「騎士とかわいそうな娘」( ある国に伝わる伝説より)
むかしむかし、黄金色に輝く谷にひとりの少女が住んでいました。
少女にはお父さんも、お母さんもいませんでした。
けれども少女はとても優しい性根だったので、動物たちに好かれていました。
少女は、毎日湖に通い、動物たちとお話しました。
動物たちだけが、少女の心の支えだったのです。
何年かたち、やがて少女は美しい娘へ成長しました。
ある日、湖から帰る途中の娘を領主さまが見つけました。
「あの娘はだれだ?」
領主さまがたずねました。
「この近くに住む、みなしごの娘です」
従者は答えました。
娘はとても美しかったので、領主さまは一目で娘が欲しくなってしまいました。
不幸なことに領主さまは悪い人でした。嫌がる娘を無理やり花嫁に迎えようとしたのです。
しかしその企みは叶いませんでした。
結婚式の日、突然あらわれた醜い竜に娘は攫われてしまいました。
領主さまはかんかんになって怒りました。
兵士は娘を助けようとしましが、どうにもできませんでした。
だって竜はとても恐ろしい生きものだからです。
そんな中、ひとりの騎士が、立ち上がりました。
「私が竜を倒して、娘をたすけよう」
鋼の剣を片手に、騎士は洞窟に乗り込みました。
騎士は竜と死闘を繰り広げました。
騎士は最後に風のような一太刀を放ち、竜に止めを刺しました。
そのとき竜の傷口から流れた血が、騎士の右目のなかに入りました。
みるみるうちに騎士の瞳孔は縦に裂け、瞳は不思議な色合いに変わりました。
そのときから騎士は竜と同じ右目を持つようになったのです。
悪い竜を倒した騎士は閉じ込められていた娘を捜し出しました。
騎士も美しい娘に、一目で恋に落ちました。
「私と結婚式してください」
騎士は求婚の黄色い花を、娘にささげました。
娘は何も答えませんでした。
「あなたが怯えるなら、私のおぞましい化け物右目もくりぬきましょう」
娘は答えました
「いいえ。たとえどんな姿になろうとも、わたしはあなたを愛しています」
永遠の愛を誓い。
ふたりは、お城へ戻りました。
そして娘と騎士は幸せに暮らしましたとさ。
*注釈
この国には現在でもしばしば、片方の目の瞳孔が縦に裂けた人々が存在する。
そのため人々のあいだで根強く、彼らが娘と騎士の子孫ではないかという説が信じられ、竜の民と呼ばれている。