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利用された少年A

 お彼岸も過ぎ、まだ残暑が残るある日の事だった。

暑さで客の途絶えた店内でアルバイトの弘美さんとフリーターの石田さんがカウンターの内で駄弁ダベっている。

と、ドアーチャイムが鳴り見覚えのある少年(悪ガキ)が二人、店に入って来た。

石田さんと弘美さんは一瞬、駄弁ダベりを止める。店内には不穏な空気が漂う。弘美さんは二人をチラッと見て、

 「いらっしゃいませ~」

石田さんは二人にガンを飛ばす。

二人を追うようにして、新顔の痩せて背の高い「少年A」が店に入って来る。

静子が商品の発注を終えて事務所から売り場に出て来た。すると店内の三人の少年を見てカウンターの石田さん所に来る。

そして、

 「イっちゃん、あの子達って学校に行ってるのかしら」

 「行ってこないじゃないっスか。学校だって来て欲しくないっしょ」

弘美さんは石田さんを見て、

 「この店って以外と悪ガキ達、来ないですよね」

 「バーカ。暑いから、夜活ヨルカツしてンだよ。夜勤なンて大変だぜ。ガキの相手でさ」

 「あッ! そ~か」

すると少年達は売り場の奥に行き、隅の方で何か話している。それを見た静子は妙に怪しげな気配を感じ、石田さんの耳元に、

 「イッちゃん。あの子達、ちょと変じゃない」

石田さんは静子の視線を追う。

 「そ~おスねえ。・・・マークした方が良いかも」

 「ちょとアタシ、奥で見てるわ」

静子はバックルームに行き、マジックミラー越しに三人の動向を伺って居る。

そこに百地教授が事務所から出て来る。

 「何見てんの?」

静子が、

 「・・・あの子達ヤルかもしれない」

 「ヤル?」

 「シッ!」

教授もマジックミラーを覗く。

 「あ~、長井と黒田だ。ッたく~う・・・」

静子はもう一人の少年を指差し、

 「あの子は?」

 「アノ子?・・・見た事ないなあ。新人かな」

すると静子が、

 「あッ、ヤッタ! あいつチーズを右ポケットに入れた」

教授が、

 「え~えッ! 長井か? 黒田か?」

 「違う。新人! 一本は右手、一本はポケットに」

 「バカだねえ。困った子だ、ちょっと私がトッチメテやる」

静子が焦る百地教授を静止する。

 「ダメッ、いま出ちゃだめッ! 店を出てから。お金を払うかもしれないでしょう」

 「あ、そうか」

 「どうせ、払いっこないと思うけど。ちょっとアタシ入り口に回るわ。アンタ、イッちゃん達とレジを見てて」

 「分った」

長井と黒田が何も買わずに店の出口に向かう。

百地教授はカウンターから「何か一言」言ってやろかと二人を見ている。

弘美さんがカウンターを雑巾で拭きながら、店を出る二人を見て、

 「ありがとう御座いまーす」

石田さんはジッと外の長井と黒川を目で追っている。静子は入り口でさり気無く店を出て行った二人に強い視線を送る。

しばらくして売り場を一周してあの少年Aがレジに来た。

 「いらっしゃいませー」

少年Aはサケルチーズを一つカウンターの上に置いた。

少年Aはジッと弘美さんの顔を見ている。

石田さんは少年のジーパンのポケットを舐めるように見ている。

弘美さんが商品をスキャンした。

 「一点で百三十円になります。このままで良いですか?」

 「うん」

少年Aは百五十円をカウンターの上に置く。

商品にテープを貼って少年Aに渡す弘美さん。

 「はい」

少年Aがサケルチーズを受け取る。

 「二十円のお返しです」

受け取ったつり銭をレジ隣の募金箱に捨てるように入れる少年A。

静子は雑誌を整理するふりをして少年Aの動向を終始、伺っている。

少年Aは静子の視線にまったく気付かないで店を出て行く。

するとすかさず静子が、

 「すいません! お客さん」

驚いて振り向く少年A。

 「ちょっと右のポケットの中を見せてくれますか?」

 「えッ?」

静子は言うが早いか少年Aのジーパンの右ポケットから「チーズ」を取り出す。

 「これ、うちの商品ですよね」

少年Aは一瞬、顔色が変る。

 「えッ! ちッ、違います」

 「あ、そうですか。でも、アタシは見てました。アナタがこれをポケットに入れる所を。何ならご一緒にお店でビデオを見ましょうか? しっかり映ってると思いますけど」

少年Aは焦って、

 「違うよ~」

 「分かりました。じゃ、二人でゆっくり『防犯ビデオ』を観ま見ましょう。さッ、事務所へどうぞ」

