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 筆頭侯爵家は、王家を守るもっとも強い盾でなければならない。

 エルネストと兄は、そのように育てられてきた。

 

 兄は嫡男として爵位を継ぎ、いつかは表舞台に立つことになる。一方エルネストはどうか。爵位を継がぬ次男は、家を存続させるための予備(スペア)であり、ときには便利な道具になる。

 立場上身軽なのをいいことに、ある程度の年齢になると、エルネストは様々な令夫人や令嬢のもとへ、王家の(えき)となる情報を集めるために遣わされた。

 

 エルネストに婚約者がいないのは、そうした活動で流した浮名が影響して、遊び相手以上の存在にはなれないと社交界で判断されているからだ。


 真剣に愛を向ける相手ではないと思われている。エルネストの「好き」と「愛している」は羽のように軽い。みんなそれを知っているから、なぐさみにつまむ菓子のように簡単に受け取って、簡単に消費する。エルネストが愛情をそそいで喜んでくれる人間など、この世にはいない。



「たいへんなことになったぞ」


 エルネストの兄は、いつになく深刻な面持ちでエルネストと対面している。


「たいへんなこととは?」


 エルネストは、努めていつも通りに見える顔と口調で、それに応答した。 

 兄が持ち込む問題は、多岐にわたる。それがいつでも、マグダレナに関わるものであるとは限らない。


「パレシオス公爵家が、国外に武器を密輸している疑いがある」


 エルネストは、兄から見えないところで、拳をかたくにぎりしめる。


「……どこから……そんな話が?」


「マデンデリア自治州と、我が国の辺境領の境界に出没する強盗団をとらえたところ、あきらかにただのゴロツキ集団が持っているにはふさわしくない武器を多数所持していることがわかった。わが国の正規の軍隊の武装に準ずるものだ。すべての武器は、正式配備のまえに個別識別番号を登録されることになっている。しかし、強盗団が持っていた武器は、番号未登録、もしくは識別番号が削られたものがほとんどだ」


「兄上は、マデンデリア自治州に供与された武器が、さらに強盗団に対して横流しされたとお考えですか」


「そう考えるのがいちばん無難だとは思っている」


 仮に公爵家か、その他の国内貴族が武器の供与に関与していたとしても、ただの強盗にそれを渡してやるうまみはない。どれほど金を積まれても、罪が露見したときの罰のほうが重すぎる。割に合わない。


 武器を密輸するなら、見返りがその危険性に見合う相手でなければならない。公爵家は、国外に権力の延伸をのぞみ、帝国とも関係を築きたがっている。公爵家にとって、マデンデリアは、それだけの危険を冒して関係を構築する意味のある相手だ。


「でもまだ、公爵家がやったという証拠はないのですね?」


「それを探すのが、おまえの仕事だ。エルネスト」


 すがりたかったエルネストの希望は、打ち砕かれた。敵対国家につながる自治州に武器を密輸するなど、これまで公爵家がおこなってきたどんな罪よりも重い。国家間闘争を誘発する、明確な反逆行為だ。


「もしも、ほんとうに公爵家が武器の密輸を行っていたとしたら、パレシオス家はどうなるのですか」


「よくて国外追放。ほかの貴族からの評判もよくないうえに、それ以外にも反逆行為の疑いがある。求める声が多ければ死刑もありうる」


「そうなれば……」


「家族もろとも運命をともにすることになるな」


「そうですか」


 こたえた声の調子が、低すぎた。兄はすぐに気づいて、こちらに向かってくる。取り繕わねばならない。


——取り繕うのか、ほんとうに? ぼくにそれができるのか? マグダレナが処刑台に消えていくとき、ぼくは、いったいどんな顔でそれを受け止めるべきだ。


「あ、兄上!」


 兄の足が、数歩手前で止まった。


「ま、マグダレナは、ほんとうは悪い子ではないかもしれないのです。しょ、証拠も、あります。か、か、彼女は、ほんとうに国や王子のことを考えて、いつも……」


 王子のために行動していて、やさしくて、植物が好きで、ぼくに、いつか花の咲く鉢植えをくれて、恥ずかしいぼくの秘密をだまっていてくれて。


 ぼくが好きだと言ったら、うれしいと言ってくれた。


 兄に対して、これまで反抗したことはなかった。足が震える。くちびるも、のども震えて、うまく声が出ない。


「ま、ま、ま、ままマグダレナをっ、彼女だけは助けることは、できませんか!?」


「なるほど」


 兄は、エルネストの肩に触れる。


「それは良い考えだ。エルネスト、いつもありがとう」


 これまで侯爵家と兄に尽くしてきた。その献身が報われるときが来たのかもしれない。エルネストは、ふっと肩の力を抜いた。


「だが、それはできない」


 見あげたエルネストのひとみは、兄のことばで未来を見つめ損ねて視線を宙に揺らした。

 マグダレナを、助けることは、できない。


「それだけは、どうしてもできない。公爵家は全員追放か、死んでもらうしかない。そういう情けをかけて、国にほころびを作り、滅びていった国家はいくつもある。不正と反逆の意志のあるもの、それを継ぐ者は、残しておくことは出来ない。例外はないのだ。エルネスト」


 エルネストはすぐには退かなかった。


「わたしは、これまで兄上のいいつけにも、王子殿下のご意思にも背いたことはなかった。そのわたしが頼んでも、だめなのですか」


「くどいぞ!」


 兄の声が、エルネストの全身に突き刺さる。覚え込まされた兄弟の序列が、エルネストを動けなくする。

 今回も、よろしく頼むよ。兄の肩をつかむ力が強くなり、エルネストは逃げられない自分の一生を思っていた。





 静かに閉まった扉を、兄はしばらく見つめていたが、やがて眉間に寄らせたしわをほぐすように額に手をやる。


——すまないな、エルネスト。それ以外のあらゆる願いなら、おまえのために叶えてやりたいが、その願いだけはだめなのだ。


 せめておまえがなんの遺恨も残さずにマグダレナ嬢を手放せるよう、わたしは最後までお前にとっての悪でいよう。



 




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