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第五章

 

 第五章


 1


 ロシアのモスクワ郊外にて。


「ここか」


 全身を薄いピンクの鎧に包ませた男が、とある巨大な倉庫の前でそう呟いた。


「ここで合ってるはずー」


 隣に十代後半の紫髪の少女がのんびりと肯定する。

 だから、


「狂気解放――『高潔なる我が身(ノブレスオブリージュ)』」


 鎧の男――『美徳の七枝(ヴァーチュリッター)』が一人、ラファエル=ゲランは己の固有能力で強化した大剣で倉庫の扉を両断する。

 ゴドォォン…と鈍い音を立てて、倉庫の扉の上半分が地面に落ちる。

 残った下半分をラファエルは蹴り飛ばし、スタジアムほどの大きさを誇る倉庫の中に侵入する。

 そこに、あったのは大量の檻。

 一メートル大から十メートル大まで、倉庫の壁に付く形で大量の檻が幾つも並んでいた。

 そして、その檻の山の中心に居るのは、


「やぁ、久しぶりだね、ラファエル=ゲランにルイーズ=ボワイエ。よくここが見つけられたね」


 黒いメッシュが目立つ金髪の男――アーダルベルト=シュルツ。

 彼は気絶した少女の首元掴み、まるで荷物か何かのように持ち上げていた。


「全く、この倉庫に戻った直後に君達がくるなんてね。せめて『これ』を牢に入れてから来て欲しいものだよ」


 そう言いながらアーダルベルトは少女を横に放り投げる。


「で、どうしてここが分かった?誰にも――それこそあの解導卿にもバレてなかったはずだけど」


「貴様と我々の付き合いが何年だと思ってる?それに、貴様は昨年までは尻尾を出さなかたったが、今回の脱獄は貴様お得意の準備がなかったからかお粗末だった。破れた牢獄の全ての囚人の処理に追われている中国本部の連中ならいざ知らず、付き合いが古い我々なら、貴様の跡を辿りそして殺すことなど容易いことだ」


「ハッ、僕を――()を殺すのが容易いだと?」


 アーダルベルトは口調と見に纏う雰囲気を暴力的なものに変えながら嘲笑う。

 なぜなら、


「――この倉庫の『檻』の中身を見てから、そんな戯言を叩け」


 アーダルベルトの、最大の暴力がここにあった。


「Drrrrrrr 」


 檻の柵が、内側から一斉に破壊される。


「Hjjjjjjuuuu」


 だから。


「Xaaaaaaaaa!」


 化け物どもの哄笑が。

 巨大な倉庫中に響き渡った。



「「「Gaaaaaaaaaaaaa!!!!!!!!!」」」



 鵺。

 動くものを襲う本能しか持たない異形の怪物が、笑いながら視線をその場に居る人間に向ける。

 しかし、その視線が向けられているのは老騎士ラファエルと紫髪の少女ルイーズだけ。

 アーダルベルトのことは、まるで透明人間かのように無視していた。


「……それが貴様の『裏』の能力か」


「ようやく理解できたみたいだな」


 アーダルベルトは感心したような声を上げる。

 しかし、口元の嘲笑は僅かにも変化が無かった。


「俺はあの時、復讐姫(クローザー)によって能力を破壊された。正確には、()の『天の支配(ヒィメルスティマ)と、その進化であるアーベントの最終奥義(キメラフレーム)の『支配された小世界ヒィミリッシュコスモス』が発動できないよう、()の影胞子は歪められた」


 本来なら、それでアーダルベルトの固有能力は未来永劫失われたはずだった。

 だが、それはアーダルベルトが普通の――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の話だ。


「アーベントの固有能力は元来一つしか持たん。だが、俺は二重人格だ。故に俺の狂気は二つあり、そしてそれはそのまま固有能力が二つあることを意味する」


 だから、今でもアーダルベルトは固有能力が使える。

 かつて壊されたのは『天の支配(ヒィメルスティマ)』の発動機構のみであり、『もう一つの能力』の発動機構はそのまま残っていたのだ。


「これがおもてではないうらの能力――『地の支配(ヘレスティマ)』だ。効果は、()()()()()()()()()()()()使()()()()()()