観念したのか静子に連れられ少年Aが店に戻って来る。

石田さんが少年Aを見てニヤッと笑う。

弘美さんは俯きながら少年Aに視線を。

百地教授は少年Aを見てわざとらしく、

 「あれ? どうしたの?」

静子が、

 「も~う、この子、ヤッちゃったのよ~」

 「ヤッちゃった? ・・・あ~あ! ダメだなあ~」

静子は少年Aの肩を抱き私を見て、

 「ちょっと事務所でお話を聞いて来ますから」


 少年Aが事務所の破れた折りたたみ椅子に座っている。

静子は防犯ビデオを巻き戻している。

少年Aが落ち着かない様子で事務所内を見回ミマワしている。

静子は少年Aを落ち着かせる様にニッコリと笑って、

 「コンビニの事務所の中ってこうなってるの。初めてでしょう」

少年Aは静子の問い掛けに黙って俯いてしまう。

防犯ビデオの巻き戻しを止めて再生ボタンを押す静子。

 「え~と、この辺ね。出るわよ~。よく見てて。あッ、ほら、これ。右手にチーズ。その手が、い~い?・・・あッ、入っちゃった! ここ、止めるわね。コレがこれでしょう」

ボールペンで画面を指し説明する静子。

 「もう一度見ましょうか?」

少年Aは俯きながら、

 「いいです」

 「アタシ、もう一度観たいな。だって大切な証拠ですもの」

少年Aは何も言えない。

静子は少年Aを睨んで、

 「じゃ、この紙にアナタの名前と年齢、住所、電話番号と『未成年』だからお父さんかお母さんの名前も書いて。今、ちょっと警察に電話するから」

少年Aの表情が急に変わる。

 「えッ!」

 「えッて、万引きは犯罪よ。窃盗セットウって云うの。早く書いてちょうだい。忙しいんだから」

静子は電話のプッシュボタンを一つ押してニッコリ笑う。そして少年Aを見て、

 「これわね、店と下谷警察署を結ぶホットラインなの。このボタン一つで直ぐ来るわよ。コンビニは事件が多いから。・・・書いた? 何してるの。早く書きなさい?」

少年Aの手が震えてペンが持てない。

 「なに震えているの、万引きする度胸が有るんでしょう。じゃ、アタシが書くから言いなさい。早くしないと警察が来ちゃうわよ」

俯いた少年Aの目から涙が一粒が床に落ちる。

静子は強い口調で、

 「泣いてるの? ッたく。男でしょう、早く言いなさいッ!」

少年Aは小さな声で、

 「ヤマシタ・・・」

静子は声を張って、

 「聞こえないッ!」

少年Aは俯いて、

 「ヤマシタ コウジ」

静子は更に強い口調で、

 「ヤマシタはこの字ッ?」

静子が少年Aにメモ用紙を見せる。

チラッとメモ書きを見て、

 「・・・はい」

静子はペンを渡し、

 「コウジは?」

少年Aは静子のペンを取り、メモ用紙の隅に小さく「幸治」と書く。

静子はペンを取り戻し、紙に幸治と大きく書く。

 「で、年齢と住所ッ!」

迫力のある静子の尋問である。

少年A(山下くん)はモゾモゾと、

 「十六歳、・・・竜泉四の二の二五三」

 「学校は!」

山下くんは小さな声で、

 「行ってません」

静子がキツイ顔で、

 「行ってないッ?・・・」

静子は山下くんを睨む。

山下くんが

 「引っ越して来たんです」

静かに圧力を掛ける静子の更なる尋問。

 「ウソ付いても直ぐに分かるわよ」

山下くんは真顔で、

 「ウソじゃないです」

ニラむ静子。

 「じゃ、両親の名前は?」

 「えッ?」

 「えッて、何? 警察に行ったら全部分かっちゃうのよ」

 「・・・サチコ」

 「サチコはこう書くのかな?」

静子は山下くんにメモ用紙を見せる。

 「はい」

 「で、お父さんの名前は?」

 「お父さんは居ません」

 「お母さんだけ?」

山下くんは泣きながら俯いてウナズく。

静子は少し気が抜けて、

 「そう。じゃ、お母さんに電話するから電話番号ッ!」

静子は受話器を取りプッシュボタンに触れる。

山下くんは電話番号と聞いて驚く。

 「早く言いなさいッ!」

 「・・・電話しても誰も居ません」

 「何言ってるの。電話番号ッ!」

 「〇三の四一三、・・・・」

静子は電話番号をプッシュし始める。

案の定、電話は誰も出ない。

 「・・・出ないなあ・・・」

山下くんが、

 「・・・家には誰も居ませんから」

静子は山下くんの顔を見て、

 「本当に居ないの?」

 「はい。働いてるから。・・・夜遅くなら・・・」

静子は山下くんの目から涙が溢れ出るのを見て、

 「そッかー・・・」

山下くんはしおらしく、

