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ストレスの溜まっている人

  いろんなお客さんが来るものである。

そんなある日の午後の事。

いつものように百地教授と静子がレジカウンターで、まばらなに成った客をサバいている。

そこにドアーチャイムが鳴り、三十歳前後の派手なサンダルを履いた女が店に入って来る。

静子が、

 「いらっしゃいませ~」

女は周囲の商品には目もくれず、カウンターの前の陳列棚の『電池』を掴む。

そして客の並ぶ順番を無視して、百地教授のサバくレジカウンターに電池を持って来る。

教授が、

 「あッ、すいませんお客さん。順番があるので」

と、突然、女は教授に向けて電池を投げつけた。

とっさにソレをかわす百地教授。

女は逃げるように店を出て行く。

が、振り向きざま出入り口のガラスドアーをサンダルで蹴飛ばした。

ニブい音と共にガラスドアーに大きなヒビが入る。

一瞬、店内の時間が止まる。

百地教授も静子も周囲のお客さんもヒビの入ったガラスドアーに目が点。

教授は我に返って、

 「あッ! おい、コラッ! 待てえ~~~」

と急いで女の後を追う。


 ダストボックスの上であの『雉トラ(招き猫)』が百地教授を見ている。


女の足は異常に早い。

 「まてーッ! 誰か、その女を捕まえてくれ~!」

その声を聞いて通行人が振り向く。

そこに歳の頃なら三十才前後の地下足袋姿の男が路地から飛び出して来る。男は女を執拗シツヨウ追いかけて行く。

教授が公園の所まで来ると、男が女を捕まえている。女は観念したかのように路上に座り込んでいる。

ようやく追い着いた百地教授。

息を荒げ、

 「すいません。マイッタ~・・・」

地下足袋の男が、

 「どうしたんですか?」

 「うちの店のガラスドアーを蹴り割ったんですよ」

 「蹴り割った? この女があのガラスドアーを?」

 「ハイ~。ビックリしましたよ」

教授は女をニラみつけ、

 「コラ、何で蹴った? ガラス代を弁償しろ!」

すると公園のテントから見覚えのある男が出て来る。

 「オ~イ、どうしたー?」

振り向くとブルーテントの大将(吉松)だ。

 「おお、大将」

 「何~んだ、教授じゃないか。久しぶりー。どうしたの?」

 「いや~、まいったよ。店のドアーをコワされちゃった」

 「え~えッ!」

大将は観念している女を見て、

 「・・・な~んだ、女性じゃないの」

地下足袋の男が、

 「今の女は怖いからねえ。平気で亭主や子供をコロしちゃう。気おつけなさいよ。ジャッ!」

そう言い残しサッサとどこかに行ってしまう。

教授が、

 「アッ、旦那! ダンナ、ダメ。ちょっとー。チッ、困ったなあ。せっかく捕まえてくれたのに」

大将が、

 「その内に店に買い物に来るよ」

 「そう言えばどっかで見た事あるなあ、あの若いワカイシ

百地教授は女を店に連れて行こうと肩に手をやる。

途端、女は教授の手に咬み付く。

 「イテエ~、やめろコラッ!」

すると大将が大声で一喝。

 「何やってんの奥さんッ! みんなが見てるじゃないの」

女は少し恥ずかしそうに周囲を見て、足元を気にしながら立ち上がる。

百地教授は咬まれた手をサスりながら、指先で女の着ているブラウスをまむ。

女は摘まんだ教授の指を振り切り、自分で店に向かってサッサと歩いて行く。

教授と大将はその女の後を追う。

大将が、

 「で、何がったの?」

 「僕に電池をぶつけたんだ」

 「デンチ?」

 「客の間に割り込んで来てね。ちょっと注意したらポーンだよ。で、店を出た途端、ガッチャーン。足でドアーのガラスを割ったんだ」

 「え~ッ! 怖いねえ。コンビニの経営も楽じゃないな」

 「そ~よ。最近のコンビには怖いよう。万引きや強盗だけじやないからねえ」

 「でも教授んとこは良いお客さんばっかりじゃないの」

 「良い客さん?・・・う~ん。まあ、そうなのかなあ。でも皆さん個性的なお客ばっかりだ。なんだったら大将やってみる?」

 「いやー、ワシがやったら変な客ばっかりに成っちゃうよ。それどころか、店の品物を全部持って行かれちゃうぞ」

 「良いんじゃない。どうせ廃棄物が沢山でるんだから。あ、ちょっと店に寄って行かないか。実は忘れ物の携帯用コンロが有るんだ。持って行く?」

 「お~お、良いねえ」


 石田さんが割れたガラスドアーにガムテープを貼っている。

女と百地教授、吉松が店に戻って来る。

石田さんは三人を見て呆れた顔でため息を吐き、

 「・・・お疲れっス」

女は割れたガラスをチラッと見て店に入って行った。売り場では数人の客が遠目で女を見ている。

女はカウンターの前で髪を手で整えながら立ち止まった。

静子が売り場の奥から心配そうに出て来て、

 「大丈夫だった」

教授は手を擦りながら、

 「咬まれちゃった」

 「カマレタ? どこを」

 「手。ッたく」

 「え~ッ!」

静子は平然と立っている女を見て呆れた顔で、

 「事務所に救急箱が有るから消毒しておきなさいよ。一応、警察と大石サンには電話しといたから」

 「そう。しかし、商売って怖いねえ。何が起こるか分からないな。よくシーさんは7(ナナ)なんかで無事にやって来れたねえ」

 「こんな店と違うわよ」

静子は私の後ろに隠れている大将(吉松)を見て、

 「あら? 後ろの方は」

 「え? 大将だ」

 「タイショウ?」

 「テントの大将。手伝ってくれヒトだ」

 「ま~あ、それはそれは。で、お怪我は有りませんでしたか?」

 「いや~、ワシは別に」

教授は吉松を見て、

 「例の先輩だ」

 「センパイ? ああ、この方がアナタの言う先輩ですか」

 「そう。公園で缶詰をご馳走してくれたあの常連さん。い~いから、大将! 事務所に行こう」

百地教授は蹴られないように女の肩をそっと押す。

女はそれを拒むように自分から事務所に入って行った。

                          つづく

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