婚約破棄ですか、私は構いませんが、親族の皆様がお認めになるか伺ってから叫んだ方がよろしいのでは?
「リフィラ!お前のような冷血女と結婚など冗談ではない!婚約は破棄だ!」
保護者同伴の学園夜会で婚約者のディミルー様が私を指差し、叫んだのを聞いて、会場が静まり返る。
先程までの宴のさざめきすらなく、楽団も音を奏でるのをやめて息を潜め、水を打ったかのような静寂とはなるほどこういう状況なんですねえ。
一学年下の女生徒を傍らに侍らせ、更に言葉を続けるつもりだったらしいディミルー様は、会場の空気に呑まれてしまったようで、哀れなまでに目を泳がせていますが、貴方が大変なのはこの先です、是非がんばってください。
「そうですか、破棄承「おまちください!」」
「ち…父上!」
私が返事をし終える前に、ディミルー様の御父上、ギリアム侯爵閣下が半身をねじ込んで来ました。
会場のどちらにいらしたのかわかりませんが、素晴らしい危機管理能力です。ご子息の教育を現在進行形でしくじっている事を除けば、ですが。
一応目上の方への礼として、ギリアム侯爵に会釈をします。
「リフィラ様、愚息の世迷言でお耳汚し致しまして、大変申し訳ない」
「父上、聞いてくださ「黙れ」」
父親は自分の味方だと思い込んで縋ろうとしたディミルー様を、一顧だにせず低い声で一蹴するギリアム侯爵に私は笑顔を返します。
ですがほら、結婚したくないとまで言われて縁を繋いでおく気もないんですよね。
ギリアム侯爵家にはお気の毒とは思いますが、私にも選ぶ権利がありますので。
「侯爵閣下、わたくしとしてはご子息の願いを叶えるのも吝かではございませんのですけれども」
「リフィラ様、お戯れを…一族郎党が路頭に迷ってしまいます」
「ギリアム殿、ご子息の願いを叶えて差し上げたら良いではないか、そうなれば我が家がリフィラ様とご縁を繋いでいただけるので謝礼もはずみますぞ?」
「はっはっは、ウーカレーン公爵閣下、ご冗談もほどほどに願いますよ、そちらにはまだ猶予があるではありませんか」
私と同学年のご子息を連れて割り込んで来たのはウーカレーン公爵閣下。婚約者候補リストの二番目に名を連ねていた家門です。
ギリアム侯爵の言う通り、まだ猶予があるので今回はディミルー様との婚約が優先されたのですが、学園内での関りだけで言うならばウーカレーン公爵令息の方が私を大切には扱ってくれていましたね。
ディミルー様とお連れの女生徒は話について行けてないようで、目を白黒させています。
女生徒はどこの家の娘かわからないので横に置きますが、ディミルー様は話についていけてない時点でもう侯爵家の後継としては失格なのでは?
「そもそも、この婚約が如何に重要かつ名誉ある契約なのかをご子息が理解していないのが問題でしょう」
「ぐっ……それについては返す言葉もない……ので、後継を弟に挿げ替えようと思います」
「はっ?! 突然何を仰るのですか父上!」
「それはこちらの言葉だよディミルー……お前にはリフィラ様との婚姻がどれほど我が家門にとって重要なのか、何度も伝えたはずだ、なぜ覚えていない?重要視していない?」
「え…な…なんのこと……」
後継を挿げ替える、との言葉が出た途端に女生徒が静かに離れて周囲の人垣に紛れ込みましたね……こちらも見事な危機管理能力。
それはそれとして、ディミルー様は本当に私との婚姻の重要性を理解していなかったんだなあと感心しています。貴族向いてないんじゃないですかね。
「輝血の話を覚えているか」
「あぁ…精霊の血脈という…」
一応そこは覚えていたのか、と私とギリアム侯爵が思った直後に、ディミルー様は本日特大の失言を放ちました。
「おとぎ話」
会場内は再び静寂に包まれます。
輝血と直接の関わりのない庶民ならともかく、貴族がそれをおとぎ話と言うなど……急いでこの馬鹿を会場外に放り出すか、命を奪う方が早いか……と考えている時間が無駄でした。