 つまり、ここの倉庫は。


「ここには、俺が溜め込んできた全ての――百体以上の鵺が居る。もっとも一番強いので三〇年級で、それも五体程度しか居ないが」


 三〇年級――つまりは、三〇年間成長し続けた鵺。

 個体差によるが、基本的に三〇年級は中級(オルデン)では斃せないのが通説で、上級(ヘルト)でようやく斃せると言われている。

 そんな鵺が、五体も。


「……ゲスが」


 騎士ラファエルは、アーベントでありながら鵺を使役するアーダルベルトを短く罵倒する。

 その鎧の下で大量の冷や汗を流しながら。


「……ハッ」


 アーダルベルトは目の前の男の去勢と、隣で青い顔をしてる少女の無様さを嗤う。

 そして、


「――殺せ」


 金髪の青年から簡素な一言が放たれたのと同時に、化け物の奔流がラファエルとルイーズに向かい流れ込んだ。




 2


「おい、ルアン=ラディーベは居るか!」


 ARSSロシア本部の仮眠室の扉が勢いよく開かれる。

 その部屋の中で寝ていた一人の少年――ルアンが硬いベッドから起き上がりながら、忌々しそうに、


「……何の用だよ、マルファ=イロフスカヤ。つまんねぇ用だったら――」


「アンナが誘拐された、第一会議室に来てくれ」


「……あ?」


 マルファの言葉で、眠気で澱んでいたルアンの意識が一気に覚醒される。


「それはどういう――」


「説明は会議室で行う」


 マルファは一方的に言い放つと駆け足で仮眠室から去っていった。


「……チッ」


 ルアンは小さく舌打ちすると、ベッドから降り第一会議室に向かった。




 3


「先程知らせたが、ロシア本部長代理のアンナ=ヴェルデニコフが拉致されました」


 マルファは第一会議室に入るや否や強い口調でそう宣言した。

 予め集まってた三十のアーベント達は声の主であるマルファに視線を向ける。

 幾人かはマルファの後に続いた形となるルアンを一瞬睨みつけるが、彼らもすぐに金短髪の女に視線を戻した。

 部屋に居る全員が注目してる中でマルファは焦った口調で、


「犯人は、監視カメラに映っていた『鏖殺卿』アーダルベルト=シュルツ。奴を知らない人は居ないでしょうが、一応説明します。アーダルベルト=シュルツは元ARSSロシア本部長で、この前の大監獄『地の極土(ヘルエンド)』崩壊で死亡されたと思われてましたが、生きていたようです」


 マルファは喋りながら会議室の壁に投影された地図の二点を叩く。


「アーダルベルトはアンナを街中で誘拐された後、モスクワ郊外……エルトアという村から数キロ離れた倉庫に連れられたことが確認済みです」


「……質問、いいか」


 四十越えの男のアーベントが、手を挙げて発言の許可を求める。


「どうぞ」


「ロシア本部長代理が危険な状態なのもわかった。過去の関係を考えると、動機も再び奴隷として手元に置きたいとかそんなところだろう。だが、何故こうも居場所が簡単にわかった?アーダルベルトは元本部長時代から用心深い男だった、ARSSの監視カメラの居場所ぐらい把握してるだろう」


「それは新しく増設された監視カメラによるものだからです。アーダルベルトが収監された後、監視カメラの位置が『札付き(バッドマーク)』に流れてることを考慮して、この一年の間で増設したもので、これはアーダルベルトが知らないものです。それに――」


 マルファは手元のパソコンに視線を落とす。


「――つい、二分前、欧州本部の『美徳の七枝(ヴァーチュリッター)』からアーダルベルトを発見したと報告がありました。これから戦闘を開始するとのことだったので、今頃は戦っている最中でしょう」


「「「!!」」」


 場に緊張が走る。

 もう、戦いは始まっている。

 なら、ARSSロシア本部が取るべき選択肢は――、


「いや、ダメだ」


 先程質問した男がそう呟く。

 何故なら、


「ここからその場所まで300キロ以上ある。今から移動しても、どう頑張っても一時間以上かかる。そんなに時間かかったら、七枝の連中は全滅してるだろうし、我々だけではアーダルベルトには到底敵わないだろう」


「……」


 マルファは何も言わない。

 確かに、その通りだと思ったのだ。

 例え、中級(オルデン)が複数居ようと、それでどうにかなる元上級(ヘルト)第七位では、ない。

 だから、


「……援軍を要請しています。本部長を含む中国本部の方々が来てくれる手筈が整っています」


「彼らは最速何時間で来れる?」


「一時間から二時間だと」


「遅いな。いや、距離を考えたらかなり早い方だが、その間にアーダルベルトに逃げられてる可能性は十分ある」


「ええ、でも――」


「だが、我々だけでアーダルベルトを討伐なぞ不可能。なら、援軍を待って、遅れながらでも追うしかない、か」


「……その通りです」


「ふむ。これ以上の補足事項は?」


「……必要なことはもう伝え終わりました。あとは、各自待機してください」


「了解した」


 四十越えの男が頷くのと同時に、幾人かが会議室から出ていく。

 その中にはずっと無言だったオレンジ髪の少年――ルアン=ラディーベも含まれていた。

 だが、


「――ちょっと待て」


 ルアンが会議室から出たと同時に、肩をマルファに肩を掴まれる。


「お前には別途伝えたいことがある。付いてこい」


「……」


 ルアンは何も言わない。

 何も言わず。足早に歩くマルファの後ろに付いて行った。




 4


「――私は貴様が嫌いだ、ルアン=ラディーベ」


 ルアンはマルファに廊下の端に連れられるや否や、いきなりそんなことを告げられた。


「そうかよ。で、それが?」


「…….私は貴様が嫌いだが、貴様が強いことも、誰が死のうと構わない貴様もアンナのことだけは気にしてることはわかる」


 そう告げながら、マルファは顔を顰める。

 それは、嫌いな男に頼らなければいけない屈辱によるもの――ではない。

 ただ、彼女の頭にあったのは、妹のような少女の安否だけだった。


「先程、私は中国本部の援軍頼りの作戦をみんなに告げたが……それとは別の、本命の作戦に貴様も加わってもらいたい」


「……内容は?」


「中国本部の応援を待たず、少人数による迅速な救出作戦を行う。アーダルベルトと七枝の連中が戦っている隙に、横からアンナを連れ出す。アーダルベルトの討伐など、二の次でいい」


