尻を触る大家さん
暫くして百地教授は売り場から戻って来た。
「お待ちどうさまです。はい、コレ」
「あッ! すいません」
責任者は店印が押された書類を確認して、
「じゃッ、終わりましたのでこれで失礼します」
そこにあのベトナム人研修生の助手が戻って来る。
責任者は研修生のメガネを見て、
「おいオマエ、片方のレンズはどうした」
「さっき、天井の中を覗いてたら外れちゃいました」
「ハズレた? でレンズは」
「分かりません」
「分からない?」
呆れた顔で助手を見る責任者。
「オメー、そで仕事出来るのか?」
「分かりません」
「オメーよー。本当に大丈夫か?・・・ 」
責任者は脚立をたたみながら百地教授を見て、
「すんません。こんなのバッカ。じゃ、帰ります」
「あッ、ちょっと待って下さい。コレッ!」
教授は売り場から持って来た缶コーヒーを研修生の助手に渡す。
責任者がソレを見て、
「あ~ん。もう、すいませんネ~」
助手の男は一言、
「ウッス」
責任者は脚立を置いて助手とコーヒーを飲みながら、
「・・・それから天井裏に人形みたいな物が置いてありますよ」
百地教授は怪訝な顔で、
「ニンギョウ? ・・・誰が置いたんだろう。ねえ、石田さん」
石田さんはタバコの火を灰皿に押し付け、
「知りませンよ、そんな事。でも気持ちワリーっスね」
教授は工事の人達を見て、
「こう云う古い家には、このテの話はつき物ですよね」
「ハハハハ、都市伝説ですか? 」
と責任者が。
二人はコーヒーを飲み干して、
「あッ、コーヒーすいませんでした。じゃッ、これで失礼します」
「帰りますか? じゃ、ご苦労さまでした」
研修生の助手が、
「ウイッす」
二人は事務所を出て行く。
すると通路から責任者の声が、
「オメー、脚立は」
「あッ、置きッパだ」
「アノヨ~ウ、ほ・ん・とう~に、オメー、大丈夫か? 」
賑やかな二人であった。
ひと段落ついて、百地教授と石田さんは天井を見詰めて居る。
石田さんが、
「・・・ちょっと覗いてみましようか」
教授も興味が有りそうに、
「そうだねえ」
百地教授はテーブルの上に乗り、天井の蓋を開ける。
中を覗きながら、
「ホオー ・・・こんなふうになってるんだ」
石田さんが、
「なんか見えますか?」
「暗くて見えないなあ。石田さん、机の一番下の引き出しに懐中電灯があるから取ってくれる」
「はい」
石田さんは引き出しを開けて懐中電灯を取り出す。
「はい。どうぞ」
「サンキュー」
「どうっスか?」
「え~え?・・・うん。あッ! 有った。光ってる」
「アイツの外れたメガネのレンズじゃないっスか?」
「いや、違う。レンズじゃない。・・・目だ!」
「メ?」
「目が光ってる。でも・・・人形か? あ~あッ! 猫だ。ネコが干乾びて死んでる」
「ネコ? あッ! 分かったッ! チュー功にやられたんだ」
「ネズミに? うんなバカな」
「いや、アイツならヤリかねない。一匹、でっかいボスネズが居るんスよ」
「ボスネズ? 石田さん、店長呼んで来てくれる」
「は~い」
静子と石田さんが事務所に来る。
静子が渋い顔でテーブルの上に立つ教授を見て、
「何やってるの?」
「マイッタたよ。屋根裏でネコが死んでるんだ。ッたく、なに考えてるんだろうなあ」
静子が突然納得した様に、
「あ~あッ! それだ。それであんなにハエが居たんだ」
「あ~あ、そう云う事か。店長、わるいけど隣りの大家さん(家主)呼んで来てくれる」
「はい。でも、あのお爺さん居るかしら」
静子が事務所から出て大家を呼びに行った。
石田さんはタバコを吹かしながら、
「・・・あのスケベジジイ」
百地教授は天井裏に頭を入れながら、
「え? なんか言った?」
石田さんが、
「あの大家、人の尻をやたら触るんスよ」
百地教授は下の石田さんを見て、
「何だい、それは?」
石田さんが、
「この店の女の客、ほとんどが 触られてンじゃないっスか。店長も今頃、触られてますよ」
教授は驚いて、
「え~え!」
暫くして、静子と大家が事務所に入って来る。
この大家がまた典型的な江戸っ子である。
まるで『歌麿の絵』に出て来る奴の様な顔立ち。
その大家が、
「アンだって、ネコが死ンでる? ど~ら、ちょっとドイテみな!」
大家はさりげなく石田さんの尻をさわる。
石田さんは驚いて、
「キャッ! またやった。このスケベジジイー!」
大家が、
「軽い挨拶だよ。なんだい、子供じゃあるめえし」
「ナニ言ってんスか! いい加減にしてくださいよ。警察呼びますからね」
「おお、呼んで来い。オマワリが怖くて米が売れるか!」
百地教授は威勢の良い大家を見て、
「さすが、江戸っ子ですねえ」
「浅草の生まれよ」
「ごもっとも。すいませんねえ、忙しいところ」
大家は持参した脚立を開き身軽に上がり、屋根裏を覗く。
「おうッ! 暗くて見えねえぞ。何かねえのかい」
教授はテーブルの上の懐中電灯を渡す。
「これどうぞ」
「良い物のあるじゃねえか。でッ、どこだい?」
「左の柱の下です」
「ヒダリ?・・・ああ、アレか。分かった。ちょっとその辺のナガモノ、貸してみな」
教授は床に立て掛けで有るカーテンレールを取り、
「このカーテンレールなんかどうですか?」
「ダメだいそんなんじゃ。おう、そこの壊れたモップの柄、取ってくれ」
「あッ、はい」
モップの柄を取って天井裏を探る。
「・・・よっしゃ! 待ってろ。今、取っちまうからよ。ウッ! チッ、しぶてえネコ野郎ダ。干乾びてヒッ付いちまってる。・・・ヨイショット~ッ! おッ、取れた。よーし、・・・今 落とすぞーお、どいてろ! セーノ、アラヨット!」
干乾びたネコと、ネズミの糞、ハエのサナギが床に落ちて来る。
「キャ~ッ!」
静子は卒倒しそうな声を上げて事務所から飛び出て行く。石田さんも「それ」を見て、
「すッげえ!」
騒がしい事務所を杏子さんが覗きに来る。
「何やってンですか?」
石田さんは杏子さんをきつい目で見て
「オマエには関係ねえ。仕事しろ!」
杏子はネコのミィーラを見て、
「ウワ~ッ!」
売り場に飛んで逃げてしまう。
大家は脚立をたたみながら、
「これで一件落着だ! 参っちゃうよな、こんな所でオッチンじゃいやがってよ。おうッ! これ、ダンボウルにでも入れて燃やっしまいな」
大家は干乾びたネコの死骸を石田さんの方に蹴飛ばす。
石田さんは卒倒しそうな声で、
「ギャーッ!」
石田さんもどこかへ飛んで行ってしまう。
百地教授は感心して、
「いやあ、コンビニっていろんな事が起こりますねえ」
大家は教授を見てニヤっと笑い、
「賑やかで良いじゃねえか」
つづく