私の血を通して、今日この会場も覗いていたのでしょう。
この国の原初の精霊と言われる御方が、動いてしまわれました。
会場中央に下がるシャンデリア、その下に光が複雑な文様を描き、扉のような形を成したかと思えば、その扉がゆっくりと開きはじめます。
開いた扉から光が漏れ始めた所で、会場内の保護者達は一斉に跪きました。そして子供達もそれに倣います。
何が起きているのかわからない顔をしている者もいますが、その者達は帰宅してから軽くはない説教が待っている事でしょう。
この国で貴族を名乗るのであれば、必ず知っておかねばならない事があるのです。
私は周囲が扉に向かって跪いている(あの馬鹿は頭ごと床に押し付けられていますが誤差です)中、扉を見上げて待機します。
もう御一方、私と一緒にかの御方を待つために扉前に移動して来た方がおります。
この国の第三王女メルリープ様です。三学年程年下だったかと記憶しておりますが、こういう時の対処は叩き込まれておられるようです。私に会釈した後、静かに横に並ばれました。
扉からの光はより強くなり、会場内を余すところなく照らします。
やがて銀糸のような長い髪と、幾重にも重なった薄絹に包まれた嫋やかな肢体を持つ貴き精霊がお出ましになりました。
ゆるりと空を歩いて私達の元に降り立たれたお姿を確認して、私は軽く腰を折った礼、メルリープ様はカーテシーでお迎えします。
「我が国の原初精霊たる御方様をお迎えできて恐悦至極にございます」
「リフィラちゃんさあ、御方様は固くて嫌だからおねえさまって呼んでって言ったの忘れちゃったの?」
「覚えていますわ御方様、ですが最初のご挨拶は形式文として決まっておりますので」
仕方ないんですよと言外に滲ませる。どれだけ親密であっても法則の異なる存在に対して迎えと送りの形式を違える程の命知らずにはなれない。
御方様はじゃあしょうがないかあ、なんて呟きながらメルリープ様に向き直る。
「メルリープちゃんも親族みたいなものだから、気軽におねえさまって呼んでね」
「は…はい!ありがとうございます御方様!」
メルリープ様は私と同じ呼び方を僅かな時間で習得した様子。素晴らしい。
カーテシーを解いて御方様に向き直ったメルリープ様は、御方様の姿に釘付けになる。
ヒトの魂を虜にする、人外なる美貌。王族の血は濃いけれど、それでも抗うのは難しいか。
「それで、御方様、御用をお聞かせ願えますか?」
「あーそうそう、なんか私の血をおとぎ話って言ったジャリがいたみたいだから、そろそろ姿を見せとかないとなって思ったんだよね」
「そうですか、では彼等の面を上げさせて構いませんか?」
「いいよ~、あ、そこのジャリ以外ね」
「わかりました……では皆様、ディミルー様以外はお直りください」
私の声を合図に、跪いていた人々が立ち上がる。
立ち上がって御方様を一目見た瞬間、大半の人間はメルリープ様と同じかそれ以上に御方様に心奪われてしまう。
仕方ない、我々の体には多かれ少なかれ御方様の血が宿っている。輝血の根源、我等の命の源流こそが御方様なのだから。
抗い、礼を失しない程度に目線を外している者達は記憶に留めておこう。
「さて、私の血をおとぎ話と言ったそこの」
「は…はい」
御方様から圧をかけられているのだろう、馬鹿は這いつくばったまま震えた声で返事をする。
「顔を見せてみろ」
声もなく、のろのろを顔を上げた馬鹿は、御方様の顔を見た途端に呆けた顔になる。
薄れ切った血では仕方ないのだろうけど、ギリアム侯爵はもっと耐えてるのだから、性格とかもあるんだろうなあこれ。
「はは、輝血がほとんど残っておらんな、一族皆このような感じか?」
「そうですね、概ね薄まってしまっていると感じました」
「では、リフィラちゃんと縁付いて子を成せない場合は、貴族ではなくなるわけか」
「そうせざるを得ないかと」
