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店の夜はネズミと少年の遊び場だった

　うちの店の夜がここまで無法化しているとは思わなかった。

なんと、ネズミと少年（悪ガキ）達の良い遊び場に成っているではないか。

ある朝の事だった。夜勤の林くんが退勤するために事務所に戻って来る。

百地教授はストコン（ストアコンピュータ）で発注の確認をしている。

林くんが、

　「いッすか？」

　「おお、林君。お疲れさま。どうぞ」

教授は椅子を林くんに譲る。

林くんはストコンの画面を軽くタッチし、退勤画面を開ける。今朝（ケサ）の林くんの顔色は頗（スコブル）るスッキリしている。百地教授は林くんの顔を見て、

　「良い顔色してるね」

林くんはキーボードを叩きながらぶっきら棒に、

　「そおっスか？さっき髭剃ったンす」

　「中々の男前だ」

　「・・・」

林くんの対応はあいも変わらず味も素っ気もない。

教授は林くんの髪を見て、

　「・・・メッシュ入れたの？」

　「ああ、これっスか？ライブの関係で」

　「ライブ？」

　「来週、ブクロ（池袋）でライブやるンす。来ます？」

　「ボクは僕は無理だろう」

　「ハハハ、そおッすよね」

教授は話を変えて、『夜の商い』の事を聞いてみる。

　「最近、夜どう？」

　「ヨルッすか？まあまあッす」

林くんは椅子を立ってロッカーを開け、着替え始める。

百地教授が、

　「何か変わった事はない」

　「変ったコトっスか？・・・」

林くんは両手を挙げ、大きく伸びをしながら、

　「そおっスねえ・・・、最近またガキがモリってますよ」

　「またか。困ったもんだなあ。・・・この間、僕が夜勤に入った時、閉めちゃったんだ」

林くんは少し驚いて、

　「アイツ等を〆ちゃったんスか！」

　「うん。マトメテね」

　「マトメテ？ヤバくなかったっスか」

　「ヤバい？う～ん・・・ヤバかったのかなあ。とにかく店に中で騒ぐわ、床に座るわ、散らかすわ。だからドアーをそ～と閉めて、とじ込めちゃったんだよ。営業妨害で、まとめて警察に渡しちゃおうと思って」

　「あ～あ、シメルってドアーを閉めるね。オレは、ヤッツケちゃったのかと思いましたよ」

　「そんな事したら、こっちが警察の世話になっちゃうじゃないか」

　「そおッすよね。で？」

　「うん？・・・うん。ヤツ等、出られなくなっちゃったんで大騒ぎよ。僕ン所に来て、『すいません、ドアー開かないんですけど』なんて言うのよ」

　「ハハハハ」

林くんは笑った。

百地教授が、

　「だからとぼけて、『ええ！開かない？そんなバナナ。君達があんまり騒ぐから自動的にドアーのロックが掛かっちゃったんじゃないの？』って言ってやったんだ。そしたらリーダー格みたいなガキが出て来て、僕に『ドアー開けろ！ハゲッ』なんて凄むのよ。で、僕の名札をジ～と見て『ヒャクチ』って云うのか？開けねえとドアーをぶっ壊すぞ。なんて凄ンだから、『オイ、いま何て言った。ヒャクチ？ハゲ？オメー、ガキのクセに随分ナメタ口利（キ）くじゃねえか。オメーの名前は何て云うんだ？』なんて映画みたいに凄ンでやったんだ」

　「ハゲっスか？随分スね」

林くんは教授の頭髪をマジマジと見る。

百地教授が、

　「そりゃーないよな。林君だってそこまで言う？」

林くんは笑いを堪えて、

　「口が裂けても言えません」

　「だろう」

　「で、ネームを『ヒャクチ』って読ンだんスか」

　「そう。字が読めねえの。その内にガキ等の一人がドアーを蹴飛ばしたんよ。コレ幸いと思って、品出ししている小山君に、『あッ！今、蹴（ケ）ったな。小山君！ビデオ回ってるよな。ちょっと警察呼んで！器物損壊と営業妨害、あと万引き、交通妨害で全員補導ッ！』って怒鳴（ドナ）ってやったんだ」