 「すいません。もうやりませんから、許して下さい。本当にやりませんから許してください。・・・やりませんから・・・」

大泣きをする山下くん。

静子は優しくサトす様に、

 「そんなに泣くんじゃないの。じゃ、この紙に大きく、『もう万引きはやりません。山下幸治』って書きなさい! あッ、それと今日の日付も」

山下くんは震える手つきで、素直に言われた通りに書いて行く。「汚い字」である。

涙が紙の上に一粒落ちる。

静子が優しく、

 「書きましたか?」

 「ハ、はい」

静子は紙の文字をわざとらしく確認して、

 「う~ん。・・・じゃ、これを一枚コピーしてと」

静子は受話器を取り、内線で弘美さんを呼ぶ。

 「池辺さん、ちょっと事務所へ」

弘美さんが急いで事務所に入って来る。

 「はい」

しおらしくうなだれている山下くん。

弘美さんはチラッと山下くんを観る。

静子は弘美さんに、

 「これを一枚、コピーして来てちょうだい」

 「あッ、はい!」

弘美さんが紙を持って出て行く。

静子は山下くんを睨んで、

 「アナタが書いた一枚が警察、もう一枚はそこの壁に貼って置くから。良いわねッ!」

山下くんはシャックリが止まらない。

 「ハッ、ヒッ、はい」

暫くして、弘美さんが紙を二枚持って事務所に来る。

 「あのー・・・」

静子が、

 「あッ、ありがとう」

弘美さんは山下くんを見て静子に、

 「高校生ですか?」

 「そう。一年生かな?・・・」

山下くんは黙って俯いている。

弘美さんが、

 「そうですか・・・。じゃッ!」

 「あッ、池辺さん! 警察はまだ来てないわよね」

弘美さんは驚いて、

 「えッ! 警察ですか? まだ来ていません」

 「そう、ご苦労さま。行って良いわよ」

 「はい」

弘美さんは売り場に戻って行く。

入れ違いに百地教授が事務所に入って来る。

静子が山下くんの『決意書』を壁に画鋲で止めている。

教授が、

 「困ったもんだねえ。で、警察は?」

 「ああ、もう直ぐ来ると思うわ。でも・・・、今回は山下くん、すッごく反省している様だから・・・」

静子は山下くんを見た。

百地教授も山下くんをキツい眼で睨んで、

 「君は山下って云うのか」

山下くんは黙って首を縦に振る。

 「万引きは犯罪だぞ?」

山下くんは何も言えないで指で膝を掻いている。

静子が、

 「だから、今日のところはこの決意書を一枚警察に渡して、ヒ・ト・マ・ズ、許してやろうと思って」

教授は静子が貼った「決意書」を見て、

 「もう万引きはやりません、山下幸治か。・・・本当に約束出来るのかな?」

山下くんは小声で、

 「出来ます・・・」

静子はスゴみを利かせた声で、

 「こっちを見なさいッ!」

山下くんは顔を上げる。

静子は山下くんの目を見て、

 「ホ・ン・ト・ウに、二度とやらないわね」

山下くんはまた大泣きを始める。

 「はい。もうやりません」

 「じゃ、このサケルチーズは買うの?」

 「いらないです。もうチーズは食べません」

 「食べない?」

静子は一瞬、次の言葉が続かない。

 「 ・・・何だ泣き虫! さあ、早く行きなさい。オマワリさんが来ちゃうわよ」

山下君は鼻水をすすりながら急いで事務所を出て行く。

百地教授は山下くんの後姿を見て、

 「長井と黒田にそそのかされたんだろう。可哀想に」


 山下くんが売り場に出て来る。

石田さんと弘美さんの視線が山下くんに集中する。

山下くんは涙でクシャクシャになった顔を取り繕って、急いで売り場を走り抜ける。

石田さんがニヤッと笑い、

 「またお越しくださいませ~~~」

暫くして百地教授と静子が売り場に出て来る。

石田さんが、

 「高一ですって?」

静子が、

 「え? そうかな?」

 「ニューフェイスですね。あれッ? 警察は」

 「来るわけないじゃない。あんなのアタシが締め上げた方がずっと効くわよ。何人でもまとめてかかってらっしゃい」

石田さんが静子を見て、

 「ヨオヨオ、店長! 格好良いジャン。うちの店にピッタシ!」

百地教授は一言。

 「やっぱり、店長は恐ろしいヒトだ」

静子が、

 「何言ってのよ。しっかりしなさいよオーナー!」

教授は頭を掻きながら、

 「いや~、お世話になります」

弘美さんが静子の顔を目を丸くして見ている。

                          つづく

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