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00 蒼月の夜


頭を刺すような風が首を撫でる。


いつの間にか布団から出ていた足をさすり、うずくまるが、そんなことをしても吸い込む空気が嫌なほど冷たく感じた。


(みんな、もうねているかな)


一人だとどうしても寂しい夜がある。


胸の中にぽっかりと空洞があるような、喪失感がするのだ。


そんな日はよく両親の寝室に忍び込んで2人の間へ入り、暖まることが当たり前になっていた。


両親が仕方ないといった表情で、2人の間に来るように手を差し伸べてくれる。


6歳にもなって、一人で寝れないとは、と怒られたことはない。

だからついつい二人の愛情に甘えてしまうのだ。



母が持ってきていたショールを肩にかけ、床に置いていた靴は履かず、氷のような地面を歩いていく。



つま先が痛く感じたが、先を急ぐ。

あのあたたかいベットに潜り込んで、二人を驚かせてやろう、なんてことも考えていた。


背中にはどこから吹いてきたかわからない風が背中を押し、寒さはさらに増していった。




持ってきていたショールが強い風で飛ばされそうになりそこで、ふと気づく。


夜間廊下の見回りをしているはずの衛兵の姿が見えない。

蝋燭の蝋が皿から溢れかえっている。








この寒空の下、窓が開いている。








髪を撫でるくらいの土のにおいを纏った風が全身をまとわりつき、髪が乱れる。


雲間から蒼い光を放った月「蒼月」が顔を覗かせ、こちらを凝視しているように感じた。


両親が今夜は蒼月だから早く寝なさい、と話していたのを思い出した。


なんでも蒼月は不思議な力を持っており、魅入られた者は特別な力を得る代わりに特別なものを失うというのだ。

そんなものがなくても、私たちは十分幸せなのよ、と母が言い聞かせてくれていた。


「特別な力」というのを信じてはいなかったが、子ども心にどんな力が貰えるのだろうと気になっていた。



そんな月が




異様に蒼く照らされている。




怖くなり、急いで両親の部屋へ向かう。

外気で低くなった体温を守るよう、白くなった息が耳の横を過ぎる。


角を曲がるため速度を落としていると、ちょうど壁の向こう側に誰かの気配を感じた。


消えかけている蝋燭の火が人影を照らしていたのだ。


誰か大人がいると思い、安堵した。この状況を説明してもらいたかった。


早まっていた鼓動を落ち着かせ、そこへ行こうとした瞬間、息をのむ。



──父だ。



それも、父だったもの、肉塊、なんと言えばいいのか。


首を中心に円を描くように溢れ出した赤黒い液体は壁の優美な装飾を書き消していた。


「とおさま……?」


まだ答えてくれるかもしれないと、踏み出した途端、足の指の間に粘り気をもった液体が入り込んでくる。

まだ温かい「それ」は、この状況を説明するのに十分な効力を持っていた。


全身に鳥肌が立ち、その場から動くことができなかった。息が途切れ途切れになる。



蒼月の光が強くなる。



それに合わせるように、廊下におびただしい数の人が転がっていた。衛兵や顔見知りの侍従たちがだ。皆、喉を裂かれ息絶えていた。


頭が割れそうに痛くなる。


「かあさま!!」


廊下の奥、背を向けた母親が見えた。


どうにかして、 この動揺を鎮めてもらいたかった。すがる思いで駆け寄ろうとすると、瞳が零れそうになるほど目を見開いた母がこちらを振り返った。


「来てはダメっ!!早くにげ──」


──瞬間、母の首から液体が噴き出し、床に叩きつけられ跳ねる。


「があざま!!!!!」


母が何を言おうとしていたのか、そんなことはどうでもいい。

目の前で、人間が、ましてや親しい親類が死に追いやられたのを見た自分は母の元へ向かう。


血に濡れた地面に膝をつけ必死に母の名前を叫ぶ。


「かあさま!!かあさま!!!!」


しかし、母がその優しい眼差しを向けてくれることはもうなかった。



だんだんと世界から色が消え始める。



暗闇から這い出てきた人物を睨み付けるが

フードに覆われた顔は見えず、手のナイフだけが、こちらを狙って光を反射していた。

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