おばさんは優しく聞きました。
「どこから来たんだい?」
女の子はうつむいたまま黙っていました。
「帰る場所はあるのかい?」
「…………なくなっちゃたの」
女の子はポツリと言いました。ちいさな小さな声でした。
「そうかい、つらかったね。……安心をし、今日からあんたはうちの子だ」
おばさんが女の子の頭を撫でました。
旦那さんもそれを優しく見守っています。
しばらくして、ちいさなしゃっくりが聞こえました。
ひっく、ひっくと泣く女の子を、おばさんが抱きしめます。
妖精たちは、その光景をずっと窓の陰から見ていました。
女の子は、やがて村に溶け込んでいきました。
最初は引っ込み思案だった子供も、メリーおばさんの子供になった少女の兄妹や他の子供たちと話すうちに慣れ、村の子供たちにまじって遊ぶようになりました。仲良しな少年もできました。
『あおいの』は木の上から、その様子をよく見ているようでした。
「きょうはなにを見てるの?」
『きいろいの』が不思議そうに聞きました。
「あの子がお使いをしているんだよ」
『あおいの』は女の子から目を離さず答えました。
「ああ、ちがう!隣の店だ」
見れば女の子は、おつかいにパンを買うようでした。
しかし、隣りのチーズ屋さんに今にも入って行きそうです。
心配でこっそりついてきたメリーおばさんの他の兄妹や少女と仲良しな少年も、後ろからヤキモキして見守っています。
大きな木の上では、それが全部見えました。
女の子は少し迷った後、近くのおじさんに話しかけ、きちんとパン屋さんに入って行きました
「よかった!」
少年や女の子の兄妹と一緒に『あおいの』もホッとしたようでした。
ほう、と安心の息を吐く『あおいの』に、『きいろいの』は尋ねました。
「きみは毎日あの子を見ているね。そんなに心配なのかい?」
『あおいの』は少し考え答えました。
「……すこしちがうよ。あの子を見ているのがすきなのさ」
「そんなに好きなら一回ぐらい話しかければいいのに」
「いいんだよ」
『あおいの』は静かに笑って答えました。
『あおいの』はそれからも女の子を見守っていました。
たまに見つからないように、小さな手助けをしているようでした。
やがて女の子は成長しました。
そしてとても美しく、明るい娘になりました。
引く手あまたの娘はいくつかの求婚を断り、そして仲良しの少年…いえ、今はたくましい青年になりました。
かつて少年だった青年にプロポーズされ結婚することになりました。
そのうわさを聞いて『きいろいの』は『あおいの』の様子を見にいきました。
『あおいの』は妖精たちにとっては大きな封筒を見ていました。
『きいろいの』は尋ねました。
「それ、どうしたの?」
「あの子からさ」
『あおいの』は小さく苦笑しました。
そして封筒に書かれていた文字に、とてもとても大切なものを見るようなあったかい眼差しを向けました。
『あおいの』のちいさな小さな手は何度も紙面をなでます。
「気づかれていたみたいだ」
『ちいさなともだちへ』と書かれたそれには結婚式の招待状が入っていました。
「会なくてよかったのかい?」
「いいんだよ」
『あおいの』は、昔と同じように答えました。
けれどもそのあと少しだけ間を置いて、『あおいの』はもういちど口を開きました。
「ぼくは、彼女と友達になれていたんだね」
少し照れくさそうにはにかんで、笑ってこたえる妖精は幸せそうでした。
結婚式の日、広場で祝福を浴びるふたりを妖精たちはやさしく眺めていました。
屋根の上に乗った『あおいの』と『きいろいの』は、閉じていたちいさな手をそうっと開きます。
妖精の手の平からは、たくさんの淡く光る花びらが零れ落ちてゆきました。
それは小さなプレゼント。妖精からの贈り物。
人々の上に、風に乗った祝福の花びらが降り注ぎました。
それはそれは不思議な光景でした。
その花びらは地面に落ちると、フワリと光って消えるのです。
村の人たちは、喜びの声を上げました。
「きれいだね」
「うん、きれいだね」
あの子は黄色い花の冠を頭にのせ、人々の真ん中で花婿とダンスを踊っています。
にぎやかな音楽に、楽しそうな人々。
小さなふたりのお客さまは、それをいつまでも、いつまでも眺めていました。