「なんでそれをあの場で言わなかった?」


「相手はアーダルベルトだ。応援の中国本部……中国本部長の手を借りないこの作戦は確実に死人が出る。そして、さっきあの場に居た連中の半分はアンナみたいな若いのが本部長代理の地位についているのにまだ納得してない。勿論仕事として協力してくれるだろうが……確実に死人が出る作戦は拒否するだろう」


「……ま、誰も死にたくねぇもんな。んで、その作戦とやらはいつ開始する?」


「今から他にも何人か声をかける。準備を含めてそうだな……二十分後にはここを発ち、今から一時間半後には向こうに着くだろう」


「そうかよ」


 そう言ってルアンはマルファに背中を向ける。

 まるで、マルファの提案を拒絶するかのように。


「……貴様、どこに行く?」


「どこにって、寝床にだよ。喋らせといて悪ぃが、俺がテメェの作戦とやらに付き合う義理はねぇ」


「なっ……!」


 マルファは口を開いて固まる。

 断られるのが予想外だったのだろう。

 それに対してルアンが皮肉げな笑みを浮かべて、


「何、驚いてやがる。さっき言ったろうが『誰も死にたくねぇ』って。俺も例外じゃねぇ」


「でも、貴様は、アンナと仲良く――」


「何、勘違いしてんだよ?」


 ルアンは振り返る。

 その瞳には、侮蔑の色に染まっていた。


「確かに、アンナ=ヴェルデニコフのことは嫌いじゃない。だが、嫌いじゃないだけだ。アイツは友達でも仲間でもねぇ。なら命を懸ける義理もありゃあしねぇよ」


「……でも、お前は強い奴と戦いたくて来たんだろう?なら、それだけで戦う理由が――」


「絶対に死ぬとわかってて戦う馬鹿がどこにいるんだよ。確かに、アーベントの奥義(キメラフレーム)に到達した元上級(ヘルト)に興味あるちゃああるが……今はまだ実力差があり過ぎる。勝つか負けるかのギリギリじゃねぇ、確実に負けて死ぬことがわかってる戦いに挑んでも無駄死にするだけだろうがよ」


「でも、それでも、こうしなきゃまたアンナは人殺しのための奴隷にされるか、下手したら殺され――」


「あぁ、そうかよ」


 ルアンはマルファの言葉を遮りながらも肯定する。

 そして、つまらなそうな無表情で、


「だが、俺には関係ねぇ」


 はっきりと、拒絶の意思を示した。


「――――」


 マルファの顔が、無表情で固まる。

 もう、言いたいことは終わったのだろうか。


「もう行くぜ?」


 ルアンはマルファに背を向け、歩みを再開する。

 そんなオレンジ髪の少年に対し、マルファは、


「この、人でなしッッ!地獄に堕ちろ!!!!」


「ハハッ、よく言われる」


 ルアンは笑う。

 笑って、廊下の角を曲がり、マルファの視界から少年の背中が消える。


「……ッ!」


 マルファはもう一度罵詈雑言を吐きそうになるが、無理矢理胸中に抑え込める。

 そして、


「……待てっ、ルアン=ラディーベ!」


 もう一度説得しようと、ルアンを追って廊下の角を曲がる。

 しかし、


「……居ない?」


 つい、先程までオレンジ髪の少年はここに居たはずだ。

 数秒前に廊下の角を曲がるところを見たのだから間違いない。

 なのに、マルファの視界に少年の姿は無く、彼女の瞳には広く白い廊下だけが映り込んでいた。




 5


 青白い髪の少女がとある巨大な倉庫に連れて来られて三十分後。

 ピチャリ、と。

 何かの液体が、少女の頬にかかった。


(ん……)


