十
「エルネストさま。どうしてそんなに浮かない顔をなさっているの」
カスティーリョ夫人を前にしたエルネストは、まさに自分こそ刑場に引き出された罪人のような気分だった。
今回彼女にたずねたのは、パレシオス公爵家が、密輸のための武器をどこに隠しているのか、その可能性のある場所についてだった。
もはや自分でその在処を探るような気力は、エルネストには残されていない。
「なんでもいいのです。カスティーリョ夫人。手がかりになることを教えていただければ……」
自分がやる気のないふりをして、のらりくらりと時間を稼いでいれば、公爵家の悪事はこれ以上暴かれないだろうか。しかしその場合、パレシオス公爵の国家乗っ取り計画は進行する。最終的に、この国は帝国の属国のように扱われ、自治を失い、搾取される側にまわるかもしれない。国と、国民のためにはならない。
迷わず国を取るべきだが、国を取れば、マグダレナを失う。
「マグダレナは、とても愛されているのよ。エルネストさま」
彼女の名がでて、エルネストの目に光がもどった。
「愛されているというのは、父親であるパレシオス公爵に、ですか?」
「ええ」
マグダレナは、パレシオス公爵が若いころ、遊学で訪れていた南方の国からもどるとき、連れて帰ってきた赤ん坊だった。遊学先で不祥事を起こし、子どもまで連れ帰った若き公爵家当主を、みな白い目で見たが、彼はそれを権力と政治的手腕で黙らせた。
公爵の悪評は、そのころからはじまっていると言っていい。それでも、父親としては娘を愛しているのか。エルネストは心のどこかでほっとしていた。彼女は、少なくとも家族の愛を知っている。
「だから、パレシオス公爵は、マグダレナをこの国家的な陰謀に巻き込んでいるでしょう」
「え……」
エルネストは開いた口をとじられず、くちびるも硬直して、なにもしゃべれない。内容を咀嚼しようとすると、最悪の未来に行きついて、脳がそれを拒む。見たくない光景を、無理やり見せようとしてきて、思考をやめるしかなくなる。
「エルネストさま?」
夫人の問いかけにようやく戒めを解かれたように、エルネストは口を開いた。
「そ、そんなことをしたら、公爵家が罰を受けるときに、マグダレナも言い逃れできず、同じように処罰されることになる!」
「そうでしょうね」
「どうしてそんなことを! 公爵はマグダレナが大切じゃないのか!」
「愛しているからこそ、そうしたのよ」
罪をかぶるなら、家族一緒に。
「そんな、そんな愛が……そんな愛が、あっていいはずない」
エルネストは顔をおおって崩れ落ちる。いっそ、泣いてしまいたかった。
エルネストは夜の街を歩き回った。どこにも居場所がない。
マグダレナが決定的な手がかりを持っているというなら、もう彼女に近づかなければいい。あの子はまた、なにも知らずに自分の命を左右する重要な情報を、エルネストに渡してしまうかもしれない。
兄のもとにも帰れない。なんの収穫もないと知られれば、突き上げを食らうのは確実だったし、その責めにいつか自分が屈して、マグダレナを陥れるかもしれない。自分の弱さが、エルネストは不安だ。
でもそうしてさまよううちに、陰謀は取り返しのつかないところまで進み、国は乗っ取られる。それを黙って見ることも、おそらく苦痛だ。八方ふさがりだった。
もう、なにもしないことをあえて選びたい。くらげのように世界をただよって、いつか死ぬのを待ちたい。
「エルネストさま」
聞き覚えのある声に、振りかえった。
「マグダレナ……」
「もう、”さま”をお付けにならないのですね。わたしがどういう人間か、すべて知ってしまいましたか?」
「きみに、すごく会いたかった。でも会いたくなくて……ぼくは」
取り乱すエルネストを見て、マグダレナは上目遣いに笑った。そしてエルネストの手をとる。
「さあ、参りましょう。エルネストさま」
なぜそんな、すべてを知っているような顔で、ぼくを導くのか。マグダレナ。
マグダレナがエルネストを連れて行ったのは、公爵領のはずれの狩猟小屋だった。しかしそこは、かたちだけのマントルピースの裏に階段が続いており、裏の山の中腹まで深く入り込んでいるようだった。階段の行きつく先には、鋼鉄の扉が待っていた。
エルネストは、その扉のまえで、声だけで抵抗した。
「行きたくない。見たくない。やめて、マグダレナ」
「いいえ。あなたは、見なくてはならない。見るべきなのです。エルネストさま」
エルネストはマグダレナの腕をつかんで、明るい地上に彼女を引き上げようとした。令嬢の腕をつかむなど、礼儀としては許されない行為だったが、必死だった。見てしまったあとでは、もうもどれない。エルネストの刻み込まれた国と、家への忠誠は、それを許さない。
「そうだ! ふたりでまた夜会に行こう。ホールがいやなら、また庭を歩こう? きみが欲しいことばを、いくらでも言ってあげられるよ。こんなことぜんぶ忘れちゃっていいよ。ぜんぶぼくが、なんとかするから。ね?」
すがりつくようなエルネストの手を振りほどき、マグダレナは、彼女が肌身はなさず身に着けているペンダントを外した。
「これ、お母さまの形見なんですって。わたしは顔も知らない方だけど」
マグダレナは、慣れた手つきでペンダントを扉のくぼみにはめ込んだ。質量のある重苦しい音をひいて、地下の空洞のひみつの扉は開かれる。
暗がりのなかでも、鋼鉄のにぶい光が、そこになにがあるかを示している。武器だ。軍の歩兵の標準装備の銃から、火砲の類までそろっている。ここは密輸用の武器のための保管庫で、そのカギは、マグダレナのペンダントだった。
「マグ……ダレナ」
自分の前に立つ令嬢の背中に呼びかける。
「さあエルネストさま。これですべての証拠がそろいました。これであなたも、公爵家をぶっ潰してくれますね?」
振りかえったマグダレナは、これまででいちばん悪女らしい笑顔だった。
「だってわたし、そのためにエルネストさまに近づいたのですから」