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「エルネストさまーーー! お待ちください――――!」


 学園上に響き渡る大声で、エルネストを探すものがいる。


「エルネストさまーーー! どこですかぁーーー!」


 エルネストが王子の婚約破棄と、公爵家の秘密を暴くために近づかなければいけない、マグダレナ嬢その人だった。



「父上のしていることについて、エルネストさまのお役に立つ情報をお持ちしましたわ!」


 そういって、なにも隠す素振りもなく、彼女は突然学園内でエルネストのもとを訪ねてきた。


 あまりにも人の目がたくさんある場所で、大切なものをやりとりするのはやめたほうがいい。そう言うエルネストに対し、


「え、そんな! なるべく早くお渡ししたほうがいいと思いまして! もうここでお渡ししていいではありませんか」マグダレナはそんなことを言う。


「いいわけないだろ! 頼むからちょっと落ち着け」


 目立ってはいけないのに、ついついエルネストも声が大きくなる。


 そうして押し問答をするうちに、収拾がつかなくなって、エルネストは逃げ出した。



「頭がいいのか悪いのか、ぜんぜんわからないな……」


 学園の敷地内のすみっこで、木立のなかに身を隠し、エルネストはひとりごちている。


 エルネストは、マグダレナが悪女のうわさの裏でしていた、ほんとうの行ないを知っている。それを見る限り、おろかな女でないことは確かだが、一方この態度はなんだ。


「直球すぎるんだよ」


 直球でしか行動できないから、自分の悪評をそそぐ方法もわからない。


 しかしもうマグダレナに会う必要はない。彼女はエルネストが現れないのを見て諦めたのか、エルネストに渡すはずだった「情報」と思われるもの一式を、エルネストと顔見知りの令息に預けていた。


 大事な機密情報をよく知らない人間に預けるのもどうかと思うが、もうやってしまったことは仕方がない。それをついさっき受け取っている。


「アッシュブロンドの、とてもかわいらしいご令嬢からこれを預かったんだ」


 エルネストを探しにきたその令息は、一種興奮してこんなことを言った。


「エルネスト、きみは彼女の名前、知っている?」


「ああ、パラシオス公爵家のご令嬢だ」


 その名を聞いた途端、彼の顔からは笑みが消えた。話したことすら傷になるような落ち込みようで、そいつは帰っていった。

 なんだ。彼女と話したからってなんだっていうんだ。エルネストは、思い出して今さら、もたつく怒りにさらされている。

 今までマグダレナの姿も知らずに、値踏みするように見たあげく、正体がわかったらあの態度とは……悪い心にもほどがある。


 あの男が名を知る前とあとで、マグダレナ自身はなにも変わらないのに。


 彼女がもたらした情報は、まさにパレシオス公爵が我が国の金融政策を、公開前にどこに流していたか。それを知る手掛かりになるものだった。


「パレシオス公爵……あの男、まめすぎるな」


 それは、数カ月ごとに開かれる公開市場委員会の招集に合わせて、公爵が国外のどの国と接触し、どんな立場の人間と会ったのか、その記録だった。

 完全に個人的な予定表と言ってもいい。なかには国を超えて活動する大商人と思われる人物の名もある。

 これを順に調べて、それぞれの国や商人の取引や証券の動きを追って行けば、事前に公爵から情報を得ていた者を絞り込める。


 エルネストは安心して、ふっとため息をもらす。これでマグダレナに直接会う必要はなくなった。どうも彼女といると調子が狂うから、会わずにすむならそれがいい。


 気が抜けて、木立の木の根元に座り込んでいると、エルネストからは見えないおもての道から声が聞こえてくる。


「きょうのマグダレナさま、おかしくありませんでした?」


「ええ、ほんとうに。あんなに大きな声を出して、しかも男の方のお名前を……」


「まあ、はしたない。アレハンドラ王子にあまりに相手にされなくて、おかしくなってしまわれたのかも」


 百歩譲って王子には、マグダレナを疎ましく思う理由がある。

 だがこの令嬢たちはどうだ? さっきの男は? 直接に、マグダレナが彼らや彼女たちに何かしたことはないはずだ。

 マグダレナは、学園のなかで「無遠慮に悪意をぶつけてもいい相手」とみなされている。そんなものは、この世のどこにも存在しないはずなのに。




 「マグダレナさま」


 エルネストは、ひとり中庭にたたずむマグダレナに声をかけた。夕日を背に、すこし丸まりがちな背中は細くて小さかった。

 

 マグダレナはエルネストの顔を見ると、喜ぶどころかひどく慌てている。


「ぼくを探していたのではないのですか?」


 エルネストの言葉に、マグダレナはおろおろと視線をはずす。


「ええ、お探ししておりました。でも……あの……」


「マグダレナさま?」


「わたし今、あなたのお役に立つものをなにも持っていなくて……」


 確かに、きょう彼女がエルネストに渡そうとしたものは、すでにこの手に持っている。だからなのか、マグダレナは隠しきれない恥をかかえたようにエルネストの前から去ろうとする。


「エルネストさまをよろこばせるものを、なにも持っていないのです。わたしと話をしても、なんの得にもならないから……」


「得がなくても、いいじゃありませんか!」


 エルネストは、思わずそう言っていた。


「友だちだったら、損得なしで、お話できますよ」

 

 マグダレナの顔が、光が満ちるように笑顔になった。


「友だち? とてもすてきな響きですわ!」


 でもマグダレナはその笑顔のまま眉を下げて、続けて言った。


「……またこんど、エルネストさまのお役に立つようなものを持ってまいりますわ」


「そういうことはしなくていい」


 思ったより強く険のある声が出てしまって、エルネストは我に返る。


「ええと。これは、ぼくの仕事なんです」


 そう、仕事だ。大事な情報は、マグダレナを通じて少しずつひきだしていくつもりだから。


「あなたから情報をまるまるもらっていたのでは、ぼくの仕事がなくなります」


 実の父親相手と言えど、隠している秘密を持ち出すのは容易ではない。一度に大量の証拠品が消え去れば、警戒される恐れもある。


「じゃあ、エルネストさまのお仕事、ぜんぶ奪ってさしあげますわ!」


「だからやめて!?」


「だってそうしたら、もっとわたしとお話をする時間が持てるかもしれませんわ。お友だちとして」


 そう思ったんですよ。マグダレナは心の底から残念そうにさみしく笑う。


 最初から情報目当てでエルネストが近づいてきたとわかっているマグダレナと、公爵家の暗躍の情報を求めに来たと隠さないエルネスト。どちらも外から見るとおかしかったが、ふたりの間では、それは了解されていた。

 でもマグダレナは、自分の父親の抱える秘密をエルネストにもらすことで、どんな未来が待っているのか、明確に予想していないのかもしれない。


 だからこそ、エルネストはマグダレナに自分の家を貶めるようなことをしなくていいと言ってやりたい。いずれ公爵家はろくなことにならないのが目に見えているが、自分からそれを招くのと、他人がもたらす大きな流れに逆らえずそうなるのでは、マグダレナの傷つき方違う。


 エルネストは、そう思うのだ。






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