 気を失っていた青白い髪の少女――アンナ=ヴェルデニコフは、頬が濡れたことをキッカケに意識を覚醒させる。

 その少女の目の前で広がっていた光景は――。


「あーあ。ルイーズの奴は死んじゃったか。生かして僕の奴隷にしたかったのに」


 血の池。

 一人の少女に詰まっていた4リットルもの赤い液体が、少女の四肢と共に床に散らばっていた。


「しかも、切り札の三十年級五体のうち二体も殺されるなんてね。彼女の騎士を少し舐め過ぎてたかな?服も汚れちゃったし」


 その血の池を作った張本人――アーダルベルト=シュルツは、嘆くように苦笑を浮かべる。


「とはいえ、『これ』が手に入ったのは良かったな」


 アーダルベルトは片手で持っていたモノをブラブラとさせる。

 その手の先にあるのは、血塗れの一人の老人。

 鎧を粉々に砕かれた壮年の騎士――ラファエル=ゲランの頭は無造作に掴まれ、まるで物のように持ち上げられていた。


「流石は上級(ヘルト)元三位と言ったところだね。手を抜いてたつもりはなかったんだけど、死ななかったか」


 アーダルベルトは老人を床に投げ捨てる。

 老人は完全に意識を失っていて、呻き声一つ上げなかった。


「にしても、『天の支配(ヒィメルスティマ)』を失ったのはやはり痛いな。こいつを奴隷に調教するには、原始的な拷問をしなきゃいけないが……長くかかりそうで嫌になるよ」


 アーダルベルトはそう言いながら、視線を床に向ける。

 その先にいるのは血塗れの老人――ではない。

 先程目を覚ました、青白い髪の少女だった。


「……っ」


 ……さっきまでのアーダルベルトの言葉は、独り言ではない。

『お前もこれから拷問して、服従させる』。

 それを遠回しでアンナに伝えたのだ。

 アンナを、恐怖で縛るために。


「……」


 ――実際のところ。

 アンナは、アーダルベルトの言葉にそこまでの恐怖を感じていなかった。

 だが、彼の、人をモルモット程度にすら思ってない無機質な視線が。

 かつて、彼に無理矢理させられた出来事(トラウマ)を、これ以上なく鮮明に思い出させた。


「……!」


 目の前で、絶望の中ただ涙を流しているだけの罪の無い女が。

 目の前で、恐怖の中で命乞いを繰り返す平凡な親子が。

 自分の手で殺されていくのを、アンナはまるで今ここで起きた出来事のように頭の中でフラッシュバックされる。

 全身が、トラウマという名の恐怖に蝕まれ侵される。

 しかし、アンナは、


「……へぇ」


 アーダルベルトは感嘆の声を上げる。

 何故なら、震えながらも青白い髪の少女が立ち上がったからだ。


「……僕の知る君の性格なら、床から立ち上がることなんてできないと思ったけど……まぁ君は初めて会った時から『天の支配(ヒィメルスティマ)』で奴隷にしてたからね。君の性質を正確に把握できてなくて当然か」


 そう言いながらもアーダルベルトの顔から余裕の笑みが消えない。

 なぜなら、


「でも、それでもわかることがある。()()()()()()()()使()()()()。そうだろう?」


「……」


 アンナはアーダルベルトの言葉を否定しない。

 震える二本の脚で立つことで精一杯だったからだ。


「君は僕ほどではないけど強かったからね。正直、今みたいに何かの間違いで能力が解けて反逆されても面倒だったから、君を殴って痛めつけたり、わざと君に一杯人殺しをさせたり、君の精神を削って理解させた。どっちが上の立場なのかってことをね」


「……」


「僕たちの能力は文字通り狂気に依存する。恐怖が心の端まで染み込み、狂えず恐怖に脚を震わせている君が、この僕にどう立ち向かうっていうんだい?」


「…………」


 アンナは無言だ。

 無言のまま少女は『確かにその通りだ』とそう思った。


(でも、それでも――)


 もし、こんな奴に抵抗すらできなかったのなら。

 もし、こんな奴の非道に対して何も行動を起こせなかったのだとしたら。

 私は一体、何のために彼と今まで――。

 その瞬間。




 ドゴォォォォォォォォォン、と。

 倉庫中に凄まじい轟音が響き渡ったの同時に。

 鋼鉄でできた倉庫の壁の一部が、粉々に吹き飛ばされた。





「「!!」」


 アンナとアーダルベルトは、二人同時に轟音の元――穴が空いた倉庫の壁の方に目を向ける。

 そこに居たのは、


「――よぉ」


 オレンジ髪に、褐色の肌。

 頭に黒いバンダナを巻き、手足に鎧を付けた少年。


「――テメェが」


 戦闘に生き甲斐を見出した、ARSS南アフリカ本部所属の中級(オルデン)アーベント。


「――アーダルベルト=シュルツってクソ野郎で合ってるか?」


 戦闘狂ルアン=ラディーベが、そこに居た。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()脚を軽く振り、己の血を落としながら発した問いに対し、視線の先の男は、


