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「エルネストさま! どういう情報が必要なのかおっしゃっていただかないと! でないと手あたり次第、ぜんぶ持ってきてしまいますよ!」


「ぜんぶ!? なにを!? もうやめて!」


 数日後、恒例の王宮での舞踏会で、エルネストはふたたびマグダレナと出会った。が、こちらから接触をこころみるどころか、最初から押されて追いかけまわされている。

 

 前回はマグダレナの様子があまりにもおかしかったのでひるんだが、今回はもっとうまくやる。そう思っていたのに、マグダレナは前回にも増して、へんな方向に勢いがあった。


「だから、だめなんだって!」


 エルネストは迫ってくるマグダレナを思わずふり払う。強く力をこめ過ぎたような気がして、ひるんだエルネストは、気後れしてやわらかいもの言いをしてしまう。


「も、ものには順番ってものがあるんだよ」


 たしかにエルネストはマグダレナから公爵家の悪事の証拠を得たいと思っていたが、とにかく情報が手に入ればいいというものではない。


「段階をふんで、すこしずつやっていくべきなんだ。いきなり重要な証拠がぜんぶ手元からなくなったりしたら、公爵閣下だってあやしむだろう。それで動きがもっと下にもぐるようなことになったら困ります」


 エルネストの言葉が効いたのか、マグダレナはすこしだけ眉毛をさげて、申し訳なさそうな顔をした。


「そうなんですね。なんだか、かえってご迷惑をおかけしていたみたいで、申し訳ありません」


 それからマグダレナは会場の片すみで、壁の花とまでは言わないが頼るものがないふうで、じっと立っていた。その視線のさきには、アレハンドラ王子がいる。


 王子はマグダレナには目もくれず、数々の令嬢と次々にダンスをこなしていく。幸せそうに女性たちと笑顔をかわす王子を見るマグダレナは、さみし気ではなく、いっそ楽しそうだった。

 

 やがて舞踏会は佳境をむかえ、最後のコルトンダンスの時間がやってくる。このダンスは男女がパートナーを順番に変え、全員の参加者ともれなくダンスをすることになる。


 決められたステップを踏み、互いに礼をして、つぎの相手にうつっていく。だが、ダンスがはじまってすぐに、マグダレナはその輪のなかから外された。ひとりだけ、まるでいないもののように彼女だけを抜かしてダンスは移り変わってくる。

 

 マグダレナは最初こまった顔をしていたが、やがてあきらめたのか、ただ笑顔をはりつけてダンスホールの中心に立ちすくんでいた。エスネストはパートナーを変えながら踊り続けていたが、ついにたまらずマグダレナのもとに走り寄った。


「あの」


 マグダレナはその横顔をななめに傾けて、視界のはしでエルネストを見る。


「たいへん残念なお話ですが、だれもあなたの魅力に気づかないようだから、今夜はわたしと踊りませんか」


「遠慮いたしますわ!」


「はあ!?」


 マグダレナは勢いよくエルネストからのダンスの誘いをことわると、ドレスをひるがえし、さっそうとバルコニーから外へ飛び出した。


「ちょ、ちょっと待って!」


 エルネストも反射的にそれを追ってしまった。マグダレナはバルコニーから続く階段をかけおりて、会場の庭に向かって走り続ける。噴水のある広場まで来て、ようやく彼女はとまった。

 

 エルネストは追いついたマグダレナに、思わず恨みごとを言う。


「ひ、ひどいよ。あ、あんなに勇気を出して声をかけたのに!」


「勇気……?」


 みんなに嫌われ、冷遇され、誰からも(かえり)みられない。そのあなたを、エルネストだけが相手をしているというのに。


「なんで断るのぉぉぉ!」


 あんなたくさんの人のまえで、笑顔でダンスの誘いを断るなんて、やっぱりマグダレナは悪女だ!


「え、エルネストさま」

 

 ひざをついて涙ぐむエルネストに、マグダレナは本気であわてたようで、ハンカチを貸してくれた。


 やっと落ち着いたエルネストとマグダレナは、ふたりで一緒に噴水のふちに座った。澄み渡った空に、星のまたたくいい夜だった。男が泣いて、女がなぐさめている。こんな状況でなかったら、もっとよかっただろう。


「わたし、エルネストさまは女性をダンスに誘うなんて慣れていらっしゃると思っていましたわ」

 

 マグダレナが心底おどろいたという顔をしている。

 エルネストは弁舌さわやかに女性をほめまくり、その人物がいちばん言ってほしい言葉をあたえて、心地よい気分いさせてくれると評判の侯爵令息だった。そういううわさがあることをエルネストも知っている。むしろ、そうなるように努力してきたのだから。


「たしかに慣れてるよ。でもそれは、兄上と練習したセリフをしゃべっているから、うまくいくだけなんだ」


「セリフ……」


「丸暗記だよ。そうやって貴族の女性に近づいて、王家と侯爵家のためになる情報を集めてこいと言われているんだ」


「いいのですか。そんなお話をわたしにして」


「いいよもう。だって……」


 泣いちゃったし。という言葉をわざわざ飲み込んだのに、マグダレナは気まずい事実をさらりと告げてくる。


「エルネストさまが泣いてしまわれたことは、内緒にいたしますわ!」


「それぜったい言いふらすつもりだよね!?」


「言いません。だって、そんなお友だちもいませんから」


 マグダレナ・パラシオスは稀代の悪女である。そもそも、その評判はどこで生まれたのだろう。


 エルネストの知る限り、それはアレハンドラ王子とマグダレナが学園に通い始めてから出回った話である。


 学園とは、この国の貴族の子弟が学問をおさめるために通うことになっている学び舎のことである。

 その学園内で、マグダレナはアレハンドラ王子が外国からの国賓と友好を深めようとするのを妨害したとか、王子が市井の民たちと健全な交流をしようとするのを姑息な方法で妨害したとか、恥も外聞もない卑しい話ばかりが聞こえてくる。なかには、王子が本気で愛した平民の女性との仲を引き裂いたという話まである。


