アルバイトの申し込み
それから数日経った夕方の事。
ダストボックスの上で『雉トラ(招き猫)』が毛ずくろいしている。
石田さんと杏子さんがいつものように、レジカウンター内で駄弁っている。
「また弘美、遅刻かよー。あのバーカ。アタシ、十五分成ったら帰るからな。美容室、予約してあるんだから」
杏子さんが驚いて、
「ビヨウシツ! ですか?」
石田さんはキツイ目で杏子さんを睨み、
「何か文句あンのか?」
「あッ、いや」
石田さんが、
「何で弘美は一緒に来なかったンだ?」
「メール打ってたらドアーが閉まっちゃったんです」
「電車か?」
「はい」
「アイツ、どっかトロイよな」
百地教授は売り場で品出しをしている。
するとドアーチャイムが続けて鳴り、あの夜の少年達が店に入って来る。
杏子さんが、
「いらっしゃいませ~」
少年達はカウンター内の石田さんと杏子さんに眼を飛ばす。
石田さんも負けずに少年達を睨み返す。
少年達は品出しをしている百地教授の傍に来て、周囲を取り囲む。
教授は妙な殺気を感じて振り向く。
「何だ、オマエ等か。何の用だ、こんな早く」
すると、あの晩百地教授の名前を間違えたリーダー格の少年Aが棚に寄りかかり、
「・・・分かった」
教授が、
「ワルカッタ?」
少年Aは笑って、
「違うよ。ワ・カッ・タ!」
百地教授は突然のその一言が理解出来ない。
「何が?」
すると太って若干、吃音症ぎみの少年Bが、
「モ、モ、モチだろう」
教授が、
「モチ?」
「ちがう。モ・モ・チ!」
教授はあの晩の事を思い出し、
「あ~あ、僕の名前か? そうだ。モチだ」
「違うよ。モモチ!」
百地教授は振り向きもせず、
「だから何だ。・・・誰に教すわった」
少年Bが、
「セ、センコウ」
「線香?」
教授は振り向いて、少年達を舐める様に見て、
「オマエ達は学校に行ってるのか?」
少年Bが、
「タ、タ、たまにチョコット」
百地教授が、
「タマチョコか?」
少年達は笑い転げる。
百地教授が、
「先生は何にも言わないのか?」
少年Bが、
「言わない!」
教授は思った。
先生がこれでは日本の将来は無い。
ため息を吐き、教授はまた商品を棚に並べ始めた。
並べながら、
「その漢字を教えてくれた先生も何も言わないか?」
少年Aが、
「分かんない字が有れば、また聞きに来いって」
「また聞きに来い? 学校へか?」
「うん」
「また聞きに来いか・・・」
教授はため息を吐いき、割り切れない顔で商品を並べる。
そして、
「・・・良い先生だな・・・」
すると例の紅一点のあの少女が、
「え~? あんなオヤジー」
教授は振り向いて、その少女をキツイ目で睨み、
「先生の事をオヤジなんて呼ぶんじゃない!」
少女は驚いて、
「すいません」
教授が、
「とくにその先生はな」
少女は頬をふくらまして、
「じゃあ、何て呼ぶのよ」
「何て? それは・・・ソレは。あッ! 師匠。・・・シショウだ」
少年Aは声を荒げて、
「シショウ? 何だそれ~。落語みてえ」
教授は少年Aを睨み、
「何だそれってか?・・・それはな」
教授はこんな所で子供達に教育している暇はない。
商品を並べる手を止めて、
「ウルサイぞッ。出て行け! 僕は忙しいんだ。ジャマ、ジャマ、仕事中! あ、そうだ。昨日、警察の人がオマエ等を捜してたぞ。何かヤッタろう」
少年Aが、
「え~え? 何もしてないよ」