「そうだよ、僕がアーダルベルト=シュルツだ。そういう君は……ルアン=ラディーベだね」


「……あ?俺を知ってんのか?」


「君は戦闘狂いとして有名だからね。勿論、知っているさ」


 アーダルベルトは突然の闖入者に対しても余裕の笑みを浮かべる。


「ところで、ここに来たのは君一人かい?いくら君が強めの中級(オルデン)だろうが、僕相手ではカス同然なのは自明の理だと思うけど?」


「ハッ、何言ってやがる」


 余裕の笑みを浮かべるアーダルベルトに対し、ルアンは獰猛な笑みを浮かべる。


「――テメェみてぇな噛み応えがある獲物を、他の野郎に譲ってたまるかよ」


「ふぅん……」


 アーダルベルトは少年を小馬鹿にしたように目を細め、口角を上げる。


「戦闘狂と聞いていたけど……思った以上に頭がおかしいんだね。戦うことが好きだなんて、野蛮が過ぎる」


「別に、テメェと戦いたいからここに来たわけじゃねぇよ」


 ルアンは喋りながら、まるで散歩でもするかのようにゆっくりとした足取りで歩き出す。

 そのゆったりとした歩みで、驚きで立ち尽くしていたアンナの横を通り過ぎると、真横に向けて右手を伸ばす。


「俺はここに――」


 その、瞬間。


「――テメェを殺しに来たんだよ」


 ルアンの右手の中には、彼の狂気の具現である如意の直槍があった。

 槍を手に持ち仁王立ちする少年の姿は、奇しくも後ろに居る誰かを守るかのようだった。


「――ハハッ。君は分別というものを学んだ方がいいね。僕を殺すなんて欲深い願いを持つべきじゃないよ」


 アーダルベルトは右手をゆるりと上げる。


「僕を殺す?言うまでもなく強欲だ。彼女を助ける?それも強欲だ。一人で逃げて生き延びる?いやいや、それすらも強欲が過ぎる」


 金髪の男は二人の少年少女を、余裕と苛立ちを込めた瞳で見つめる。


「君が持っていい欲はただ一つ」


 そして、


「グチャグチャになった彼女の死体を見ずに、先に死ぬことだけだよ」


 オレンジ髪の少年と青白い髪の少女の二人を、殺すことに決めた。


アンナ(きみ)ももう要らない。強欲にもこの僕を――この俺を苛立たせた罪だ。二人ともここで死ね」


 アーダルベルトは右手を振り下ろす。

 それと同時に、アーダルベルトの後ろに控えていた大量の鵺が二人に殺到する。


「ハッ」


 大量の鵺を前にしても、ルアンは槍を構え直し獰猛に笑う。

 そして、


「――行くぜ」


 オレンジ髪の少年は、躊躇いなく鵺の大軍に突撃した。



 例え、彼我の戦力差が絶望的だとわかっていても。




 6


「オラァ!」


 ルアンは笑いながら槍を振り回す。

 その動きの派手さに反し狙いは非常に正確で、三体もの鵺を一瞬で殺す。

 しかし、


「Gjaaaaa!」


「Byaaaayaaaa!」


「Dooooaaawaaaaaaaaaaaaa!!」


 鵺の咆哮が、倉庫内に響き渡る。

 どんなにルアンの戦闘センスが高くても。

 どれだけ雑魚の鵺を一掃できるほど強さを持っていても。

 これだけの、都市一つぐらい優に落とせるぐらいの戦力の前では、焼石に水でしかない。

 しかし、それでも、


「ははははははははっっ!!」


 笑う。

 オレンジ髪の少年は笑いながら、直槍を怪物共に向かって振るう。


「Koooooo」


 少し離れたところに立つ、数メートルを超すサイズの蛸のような鵺が咆哮を――『法臓』による音波攻撃を発する。

 それは音速で空を駆け抜け、ルアンに直撃する。

 あまりの衝撃でルアンの体は宙に浮くが、


「あらよっと!」


 これ幸いとばかりに少年は、空中で如意の槍を振り、上空から虎のような鵺の一体を切り裂き、絶命させる。


「Duokjoooooooooo」


 直後、五メートルの大きさを誇るゴーレムのような鵺が拳を振るう。

 しかし、ルアンは空中で体を捻ることで拳を回避し、逆に目の前の腕を伝って一気にゴーレムの頭のところまで駆け上がる。


「よう、死ね」


 ルアンは槍から二本の短剣に持ちかえて、ゴーレムの頭を切り裂き法臓を破壊する。

 だが、それとほぼ同時に、


「チッ」


 背後から来た、炎の玉はなんとか回避できた。

 左から飛来した岩石も、短剣で弾けた。

 しかし、右から来た水弾は躱し切れず、脇腹が削り取られた。


(これじゃジリ貧だ)


