技能研修生(アルバイト)
夕方。
腰に工具をぶらさげた工事関係者が二人、車から降りて来る。
ダストボックスの上で『雉トラ(招き猫)』が男達を見ている。
工事責任者が、
「失礼しま~す! 配線工事に来ました」
静子がカウンターから明るく出迎える。
「あ、お待ちしておりました」
「お忙しいとこすいません。事務所に入らせてもらいまーす」
「どうぞ、どうぞ。オーナー、ご案内して」
百地教授が、
「ハーイ。いやいやいや、大変ですねえ。うちの事務所、狭くて汚いんですよ~」
と、責任者が振り向いて外人の様な若い助手に、
「オメーェ、脚立は?」
「キャタツ? 忘れた」
「大丈夫か? オメーェ・・・」
事務所に入るとさっそく責任者と若い助手(ベトナムの技能研修生)が打ち合わせを始める。
百地教授は手持ち無沙汰に二人を見ている。
すると責任者が、
「すンません。この店の配線図をお借り出来ますか?」
教授が、
「ハイセンス?」
責任者は教授を見て、
「いえ、配・線・図です。あれ? オーナーさんですよね」
「え? あッ、まあ。配線図ですよね。え~と、ハイセンス、ハイセンス・・・ちょっと待って下さい」
教授は書類ケースを開ける。
そこに石田さんが退勤のため事務所に戻って来た。
「おッ、石田さん! 良い所に来た。わるいけど店長に店の配線図はどこにあるか聞いて来てくれる」
「は~い」
石田さんはまた売り場に戻って行く。
暫くして石田さんが事務所に戻って来る。
「机の上の右の書類ケースの、二段目の下から三枚目ッす」
「ナニッ?」
「そのケースの二番目の引き出しを開ければ、下の方に有りますって」
「ああ・・・」
教授は書類ケースを開けて探し始める。
「下の方ね・・・あ~あ、これだな」
責任者に青い配線図の写しを見せて、
「コレですか?」
「・・・あッ、そうですね。これ、ちょっとお借り出来ますか」
「どうぞどうぞ」
若い助手が配線図をチラッと見て、事務所を出て行く。
責任者が助手の男、
「お~い! 分かったのかー」
助手は偉そうに何も言わず片手を挙げて事務所を出て行く。
石田さんが出て行った助手を見て責任者に、
「外人ッすか?」
責任者は助手の受け答えに腹が立っているのか、生意気な石田さんを見て、
「ベトナムッ!」
「ベトナム?」
助手が出て行ったのと入れ違いに、夕勤のアルバイト学生達(杏子と弘美)が息を荒げて出勤して来る。
杏子さんが事務所の壁の時計を見て、
「セーフ! 一分前」
弘美さんはスポーツバックをテーブルの上に放り投げ、急いでストコン画面をタッチする。
画面が開き、モニターに映る時間を見て、
「あ~あッ、 ヤッベー! 四五分だ」
弘美さんは自分の腕時計を見て、
「なんだよ、この時計一分遅れてんジャン! ッたくう。オメーェが悪いんだぞ。アイス喰いてえなんて言うから」
杏子さんが、
「アタシじゃないよ。あのナナの店員がつり銭間違えるからだよ。トロイ店員。アイツ、変な日本語だったから外人じゃね?」
事務所内は突然、『女子高の教室』のように騒がしくなる。
と、椅子に座りタバコを吹かしながら週刊誌を見ている石田さんが、
「ウッセーッ! いつまでもガキやってンじゃねえ」
弘美さんが石田さんを見て、
「あッ、石田さん。居たの」
「イタノ?」
石田さんは弘美さんをムカついた顔で睨む。
弘美さんはサラリと、
「あッ、ごめんごめん」
石田さんが怒って、
「ナメた口きくんじゃねえ。オレはオマエ達より先輩だからな」
弘美さん、
「失礼しやした」
杏子さんは折りたたみ椅子に座って居る百地教授を見る。
「・・・あれ? ソコ人は」
石田さんはタバコを灰皿に置いて、
「電気屋だ」
「違うよ。ユニホーム着たオジサン!」
「バ~カ、オーナーだ」
弘美さんが、
「オーナー? え~え? この店いつからオーナー店に成ったの?」
「ウルセェー! オマエ等はただ働いてれば良いンだ。よろしくお願いしとけ。裏の仕事は教授だぞ! オマエ等バカを教育しに来たンだ」
杏子が驚いて、
「キョウジュ? 教授でオーナー? 何でこんな所に居るの?」
石田さんが、
「オマエ等を監視に来たンだ」
「アタシ達、何も悪いことしてないもん」
