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十二

 エルネストの生まれて初めての告白は、受け取られることがなかった。つまみ菓子のようなつもりでいいから、せめて触れてほしかった。


 何日か抜け殻のように過ごしたあと、侯爵家に一通の手紙が届いた。マグダレナからであった。


 そこには今までふたりで話したことの思い出と、感謝と、それから最後にこう書いてあった。

「わたしのことを好きだと言ってくれるエルネストさまのことを信じたい。今度の王宮の舞踏会でお会いしましょう」


 エルネストはその手紙を大切に、自分の部屋の机のなかにしまった。

 


 アレハンドラ王子はきょうもマグダレナを顧みない。エルネストは舞踏会の会場で、下を向いて深刻な顔をしたマグダレナの前に立った。


「……マグダレナさまは、すばらしい心をお持ちですよ。心からそう思います」


 エルネストはそこで少しだけ、アレハンドラ王子を見た。彼はきっと、自分の婚約者がだれと踊っていても気にしないだろう。


「あなたのような人と相思相愛になれたら、きっとしあわせになれると思うのに、どうしてだれも気づかないのでしょうね」


 いままで散々口に出してきた女を喜ばせようなことばのすべてが、うそっぽくてマグダレナの前では言えなかった。


「自分のことばで気持ちを伝えるって、すごく難しいね」


 飾れなくて、だんだんくだけてきてしまう。

 

「だれもきみの魅力がわからないなら、今夜はぼくと踊りませんか」


 マグダレナは、その手を取った。


 だれからも嫌われるように仕向けられた、すぐに人を好きになってしまうくらい愛に飢えた令嬢は、その日はじめてダンスホールの中心に踊りでた。


 マグダレナのダンスの相手をするものは今までいなかったから、みんながふたりを見ていた。マグダレナとエルネストが一緒にいる理由を、本人たち以外が知る必要はない。だからふたりとも気にならなかった。

 

 ふたりとも、生まれてきて、きょうが一番しあわせだった。




 突然華やかなな音楽がやんで、アレハンドラ王子の叫び声がホールに響き渡る。


「パラシオス公爵家の昨今の行いについて、詳しくお聞きしたいがよろしいか」


 アレハンドラ王子は、マグダレナから渡された証拠に基づきパラシオス公爵を断罪した。この場に公爵本人はいないから、つまりその罪は、マグダレナに突き付けられているのだ。


 それだけで公爵は失脚するし、マグダレナとの婚約も破棄できるはずなのに、王子とエルネストの兄は、マグダレナがエルネストに送った手紙を持ち出しており、それを公衆のまえで、読み返した。


 そして「わたしのことを好きだと言ってくれるエルネストさまのことを信じたい」という文を読んだ時、エルネストの兄は、あろうことか笑いをこらえきれず吹きだした。


「スト―――――ッップ!!!!」


 会場中にふるわせる大音声で、そのパフォーマンスをとめた男がいる。


「やめやめ! やめだ! こんなこと!」


 エルネストだった。彼は壇上にいるアレハンドラ王子と、自分の兄に向って踏み出す。


「断罪なんておしまいです。兄上、いまどき流行(はや)んないですよ、こんなの」


「エルネスト! お、おまえ! いったいどういうつもりだ!?」


「どういうつもりかと聞かれたら、兄上と王子殿下に対して反逆の意志があると宣言したい」


 兄と王子だけではなく、会場の端々からどよめきの声があがる。エルネストは、構わず高いところにいるふたりを指し示す。


「兄上、あなたが持っているその手紙は、ぼくの部屋にあったものですよね? いくら兄弟でも、他人の私物をあさるのは礼儀を欠くのでは」


 兄はバツの悪そうな顔したが、たかが手紙の一通、国家の危機に比べたらどうということはない。そう思っている顔だった。


「ぼくはあなたに、パレシオス公爵家をじゅうぶん追いつめるだけの証拠を渡したはずだ。それだけであなた方の目的は達成されるはずなのに、そのうえさらに、マグダレナの人格を貶める行為に及んだのは、なぜです」

 

 隠していた気持ちを暴き立て、マグダレナの心を傷つけた。


「ぼくは……ぼくはそれがもっとも許せない……!」


 怒りに震えるエルネストを、マグダレナはすがるように押しとめた。


「大丈夫、大丈夫です。エルネストさま。まちがっても自分の身の程を誤ったりしません。うそだとちゃんとわかっていますから。たとえうそでもよかったのです。わたしのようなものに好きという言葉をかけていただけるのがほんとうにうれしくて……」