 ルアンは確かに鵺を殺し、数を減らせている。

 だが、明らかに斃し切るよりも先に、少年の肉体の方が削り取られ切ってしまう。


「…….ハッ」


 宙舞うルアンは地面に向かって落下する――直前に、武器を二本の短剣から籠手と鎧脚に切り替える。


「ははっ!」


 ルアンは触れたものを弾く鎧脚で空気を蹴り、ある一点に向かって高速で移動する。

 その先にいるのは、アーダルベルト=シュルツ。

 ここにいる怪物共の主だ。


「……ッ!」


 ルアンは隕石を彷彿させる重さと素早さで拳をアーダルベルトの顔面に叩きつけようとする。

 しかし、


「ふん」


 僅かに頭を横に倒すことで躱され、逆にカウンターで裏拳がルアンの顔面に叩き込まれる。


「チッ!」


 ルアンは殴り飛ばされながらも、アクロバットさながら空中で体を捻りアーダルベルトの頭を蹴り飛ばすが、いくら衝撃を放つ鎧脚とはいえ、不完全な体勢から放たれた蹴りでは少々のダメージしか与えられなかった。

 だから、


「舐めるな、餓鬼が」


 アーダルベルトはルアンの脚を掴むと、そのまま遠くに投げ飛ばした。


(本人も強ぇじゃねぇか!)


 ――ARSSの問題児ルアン=ラディーベの近接戦闘能力はかなり高い。

 上級(ヘルト)を含めても、ARSSの中でトップクラスと言えるだろう。

 だが、それはアーダルベルト=シュルツも同じ。

 ARSS時代の彼は物騒な固有能力を表向きでは使っておらず――つまりは、アーベントとして共通の身体強化のみで上級(ヘルト)認定された男なのだから。


「はっ!」


 投げられながらもルアンは直ちに空中で姿勢を整え、アーダルベルトの元に再び突撃しようとする。

 その一連の動作はあまりにも滑らかで、もしこの場にいるのがルアンとアーダルベルトのみなら、ルアンが重い一撃をアーダルベルトに叩き込みペースを自分の所に持ち込めただろう。

 だが、ここに居るのは、


「Oooooooooo」


 数十体に上る鵺の集団。

 その内の三体は三十年級。

 ルアンほどの実力を持ってしても、一対一でようやく斃せる鵺だった。


「ッ!?!?!?!?!?!?」


 何か、不可視の、不可思議な『圧』がルアンの全身を襲う。

 その『圧』は四方八方よりかけられ、ルアンの体が握り潰されそうになる。


「ク、ソが」


 ルアンは能力の発生源に目を向け、『弓』を作り出し反撃しようとするが、それよりも先に全身に掛かっていた『不可視の圧』が一方向に変わり、オレンジ髪の少年は野球ボールさながらの速度で鉄のコンテナに叩きつけられた。


「が、は」


『ドゴオォォォォォォン!!』とコンテナが低い音を立てながら弾け飛ぶ。

 そのコンテナの残骸の中に、血塗れのルアンは埋まるように倒れる。


(――何やってんだ、俺は)


 ボロボロになりながら、そんなことを自問する。

 自問しながら、ボロボロの体で素早く立ち上がる。


「ハッ、こんな程度かよ?」


(なんで、俺はこんな負けが決まってる戦いをしている?鵺の巣(スポット)でだって、こんな無茶はしたことがねぇ)


 ルアンは一瞬で一番近くの鵺の目の前に移動すると、その鵺のコンクリートブロックような頭を殴り飛ばす。

 だが、横から来た刃の雨に対応し切れず、左腕に何本かナイフのような短い刃が刺さる。


「痛ってぇな、オイ!」


(俺は死にたがりじゃねぇ。敵との実力差もわからねぇバカなら、とっくのとうに野垂れ死んでる)


 ルアンは考え事をしがら拳を振るう。

 闘争はルアン=ラディーベのライフワークだ、別のことに思考が囚われながらも経験と本能で肉体は勝手に動く。


「今度はこっちから行くぜ!」


(俺はもうそこまで闘争ってのに恋焦がれちまったのか?実力差とか、そんなことどうでもなっちまうぐらい)


 ()()()()()()

 ()()()()=()()()()()()に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


(マルファ=イロフスカヤの野郎に対して嘘を吐く理由が無ぇ。別にアイツにどう思われようと知ったこっちゃねぇんだからな)


 確かに、自分は今の状況を楽しんでいる面はある。

 目の前で強者とせめぎ合い、そして勝つことを考えると楽しくて仕方がない。

 冷静な部分で勝ち目が無いと思っていても、ルアンの性格上どうしてもこの極限の闘争に歓喜を感じてしまう。

 そんな少年の性質は周囲の事実であり、隠すようなことではない。

 なのに、何故自分はどうでもいい嘘を吐いた?

 そして。

 何故、そんな小さいことが、こんな死地の中で気になっている?


