静寂
ある雨の日、雨宿りをしているとき、彼女は濡れた髪をいじりながら地面につき、跳ねている雨水を眺めながら俺にこう言った。
「私、雨って結構好きなの。なんでだと思う?」
「……わからん」
「周りと、自分が水のカーテンで遮られたような感じがするのよ。雑音の中にいるはずなのに、ふと静寂のなかに自分一人のような感覚になるの」
いつのまにか地面に向けられていた視線は俺のほうに向いていた。
「今、君と私。二人だけの空間が出来ている。そう思うだけで、私は幸せなの」
彼女は、俺に視線を向けながら、その顔を真っ赤に染めつつ微笑んでいた。
いつだったか、その頃は、まだ俺も彼女もまだ幸せで、幸福で。
「君のことが……好きなの」
ある日の放課後、彼女は俺にそう告げていた。
「ずっと、好きだった。そして、今から、ずっと好きでいたいの」
教室は夕日で真っ赤に染まり、だけど彼女の顔が赤く染まっていることは分かった。
「これから二人で……歩んでいきたいの……」
気付けば、俺は彼女を抱きしめていた。優しく……だけど決して離さないように。
俺だって、二人で歩んでいきたいって、ずっと思ってたから。
俺たちの事はみんなが祝福してくれた。みんな笑顔で、幸せそうで…………。でも、一番幸せそうだったのは俺たちだった。
彼女とは色んな事を話した。「子供は何人がいい」とか、「大学を卒業したら結婚しよう」とか。色々なこと。
そして、今日も色んな事を話そうと思っていた。「子供は男と女どっちがいいかな」とか、朝まで話そうと思ってた。話そうと……思ってたんだ……。
騒音、雑音。色々な音が雨のカーテンによって遮られていく。サイレンの音や、周りの声も。
俺達の世界には、俺達しか存在できなかった。
「……なぁ、遥香」
俺は雨と、失われた血液によって急速に冷たくなっていく彼女の体をそっと、抱きしめた。
もともと白かった彼女の肌は、今では見違えるほどに青くなり、指先で触れる頬は、とてもやわらかくて、冷たかった。
「二人で……歩いて行くんだろ……? ……俺……一人じゃ、道、分からないよ……」
雨は容赦なく全身を強く叩き、俺の体温も奪っていく。
服は水分を限界まで吸い上げ、重くのしかかってくる。
「二人だけしか……いないんだろ……? お前が居なくなったら……本当に、何も聞こえなくなるだろ……?」
雨のカーテンは周りを遮断し、静かに、俺だけの空間を作り上げていく。
半身を失った二人の世界の住人は、ただただ、一人で塩辛い雨を降らせ続ける。
「まだまだ……話してないことがあるだろ……? なぁ……遥香……」
自分だけの世界は、酷く静かで、酷く寂しくて。
俺は彼女を抱きしめたまま、静かに地に伏せる。
体温の低下は血液の循環を滞らせ、次第に四肢は麻痺していく。
視界はだんだんと揺らいでいき、もう二度と笑うことのない彼女の顔だけは鮮明に映った。
半身を失ったもう一人の住人は、やがて追うように自身も消え去り、
後には静寂だけが、残った――――――――――――――――――――。
始めて書いた短編です。感想等、お待ちしてます!