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ドヤ街の痴呆老婆

 きょうび「コンビニ」は、あらゆる人間が利用する。ましてやここはスラム(ドヤ街)である。一人一人の客は実に個性豊かだ。その意味では百地教授の選択したこの街(この店)はまさに『人間鑑賞用金魚鉢』の様である。

 午後の一番暇な時間である。


 ダストボックスの上にはあの『雉トラ(招き猫)』が寝ている。


静子が「おでん」を作り替えている。

すると一人の老婆が店の入り口に立って居る。

静子が、

 「いらっしゃいませ~」

の一声を。

老婆は店の顔ぶれが少し変ったせいか、目を丸くして店に入って来ない。

静子は優しく、

 「お婆さん、どうしました?」

老婆は我に返って、

 「あ、あの~・・・、財布の忘れ物はありませんでしたか?」

 「ええ! サイフですか? ちょっとお待ちください。見てみますね」

静子はカウンターの下の「忘れ物箱」の中を覗く。

 「財布は・・・ありませんね~え」

 「そうですか。じゃあ、いいです」

 「ごめんなさい。後でほかの従業員にも聞いてみますね」

老婆は肩を落として帰って行く。

が、暫くしてまた老婆が戻って来る。

静子の顔をジーと見て、

 「ここはアミーゴですよね」

 「はい、そうです」

 「どこかでお会いしましたよね」

 「ええ。さっきココで」

 「そうですよね」

また店を出て行く。

するとまた直ぐに引返して来て、

 「アノ~、洗濯は物置いて有りませんか?」

 「セ・ン・タ・クモノ? お婆さん、洗濯物は前のお風呂屋さんのコインランドリーだと思いますけど」

 「ああ、そうでしたか」

老婆は静子の顔を暫く見ている。

そして、

 「・・・あの~、アタシ洗濯物はいつもこちらのお店に置いてもらってるんですけれど」

静子は驚いて、

 「ええッ! うちの店?」

静子はカウンターの下をもう一度覗く。

隅に袋に押し込まれた衣類が置いてある。

 「ああッ! コレかな?」

老婆は洗濯物も見ず、

 「そうかもしれません」

静子は洗濯物を預かるコンビニなんて今まで聞いた事がない。

よく見ると、汚れた洗濯物の上に『財布ガマグチ』が置いてある。

 「あ、サイフだ。ありました」

静子はカウンターから顔を出す。

老婆は静子を見て、

 「そうでしたか。じゃ、違いますね」

 「え~え?」

そこに休憩を終えた石田さんが売り場に出て来る。

 「あ、サッ子さん! 昨夜ユウンベまた洗濯物、置いて帰ったッしょう」

 「い~え」

石田さんが、

 「夜勤の連絡帳に書いてあるから。店長! それサッ子さんのです」

 「あ、やっぱりお婆さんのだ。良かったですね」

老婆が、

 「いくらですか?」

 「え~え! こんなの売り物じゃありませんよ。お婆さんの物ですよ」

 「そうでしたか。アタシ、『あれ』が大好きなんです。ありがとう御座いました。じゃ、また来ますね」

と老婆は逃げるように店を出て行く。

 「アレ?・・・あッ、チョット、お婆さん! サッ子さん、これ、持って帰って下さい」

静子は洗濯物の入った袋を持って老婆を追いかけて行く。


 ダストボックスの上で『雉トラ(招き猫)』が静子を見ている。


暫くして呆れた顔で店に戻って来る静子。

 「困ったわねえ~」

石田さんは静子の持つ洗濯物の袋を見て

 「サッ子もそうとう来てますねえ」

 「あのお婆さんサッ子さんて云うの」

 「そうス。伊東咲子イトウ サッコ。どこかで聞いた事があるでしょう」

 「え? あ、そうねえ」

 「同姓同名っス。七八だけど若いっショ」

 「ワカイ?」

静子は首を傾げる。

石田さんが、

 「連絡帳に深夜の三時頃に、サッ子がまた洗濯物の袋をぶら提げてコインランドリーの前に立ってたンですって。夜勤が気持ちワリーから店の中に入れてやったら、また洗濯物を置きっパにしてドッカに消えちゃったって書いてありました」

 「深夜の三時? そこのランドリーは何時まで開いてるの?」

石田さんが、

 「朝の八時半から夜十一時半。でも閉めるのは十二時だけど」

 「深夜の三時に洗濯物を持って立っていたら徘徊でしょう。でもうちの店に洗濯物を置いた事は覚えているんだから軽い認知症かな? 困ったわねえ、この洗濯物・・・。で、こう云う事、よく有るの?」

 「サッ子っスか? 有りますよ。右のカウンターの隅に置いてある物は全部、サッ子が置いて行った物ッス」

静子は右カウンターの奥を覗く。

 「え~えッ! 何これ。これ全部? 入れ歯、スリッパ、銭湯の道具まで置いてあるじゃない」

 「そおっスか? でも大丈夫っスよ。あんまり溜まると、妹が店に来た時、持ってってもらいますから」

さすがの静子も返答に困り、サッ子さんの置いていった洗濯物の袋を床に置き、レジカウンターの裏でしゃがみ込み、

 「あのお婆さん、妹さんが居るの・・・」

 「ええ。サッ子とはぜんぜん違います」

 「それはそうでしょう。二人で同じ症状だったらうちの店は物置に成っちゃうわよ。あ、そうだ。イッちゃん、教授にダンボール箱持って来るように言ってくれる」

 「教授っスか?・・・教授、バックルームでダンボール敷いて寝てますよ」

 「寝てる?」

 「ええ、外のプー太郎みたいに」

静子は昼にあれだけシメあげたのに寝てると云う教授に愛想を尽かし、

 「ダッメだ、あのオトコじゃ。店が潰れちゃう」

すると石田さんが思わず、

 「店長。さっきの弁当のマンビキの件・・・」

静子は怒った顔で石田さんを見る。

 「ええ? 万引きがどうしたってッ!」

 「あッ、いや、何でもないっス」

                          つづく

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