百地教授は三人の会話を呆気に取られて聞いている。
すると杏子さんと弘美さんは教授の前に来て、
「始めまして、佐伯杏子です。よろしくお願いしま~す。キョージュ」
「アタシは池辺弘美でぇーす。ヒロミって呼んで下さい」
「あッ、アタシはキョウ子で良いです」
教授はまぶしそうに二人を見て、
「キョウ子とヒロミ? ここはキャバクラじゃないからなあ~・・・」
百地教授は威勢の良い女子達の挨拶に戸惑いながら、
「僕の名前は百地です。よろしく。確か、二人は学習院ですよね。頑張って下さい」
弘美さんは自分の制服を見て、
「ええッ? よく分かりましたね。さすが教授!もしかして学習院の教授だったりして」
石田さんはタバコの先を灰皿に叩きながら、
「気取ったバカ女が行く学校なんかと違うよ。オーナーは山谷大学の教授だ」
弘美さんが、
「ヒド~イ。 教授、何か言って下さいよ! ソレより山谷大学なんて在るんですか?」
石田が弘美さんを見て、
「ウルセェ、早く着替えろ! 店長が待ってるぞ」
杏子さんが驚いて、
「ええッ! 店長? カウンターに居たシト(人)が店長? 」
石田さんはタバコの煙を天井に向かって吐き、
「あれが奥様だ。美人だろう・・・」
弘美さんが、
「ビジン? おばさんジャン」
「あッ! 教授、コイツの時給下げちゃって良いッすよ」
弘美さんは焦って、
「あッ、いや、お母さんみたいな人ですね」
杏子さんと弘美さんはユニホームに着替えながら、
「教授って、幾つですか?」
石田さんが杏子さんを睨んで、
「教授? サンぐらい付けろ。偉いンだぞ」
「あッ、すいません。教授サン」
百地教授は突然の杏子サンの質問に戸惑って、
「えッ? あ、五十歳位だったかな?」
石田さんは教授の顔を見て、
「教授って五十歳スか? 若く見えますね。三八位かと思いましたよ」
「三八? 嬉しいね。時給上げてやんなくちゃ」
「ようよう、ドンドン上がって来るぞ」
「あッ、石田さんは、これからの仕事をよ~く見てからね」
杏子さんが、
「五十歳ですか? パパと同じトシ」
百地教授が、
「お父さんは、何をやっているの?」
「丸の内のホテルで、コック長をやっています」
教授は驚いて、
「コック長ッ! 凄いな~あ・・・」
二人は私の前まで来ると、
「それじゃあ、教授サン! よ・ろ・し・くッ」
百地教授は椅子から立ち上がり右手を差し出す。
杏子さんが、
「えッ! 握手ですか?」
教授は突然、右手の小指を立てる。
「何ですか? コレ」
「うん? 指切りだ」
「ユビキリーッ!?」
杏子さんは恥ずかしそうに、右手の小指を教授の指に絡ませて、
「よろしくお願いします」
弘美さんも右手の小指を突き出す。
弘美さんは教授のユニホームの袖口から覗く腕時計を見て、
「いい時計してますね」
教授は自分の腕時計を見て、
「ああ、これ? ま~な」
弘美さんが、
「ロレックスじゃないですか? パパと同じ」
弘美さんは小指を絡ませながら、
「ヨロシク」
教授は二人を見て、
「頑張って下さいね。若い時は二度と来ないんだから」
杏子さんと弘美さんが元気良く、
「ハイッ!」
賑やかに事務所を出て行く二人。
と、直ぐに杏子さんが事務所に戻って来る。
百地教授が、
「どうした? 忘れ物?」
杏子さんが、
「教授。この店、変な客が多いから気を付けてくださいね」
石田さんが生意気な杏子さんを睨んで、
「ウッセー! 早く仕事しろッ!」
石田さんが椅子に座りノンビリとタバコを吹かし、天井の中を覗く工事責の任者を見ている。
責任者が、
「もう少し左! ヒダリーッ! ヒダリが分かんねえのか? ・・・そう。コードを通して・・・早く通せッ! ・・・良いよ~」
天井の蓋を閉め、脚立から降りて来る責任者。
「終わりました。じゃ、オーナーサン、ここに検印を御願い出来ますか」
「えッ! もう終わったんですか?」
「とりあえずパイプの中にコードを通すだけですから」
「あ~あ。じゃッ、その紙を貸して下さい。今、押して来ますから」
責任者が百地教授を見て、
「教授だったんですか?」
「ああ、プー太郎達のね」
「はあ?」
百地教授は事務所を出て行く。
つづく