「うそじゃない!」


 胸を打つような悲痛なさけびが、ざわつく会場のすべての人間をだまらせた。


「うそじゃないって言ったじゃないか、マグダレナ。ほかのだれに薄っぺらいことばだと罵倒されてもいい。きみだけは、最後までぼくを信じてほしい」


 行こう! エルネストはそう言って、マグダレナの手をとった。だが、兄もすかさず衛兵たちに命じ、ふたりを追う。


「このまま逃げおおせると思うな。大罪人の娘をつれて逃亡など、おまえも同じ罪に問われるぞ!」


 そんなことは知っている。それでもエルネストは止まらなかった。入り口で、衛兵たちが待ち構えている。しかしいざその剣の切っ先がふたりに向けられそうになると、すすすっと横から歩み寄ってきたひとりのご夫人によって、その剣は取り上げられてしまう。


 入り口の衛兵たちが呆気にとられているあいだに、エルネストたちを追いかける衛兵のあいだにも、貴婦人たちがたおやかな、しかしきびきびとした足取りですべりこんでくる。


「わたくしたち、エルネストさまからご相談を受けましたの」

「ついに自分も心からしあわせにしたい人を見つけたから、協力してほしいというお話でしたわ」

「お断りする理由はありません。へたな男に引っかかる前に、安全に(・・・)甘いことば慣れさせてくださるエルネストさまは、令嬢たちの良心ですのよ?」

「当家でも娘がお世話になりましたわ~」

「まあ、剣も銃も物騒です!」

「そんな恐ろしいものを向けられたら、わたし、倒れてしまいますぅ~」


 数十人の貴婦人、ご令嬢がいっせいにしゃべりはじめ、もはや収集がつかなくなった。

 エルネストは包囲を抜けた先で一度ふりむき、さわやかな笑顔で彼女たちに賞賛を贈る。


「美とは定義できないものと言いますが、いま、目のまえにその答えがあります! ご令嬢方、ご婦人方、ありがとう! あなたたちは、なにより美しい!」




「エルネスト!」


 王宮から飛び出て街中を走り、ふたりはある路地にたどりつく。そこには、エルネストの友人イヴァンが、御者をそなえた馬車とともに待っていた。


「イヴァン! ありがとう。馬車もタイミングも、なにもかも完璧だ! さすが商人の息子」


「御者も指定の人間を連れてきた。事情を察しているのか、なにも言わずに来てくれたが……エルネスト、ほんとうにやるつもりなのか」


「もう王宮を抜け出してきちゃったよ。いまさら後もどりは、できないね」


「おまえがいなくなったら、おれと話してくれるやつはだれもいないよ」


 イヴァンは、エルヴァニアでも指折りの大商家の出身で、父親が爵位を金で買って、成り上がり貴族となった身である。伝統的歴史をもつ貴族から煙たがられることもあるが、エルネストはそのしがらみを気にしなかった。


「それはぼくも一緒だよ。ぼくと気兼ねなく話してくれる友だちなんて、きみしかいなかった」


 エルネストは晴れやかな顔で、イヴァンの肩をたたく。


「いっそ貴族なんかやめてしまえ。きみなら商売一筋で、じゅうぶんやっていけるよ」


 イヴァンは苦笑して、自分の肩に乗ったその手をたたいた。


「イヴァン、もう行ったほうがいい」


「ああ、エルネスト。きみにも武運を」


 イヴァンが去ったあと、エルネストはマグダレナを用意された馬車に乗せた。


「エルネストさま……」


「マグダレナ。きみはこの馬車に乗って国を出て、南方の国へ帰るんだ。国にはお母さまの生家がある。きみは歓迎してもらえるらしいよ」


「行けません。帝国領を通って、そんなところまでは」


「国境線のことなら心配しなくていい。この馬車の御者と一緒なら、ぜったいに帰れる」


「エルネストさまは……あなたは、どうなるのですか」


「ぼくは王宮にもどる。そこでもうひと騒動起こして、きみが国を出るまでの時間を稼ぐ」


 マグダレナの手が震えているのに気づいて、エルネストはつよくそれを握った。それから、イヴァンが持ってきてくれた小さな鉢植えをマグダレナに持たせる。


「見て! ついに芽が出たんだ。花を咲くところはもう見られないね。続きはきみが育てて。ぼくには無理だから」


 鮮やかだ。見たことのないグリーン。エルネストのなかで鮮烈に燃え続ける、マグダレナの存在のように。

 

「きみはぼくの知らないところで、しあわせになってね。ぼくのこと、なるべく長く覚えていてくれるとうれしいな」


「わかりません。エルネストさま。わたしには……あなたにここまでしていただく理由がありません! わたしはあなたに、なにもしてあげていないのに! なぜ……なぜここまで!」


「ぼくが好きだと言ったら、よろこんでくれた」


 マグダレナの手から、力が抜けていく。


「それだけ……ですか?」


「そう、それだけ。でもぼくにとっては、それがすべてだマグダレナ」


 行ってくれ! というエルネストの呼びかけで、馬車は動き出した。


「エルネストさま!」


「マグダレナ!」


 大好きだよ。さようなら。





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