「そこの公園でバイクに火を点けたヤツが居るらしい。テントの人が見てたそうだ。オマエ等がヤッタんだろう」
「オレ達じゃないっスよお、なあ」
少年Cが、
「うん」
百地教授は振り返り、少年達の顔をじっと見る。
吃音少年のBが、
「あ~あッ、モ、モ、モッチー。う、疑ってるんだろう」
教授は品出しをしながら、少年達の口調を真似て、
「疑ってないっスよ。オレ達がそんな事する訳がないじゃん。か? あのな、僕は君達に説教なんてする気はない。だけど、学校にだけは行っとけ」
少年Aが、
「何で?」
「ナンデて・・・そりゃ~あ・・・ケジメだろう」
百地教授は呆れて溜め息を吐く。
所詮、この少年達にけじめだの意義だの、そんな言葉は通じっこない。百地教授は面倒くさく成り、
「いいから人に迷惑かけるな! 悪い事はするな! 以上! あッ、ついでに学校に行く事!」
少年Aが、
「うん。・・・ジャ~な」
百地教授はまた商品を並べながら、
「おう。気をつけて帰れよ。万引きするなよ」
少年Cが、
「しないよ~。あッ、モモチさん!」
「何だ、まだ何か有るのか? 俺は忙しんだ」
『・・・バイトやらせてよ』
百地教授は驚いて、
「バイト~ッ!」
少年Aが、
「やらせてよ~」
「ダメだッ! 高校に行ってからだ」
少年Bが、
「チ、中卒じゃダメか?」
「チュウソツ?」
教授はイブッタ気に少年達を見回し、
「ダメじゃないけど・・・その髪じゃダメだ」
少年Cが、
「ええ? 夜勤で染めてるヤツいるジャン」
百地教授は立ち上がり、正確にゆっくりとした口調で、
「あれは、シ・ゴ・トで染めてるんだ」
少年Bが、
「ヤ、夜勤の仕事で、ソ、ソ、染めてンンか?」
教授は堪忍袋が切れて、
「ウルセーッ! オマエ等に言っても分かんねえ! 僕は忙しいんだ。早く帰れ!」
少年Aが、
「ウッセー、ウッセー、ウッセーナ! 黒く染めれば良いンだろ~」
と大声で歌い始める。
教授は呆れた顔で少年Aを見て、
「歌うなッ! ここは店だぞ。出て行けッ!」
すると少年Aが、
「分かった。黒くする」
「黒くする? その前に僕の面接にチャンと答えられないとダメだ」
少女が、
「メンセツって何?」
「オマエ、面接を知らないのか?」
「知らないよそんなの。何それ」
「僕が君達、一人一人に個別に質問する事ッ!」
全員の少年達が私を見て、
「コベツ?」
百地教授は苛立って来る。
「もういい。帰れッ!」
少年Bが、
「どんな質問するの?」
しつこい少年達に百地教授が、
「何のために働くか。稼いだ金は何に使うのか。約束した事はチャンと守れるか。便所掃除は出来るか! それにキチッと答えられたら雇ってやる」
少年Aが、
「分かンねえよ、そんな事」
「じゃッ、ダ・メだな」
少年Cが、
「え~え? 分かったよ。言われた事をチャンとやれば良いんだろう」
「分ってるじゃねえか。君達ならチャンと出来る。『カモ』しれないな」
少年Aが、
「うん。ジャーネー、モモチさん。また来るよ」
教授が怒ってハッキリとした口調で、
『もう来なくていーいッ!』
少年Cが、
「バイ、バァーイ、バァ~イトー!」
と言いながら奇妙なステップを踏み、石田さんと杏子さんをジロジロと見ながらカウンターの前を通り過ぎて行く。
石田さんが百地教授の傍に来て、
「教授。教授はアイツ等に愛されてますねえ」
弘美さんが遅刻してカウンターの前を走って行く。
「ワリ~、ワリー。遅れた」
石田さんがそれを見て、
「バ~カ!トロイからよ」
つづく