その言葉に、ギリアム侯爵は歯噛みする。わかっていた事とは言え、御方様から指摘されるのは厳しいだろう。
馬鹿にもその言葉は理解できたようで、呆けていた顔が驚愕に染まる。
「なぜ…わたしは、貴族だ…」
「おうおう、そうさな、私をおとぎ話としか認識していないならそうなるなあ」
愉快愉快と笑う御方様。
私はとても不愉快なんですけど。
「この国の貴族は、輝血の加護を繋ぐのが至上命題、それがなければ土地は死に、領民もまた死にます」
この国自体の土地が、元々人が住める土地ではないのだ。それを、原初精霊と呼ばる以前の御方様が、自らの血による加護でもって人の生きる土地を保ってくれている。
それはただの事実であっておとぎ話でも何でもない。
加護は血に宿るので、輝血を薄めないよう、何代かおきに精霊の娘を娶り血の濃さを保つ。
今代の精霊の娘が私だ。
「私はギリアム侯爵家の輝血を濃くするため、加護の力を戻すために嫁ぐ予定でした」
「リフィラちゃん以外と成した子を後継に据えた場合、輝血の加護は失われ、一族郎党貴族としての資格を失うわけだ、大変だなあ」
「そん…な」
「教えてもらっただろうに、おとぎ話と軽んじて自ら調べもしなかったなら、しょうがないよな? 私もこんなのにリフィラちゃんを嫁がせるのは嫌だし」
御方様が楽しそうに笑う。精霊が腹を痛めて子を産むことはないが、御方様が数十年程度に一度、器を作り、そこに血と力を注いでできるのが私達精霊の娘。分け身のようなものであるのは間違いないのだ。そして御方様はとても情に深い方。私をとても大切に思ってくれている事も知っている。
だから、馬鹿なんかに私が嫁ぐ事は認めないだろうなと思っていた。
実際に言葉にしてもらうと嬉しくて天にも昇る心地ではあるのだけど。
思わず笑顔になってしまった私に、御方様も満足そうに笑う。
「家門を潰したくないなら、後継は他の者にしろ、ちゃんと私のリフィラちゃんを大事にする者にな」
ギリアム侯爵に視線を向けられ、私は首肯する。直答を許されています。
「仰せの通りに致します、また、リフィラ様への無礼を重ねてお詫び申し上げます」
「ああ、赦そう」
馬鹿はもう言葉を発する気力も残っていないようだ。
無様な姿を見て満足そうに笑んだ御方様は、右手を軽く振った。
振った指先から御方様の体が光にほどけていく。お帰りになるようだ。
私は送りの形式文を口にする。
「此度の訪い、感謝致します」
「そうだ、リフィラちゃん」
「はい、何でしょう御方様」
「この会場で一番おいしいと思った甘味をお土産に持ってきてほしいな」
「はい、承りました」
よろしく、と軽く笑って、御方様の姿は消えた。
後に残されたのは、夢から覚めたような顔をしている多くの人々と、無様に這いつくばったままの馬鹿。
この国の貴族は精霊の血を繋ぐもの。
それは忘れてはならない事実だ。
しかし、人間とは忘れ行くもの。時折こうして現実を目の当たりにする必要もあるのかも知れない。
そう考えながら、私は御方様へのお土産を探すためにデザートエリアへと足を運んだ。
後日、ギリアム侯爵家では馬鹿は正式に後継の立場から下ろされ、二歳下のユーシェア様が後継として指名された。
私の婚約者もユーシェア様に変わったので、問題なくギリアム侯爵家は続いていく事となる。
蛇足ではあるが、私は婚姻して子を成すのが使命だが、人間のような肉体的接触を必要としない。
嫁いだ家門の人々から少しずつ魂を貰い受け、家門の魂と輝血を持った子を宿した卵のようなモノを作り出し、そこから生まれた子を次代の後継とする。
また、その子から繋がった家門の各魂に輝血の力が分け与えられ、家門全体の輝血濃度が上がるという仕組みだ。
だから、私と婚姻した相手が閨事をする必要はないし、後継以外の子供を他の女性と成す事も認められている。
ちゃんとお勉強していれば、婚約破棄だなんて叫ばなくても良かったんですけどねえ。
知識がないって損ですね。