「……うざってぇ!」


 ルアンは傷を負いながら敵を斃し、何かを振り払うかのように叫び声を上げる。

 しかし、何をどうしようと、少年の頭の中にあるモヤモヤが晴れることはなかった。




 6


(――私は今、何をやっているんだろう)


 ルアンとアーダルベルトの戦いからほんの何メートルか離れた所で。

 青白い髪の少女――アンナ=ヴェルデニコフは、無表情で立ち尽くしていた。


(ルアン君が、がんばってる。何のためかはわからないけど、ルアン君が今目の前でがんばって戦ってる)


 何故、ルアンという少年がアーダルベルトと戦っているのかはわからない。

 いつもの武者修行かもしれないし、自惚れていいのなら自分を助けに来てくれたのかもしれない。

 前者ならあまりにも闘争好きの彼らしく感心するし、後者なら素直に嬉しい。

 だけど、それ以上にアンナの心にあったのは。


(私は一体、何をやってるの)


 虚しさ。

 少女の心は、圧倒的な虚無感に支配されていた。


(ルアン君は馬鹿じゃない。アーダルベルトがどれだけの強敵なのか、ちゃんとわかってるはず。でも、ルアン君は傷だらけになりながらも立ち向かってる)


 それは、無謀と呼べる行動だろう。

 百人に聞けば百人とも愚かだと答えるだろう。

 でも、それは紛れもなく勇敢な行動で。

 ARSSのアーベントとして正しい行動だった。

 ARSSは、鵺と札付き(バッドマーク)から無辜の人々を守る組織なのだから。


(なのに、私は今何してるの?)


 アーダルベルトみたいな人の命を虫ケラとしか思わない極悪人が目の前に居るのに。

 たった一人の戦友(ライバル)が目の前で命を賭して戦っているのに。

 自分はただ見ているだけ?


(――悔しい)


 人の命を脅かすモノを斃すために、今まで努力してきた。

 戦友(ライバル)に負けたくなくて、今まで鍛え合ってきた。

 なのに、ここで見ているだけ?


(――そんなの、あり得ない)


 虚しさが、悔しさに。

 虚無感が、怒りに変わる。


「狂気解放――――」


 アンナ=ヴェルデニコフの目にもう怯えを虚しさもない。

 ただ、怒っていた。

 笑いながら暴力を振るう虐殺者に。

 自分に背中を向けて闘う好敵手に。

 そして、何も出来ない自分に。

 だから。



「――――『凍氷の主(モイニョート)!!』



 少女の狂気(いかり)が解放され。

 倉庫の中で、莫大の氷雪が吹き荒れた。




 7


「ほう」


 アーダルベルトは感心したような声を上げる。

 実際、感心していた。

 まさか、あの少女が自分に向かって狂気能力を使えるとは、思ってもみなかった。

 もう五体もの鵺が氷漬けにされ、斃されている。

 だが、


「――無意味だな、圧倒的に」


 アーダルベルトには届かない。

 単純な、戦力差の問題で。


(ここに居るのは俺が手元に残しておきたいと思った選りすぐりの鵺。貴様らが強くても、精々四十体を殺せるかどうかだ)


 それに何より。


(この俺がいる。無駄な危険など犯す気はないが、弱ったところで俺が殴り殺せばそれまでだ)


 アーダルベルトの徒手空拳の腕は、アーベントの中でもトップクラス。

地の極土(ヘルエンド)』の監獄長に対して行ったように、彼の拳と脚は容赦無く他者の命を叩き潰す。

 だから、


「――さっさと死ね」


 アーダルベルトの一言で、数十の鵺の勢いが増す。

 例え、どれだけ武術の才能があっても。

 例え、どれだけ広範囲へ作用する異能を持っていても。

 怪物の大群は、無慈悲に全てを壊すだけだ。




 8


 氷雪が、倉庫の中で舞う。

 その氷雪は、オレンジ髪の少年のすぐ隣に居た鵺を凍らせ、一秒後には砕け散った。


「Jiiiiiiiiiii」


 狼のような鵺が、少年の横を通り過ぎ、後ろからこちらに向かっている青白い髪の少女に襲いかかる。

 青白い髪の少女――アンナ=ヴェルデニコフは手元に氷の長剣を作り出すと、目の前に迫っていた狼を一刀両断する。


「……!」


 少年――ルアンは後ろの……いや、既にもう横にいる少女に意識を向けるが声は何も発しない。

 そんな暇など、ない。


「チッ……!」


 火の塊が、水の塊が、不可視の力の塊がルアンとアンナを襲う。

 不可視の力はルアンが籠手による衝撃波でかき消し、水の塊はアンナの吹雪によって凍らせられた。

 だが、火の塊の処理はギリギリで間に合わず、ルアンは籠手で、アンナは氷の盾で受け止めるものの、威力を相殺しきれず全身に衝撃が走り、たたらを踏む。


「……ッ」


 ルアンは横目でアンナの様子を確認する。

 近くに立つ少女は無傷ではないものの大きな怪我は負ってなく、何よりその顔から悲哀が消えていることにホッと安堵――


(あ????は??????????)


 ――自分は、今何を考えた?

 もしかして、今、自分は、アンナの無事を確認して安堵したのか?


『俺はずっと独りで生き(たたかっ)てきた。そして、強くならなきゃ死んでた。なら、闘って闘って闘って、強くなるしかねぇだろ』。


 他人のことなんて、自分には何も関係無いはずなのに?

 今までずっと、独りで戦って生きてきたのに?