 エルネストはその話題を同じ学園内で聞くことはあったが、マグダレナ嬢本人と直接話すことはなかった。遠目に見ても、そのような悪心をもって人を弄ぶようには見えないのに、わからないものだと恐ろしささえ覚えた。


 しかし実際はどうなのだろうか。エルネストは興味がなかったから、その真相について、つきつめて考えたことはない。


「エルネストさまは、婚約されている方はいらっしゃるのですか」


 唐突に、マグダレナに問われる。


「……いえ」


 エルネストは侯爵家次男という立場だったが、いまだに決まった相手はいない。それは、婚約者がいれば、兄から与えられた情報収集の役目を果たすのに邪魔になるからだ。


「では、お好きな方は」


「い、いまはあなたに魅かれております」


 いまさら取り繕うように、兄に覚え込まされたセリフを言ったところでどうにもならないが、エルネストはとっさにそう答えた。刻み込まれた反射と言えるかもしれない。マグダレナはそれを聞いても、ふふっと笑ってごまかすだけだ。


「いつか、大切に思う方ができたとき、わたしと踊ったことがあるなんて知れたら、エルネストさまの評判に傷がつきますわ」


 マグダレナはそう言ったきり、舞踏会の会場からもれでる光をうっとりと眺めていた。その瞳は恋をする女そのものなのに、彼女は王子のそばに寄ることを望んでいないようだった。


「でも、助かりました。エルネストさま」


 夜の冷気のなか、マグダレナのアッシュブロンドの髪が風に吹かれ、輝いている

 

「さすがに、あんな広いダンスホールの中心でひとりぼっちになってしまって、困っておりました」


 マグダレナの生家、パラシオス公爵家が、他の貴族に好かれていないのは確かだろう。横柄な態度や、国政に強引に口を出して来る様子に耐えかねている家は多いはずだ。しかし公爵家に直接に文句を言える家もそうない。その不満を、子ども同士の関係のなか、一身に受けていたのがマグダレナだった。


「アレハンドラ王子は、きっとわたし以外に想う方がいらっしゃるのですね。小さいころに決められた婚約ですもの。心変わりはしかたがありませんわ」


 こうやってわたしを遠ざけなければ、その方と一緒にいられないのだわ、王子さまおかわいそうに。

 マグダレナは、さみしそうにつぶやいた。


「お互い、うわさはあてにならないね。ぼくも、マグダレナ嬢はもっと悪い人間だと思っていた」


「ぼく……?」


「う、うるさいな! なんだっていいだろ!」


 ふだん使わない一人称まで聞きとがめられて、エルネストはあわてた。


「それから! 礼なんて言わなくていい。こういう……なんだかすっきりしない形で他人がひどい目にあっているのを見ると、気分が悪くなるんだ」


 事実だった。

 エルネストは、ときには国のために陰湿な手段を使って情報を集めたり、他人をおとしいれたりする。それは必要だからやることで、割り切っている。だが、そういう自分だからこそ、せめて表で生きている間は、それに加担しない人間でありたい。


「でも、うれしかった」


 エルネストは、重ねて礼を言うマグダレナから目をそらした。礼なんて言われたって、どうしようもない。エルネストも、このさき彼女をだますつもりの男なのだから。



 翌日、エルネストはフローレス家の嫡男である兄に、舞踏会での顛末を報告する。


「つまり、マグダレナ嬢は公爵家の悪事を暴くことに関しては、非常に協力的ということだな?」


「はい、なんというか、人との交流に飢えているのでしょうか。なんだか自分から積極的に実家の没落に加担しているようで、少々不気味ではありますが……」


 エルネストの疑問を、兄は些末なこととしてとり合わなかった。


「どうせ常識も教養もない悪女のすることだ。後先なんて考えているまい。しかし、そうだな……」


 兄は兄で、もっとべつな策略があるようだ。


「そうだ! なんだかちょろくて頭がわるそうなマグダレナには、意図的に男を近づかせ、仲良くなってもらおう! そうすれば、王子という婚約者がありながら不貞を働いたという罪で、もっとはやく婚約破棄までいけるぞ!」


「それはいい考えですね! 兄上。で、そのマグダレナと懇意になってもらう役というのはだれに頼むんです?」


 言っておくけどぼくはできないですよ。なんたって彼女の前で泣いちゃったし、こんな情けない男をマグダレナが好きになるはずがない。それにぼく、あの人もうこわいです。なんかめっちゃ情報押し付けてこようとするし、全体的に押しが強い。こわい。なので無理です! むり無理むり、無理でーす!


「それなら、適任がいるじゃないか!」


 兄はエルネストの言葉がまったく届いていないようで、ひとりでうなずいている。


「だ、だれなんです?」


「それは、おまえだああぁぁあ!!!!」


「ええええええぇぇえ!」


 だから、無理だって言ってんだろ!!


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