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7/15

 マグダレナがアレハンドラ王子への嫉妬から、他国の留学生との茶会を妨害した事件。

 目撃者も多数いるこの出来事のあと、なにが起きたか。


 茶会の相手は、他国の国政の根幹にかかわる人物の息女だったが、その交流はうまくいかず、それからしばらくして留学生は帰国してしまった。

 マグダレナはさすがに起こした事件の大きさを考え、数週間みずから蟄居し、自分を罰した。


 エルネストは考えれば考えるほど、この件に関してはマグダレナを擁護するのは難しいと感じる。実際におこったことと、その結果がすべてではないか。


 マグダレナが悪女ではないという前提で動くことに、無理があるのかもしれない。彼女がエルネストの目をあざむくために、いかにも害のない人間のようにふるまっていることも十分考えられる。

 それでもエルネストが考えることをやめないのは、どうしてだ。心のどこかで、彼女を信じたがっているのか? それはなぜだ。自分でも、わからない。


 答えの出ない考えに脳を埋め尽くされ、エルネストは軽い頭痛を感じた。連日、兄や王子のために小間使いのように走り回っているのだから、すこしくらい休養があっても許されるはずだ。エルネストは授業を抜け出してひとり、ふらっと医務室へ向かった。


 学園の医務室は、エルネストにとって居心地のいい場所だった。常に何かしら、兄や、実家の侯爵家から言い渡された雑事に関わっているエルネストには、あまり心休まる場がない。家でも、兄の前ではどこか取り繕っている感覚が抜けない。


 そのエルネストがひとりになって、じっくり物事を考え、あるいは何も考えないでいられる場所のひとつが医務室だった。しかしそこも、ここ数カ月は通っていない。なじみになりつつあった医務室の担当医が変わってしまったからだ。それから少し行きにくくなって、足が遠のいた。


 ちょうど四カ月くらい前の話だ。


——四カ月前……。


 四カ月前とは、問題の茶会が開かれた時期ではなかったか?


 確かに担当医の移動は急な人事だった。それが茶会と関係のある理由だったかはわからない。しかしそれをきっかけに、エルネストは、もう少しこの茶会そのものや、茶会のそのあと(・・・・)を調べてみる気になった。


 まず、茶会でアレハンドラ王子に出された茶がおかしかったということはないか? たとえば王子の嫌いな茶だったとか。いや、仮にも国賓に準ずるような相手と茶を飲むのに、自分の好みを優先させる為政者などいるか? まずその茶の種類を突きとめなければどうにもならない……。



「それで、わたしのところをお訪ねに?」


 カスティーリョ夫人は、おかしそうに声をころがしながら、弱り切った顔のエルネストをカウチから見下ろしている。


「……手がかりが、ほかになくてですね」


 茶会で使用された茶葉は、相手方が用意したものだ。茶器ごとマグダレナがひっくり返してしまったので、台無しにした張本人以外、誰も口にしていない。


 ほかに聞く当てがなく、エルネストはまたのこの夫人のもとにやってきた。ほんとうは、そろそろ「支払い」の時期になるので、あまりここには出入りしたくなかった。


「教えて差し上げますわ」


 夫人はなんの思索も挟まず、そう告げる。しかしすぐあとに「そのかわり」と続けた。


「もうすぐ社交界へデビューを控えたかわいらしいご令嬢がいらっしゃるの。はじめての夜会で、それはもう気を張りつめていらっしゃる。あなた、初日に彼女の相手役をつとめてくださる?」


 これが、夫人への「支払い」だった。


 彼女はこうして貴族から持ち込まれる困りごとや調べものを引きうける代わりに、その支払いとして、とうの貴族たちにも何かしら頼みごとをする。その頼み事は、おそらくまた別の貴族の困りごとを解消する何かに使われるのだ。それぞれの貴族が、それぞれの立場でしか得られない情報、伝手(つて)、人脈。それらがここに集まってくる。こうしてカスティーリョ夫人のもとに持ち込まれる案件はまわっている。


 エルネストのに提示される「支払い」は、ご令嬢お相手のものか、もしくは未亡人の話し相手とか、女性がらみのものが多い。夫人が意図して彼にこうした案件を振っているのかは、わからない。


「わかりました。お受けします」


 エルネストも即座にそれに答え、取引は成立した。

 夫人は封筒をエルネストの前に差し出す。それを受け取ってあけると、中身はタグだった。船便で国内に持ち込まれる茶葉の一かたまりずつに付けられている。いわば茶葉の名札である。

 これで、茶葉の名がわかった。



「エルネストくん」


 妙に大仰なものいいをするイヴァンに見下ろされ、エルネストは「はあ」と情けない声をあげる。


「我が国いちばんの商会のあととりを使って情報収集とは、きみもえらくなったな」


「なんなのそのしゃべりかた。それ、いつまで付き合わなきゃいけないのさ」


「悪い。おまえがおれに頼みごとするなんてめずらしいから、つい」


 エルネストは茶葉の名が判明して、すぐさま王都でもっとも大きく品ぞろえのいい茶問屋へ向かった。


 茶葉のタグを見せると、店員はすぐにお調べしますと、自信にあふれた表情で奥に入っていった。自分の店に置いていない茶などないと信じているようだった。しかし彼は、数分後に変わり果てた浮かない表情でもどってきたのだ。


「で、この茶葉は用意できませんと言われて、現物は手に入らず、用意できない理由も教えてもらえなかったわけだな」


 イヴァンの言葉に、エルネストはうなずく。


「そうなんだ。もう一度夫人のところに行くのはもう嫌だし」


「だからちゃんと調べて来てやったよ」


「おお、イヴァンさま!」


 イヴァンはせきばらいすると、調べてきたことを実直に読み上げる。


「実はこのお茶、茶葉の一部に、毒性の強いよく似た植物が間違って使われていたことがあったらしい。そのときも相当期間、輸入禁止になっている」


「毒入りの茶葉!?」


「でもそのときは、ちゃんと輸入禁止なった理由が周知されたんだ。でも、今回はそう言った告知はない。とりあえず、この茶葉につかわれている葉の配合はわかった」


 エルネストはその茶に使われている植物のリストを手に入れると、すぐに植物園へ戻った。



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