教授の喋り方はすっかり変っている。

林くんが笑いながら、

　「ハハハハ。ヤツ等、ビビッタでしょ」

　「そりゃあもう。何しろ逃げられないからなあ。そしたら小山君も芝居がウマイよな。急いで事務所に入って、戻って来るや『今、パトカーが来ます！』なんて言うのよ」

　「へ～え、あの東大の小山さんが？（小山君は東京大学大学院で化学（バケガク）を研究しているメガネのアルバイト青年である）」

　「シッたら、さっきのリーダー格のガキがシオらしく僕の前まで来て、『本当に開かないんですか？帰りたいんですけど』なんてコクのよ。だから、『さっきドアーを蹴ったから警備会社も来るぞ。強盗だと思ってな。ヤバイ事に成ったなあ』って言ってやったんだ」

　「ハハハハ、面白いっスね」

　「だろう。そうしたら紅一点の『女のガキ』が僕ンとこに来て、『店長さん、トイレに行きたいんですけど』なんてヌカスのよ。当然、うちのトイレは夜は防犯上、『貸せません！』だろう。全員がシボんじゃってさ。『あの～、オレ達、みんな補導されちゃうんですか？』なんて言うのよ」

林くんが笑う。

　「ハハハハ、腹がイテエ。ヤツ等、歳（トシ）、いくつっスか？」

　「石田さんが言ってたけど、小六から中三。後は浪人」

　「ロウニン？」

　「高校に入れない連中」

　「へ～え。で、みんな補導っスか？」

　「補導だったら夜騒いでいないだろう」

　「ですね。じゃあ・・・」

　「うん。可哀想だから気付かれないように、ソ～とドアーの所に行き、ドアーを直すふりをしてロックを解除してやったンだ。ドアーが開いてチャイムが鳴った途端、ガキの一人が、『アッ！開いた』って言ってスッ飛んで店から飛び出し、自転車に飛び乗って蜘蛛の子散らすように逃げて行った」

　「ハハハハ、面白れえ」

　「あんまり目に余るようだったら警察呼ぶなり、電話で僕の名前をガキに聞こえるように言って撃退していいぞ」

　「ヒャクチさん、ガキが来てますよ！て言うんスね」

　「うん。なんなら、『店長～ッ！』って叫んでも良いよ。アイツ等、よく知ってるはずだ」

　「ええ？店長もなんか遭ったんスか？」

　「この前、ガキ等の一人を万引きで捕まえて、ギューと締め上げてやったんだ」

　「捕まえた？そおっスか。店長も中々やりますね」

　「ヤツ等、僕の事より店長の方が怖がってるんじゃないか？」

　「へえー。・・・あ、そうだ！それから夜中、オーナーの友達つう人がけっこう来るんスけど」

　「トモダチ？僕はこんな町にそんなのは居ないよ」

　「そおっスか？なんか空のペットボトルを持って来て湯、貸してくれとか、割り箸、輪ゴム・・・あ、この間、缶切り借りに来ましたよ」

　「カンキリ？・・・誰だろう」

　「あの雰囲気は、そこの公園の住人っスね」

　「公園の？あ～あ、テントの人だ。もしかして、吉松さんかな？顎ヒゲはやしてる人は居なかった？」

　「アゴヒゲ？ああ、そんなオッさんも来ますね」

　「う～ん、うんうん。大将だ！皆良い人達だ。そうか、トモダチね～え。前に鮭の缶詰めご馳走になったんだよ。先輩なんだ」

　「センパイ？オーナー、山谷（サンヤ）に居た事あるんスか？」

　「ある訳ないだろう」

百地教授は納得した様に、

　「そうだったのか。あの人達は夜、買い物に来てるんだ・・・」

　「じゃ、くれちゃって良いんスね」

　「良いとも、箸の一本や二本」

　「おとつい二十本貰いに来ましたよ」

百地教授は驚いて、

　「にッ、二十本？・・・宴会かな？」

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　つづく