『友達、仲間、家族。頭んとこでは「そういの」がこの世にあるらしいってことも理解してるが、肌感覚では全くわかんねぇ……ってか、わかりたいとも思わねぇ。「そういうの」には気持ち悪い違和感しか覚えねぇよ』。


 そう、自分で言ってたのに?

「そういうの」なんて、自分には要らないはずなのに?

 ……。

 …………。

 ……………………。

 ……………………………………………………………。

 ……なんか、もう。




 ごちゃごちゃ考えるの、クソ面倒くせぇな。





「ハァァァァっっ!」


 ルアンは二メートルを超える巨大な斧を振り回して、三体もの鵺を同時に切断する。


(くだらねぇことを考えるのはやめだ。ンなもんクソの役にも立ちゃあしねぇ)


 人を気にかけるのは自分らしくない?他人なんて自分には必要ないはず?

 そんなの、死ぬほどどうでもいい。


(重要なのは、俺が今やりたいことだ)


 今自分がやりたいことの一つ目は、目の前の金髪の男を倒すこと。

 過去戦った誰よりも強く、ならばこそこの手で倒して生存意義(しょうり)を掴み取りたいと強く思う。

 やりたいことの二つ目は、アンナを悲しませず死なせないこと。

 今までの自分からは『他人に死んで欲しくない』なんて思考あり得な過ぎて認め難いが、『アイツに死んで欲しくない』と、『勝ちたい(いつもの)』と同じぐらい強く思ってしまったのだから仕方ない。

 そして、この二つを確実に叶える方法としては――


(――クソ野郎を殺すこと。これしかねぇ)


 なら、それだけを考えろ。

 今は目の前の男を殺すことだけを考えろ。

 それに必要なのは?戦力だ、そんなの考えるまでもない。

 なら、戦力を揃えるには――自分をそれほどまでの戦力に引き上げるにはどうすればいい?

 決まってる、ルアン=ラディーベはアーベントという形の獣だ。

 なら、力を付ける手段は一つしかない。


「あらよっと!!」


 ルアンは目の前の鷹のような鵺を二本の短剣でバラバラにするが、鵺の生命と能力こ源である法臓は傷一つ付けず、その法臓を片手で掴み取る。

 直後、



 オレンジ髪の少年は、躊躇わずその法臓に齧り付いた。



 ムシャムシャと、まるで果物の早食いかのように噛み砕き飲み込む。

 そのすぐ後、近くに居る鵺をもう二体をバラし、やはり法臓を取り出しそれを丸呑みにする勢いで食べた。

 ――法臓は、鵺の能力の源……つまりは影胞子の塊で、アーベントにとってもエネルギー源。

 ルアンは足らない力を、影胞子というエネルギーを接種することで補おうとしたのだ。


「――ハハッ」


 今なら、できるかもしれない。

 いや、できるはずだ。

 今この時ほど、強く『何か』を渇望したことはない。

 なら、できるはずだ。

 ルアン=ラディーベという一人のアーベントの、狂気の真なる解放が。


狂気顕現(キメラフレーム)――――」


 勝つために。

 死んで欲しくない奴を死なせないために。



「――――『七死人の(セブンデッドリー)祭典(リーパーズ)』!!」



 目の前の敵を、死力をもってぶち殺せ。




 9


「っ!!」


 アンナは戦闘中にも関わらず、目を見開き動きを止める。

 なぜなら、少女のすぐ側で戦っていた少年が急に法臓を食べ始め、そして彼の体からあり得ないのほどの量の影胞子が励起したからだ。


狂気顕現(キメラフレーム)――『七死人の(セブンデッドリー)祭典(リーパーズ)』!!」


 ――キメラフレーム。

 それは、アーベントの中でも一握り――上級(ヘルト)クラス以上しか使えないと言われるアーベントの最終奥義。

『狂気を外の世界に向けより強く具現化する』とされるこの奥義は、外から影胞子を――本来ならアーベントですら鵺になってしまうほどの影胞子を『霧』から接種し、肉体の細胞が侵食されるよりも早く大量に消費することで発動する博打の力技だ。

 故に、キメラフレームは実力もそうだが、『霧』が出ている状況でもなければ発動できない。

 にも関わらず、すぐ側の少年は可能にした。

 鵺の法臓を、口から直接摂取することで。


「――ハハッ」


 すぐ側の少年は、笑う。

 だが、その笑い声は一人のものではない。

 ()()()()()()()()()()()()()=()()()()()()()()()()()()


 ――触れた物を弾く籠手と鎧脚。

 ――炎を出す長剣。

 ――斬撃が分裂する二本の短剣。

 ――如意で伸びる直槍。

 ――射るごとに矢が三連で続く弓。

 ――莫大な衝撃を放つ大槌。

 ――斬撃が巨大化する大振りの斧。


 ルアン=ラディーベの狂気解放『虹の武器(セブンアーツ)』はこの七種の武器を切り替えて戦う能力だ。

 それに対し、キメラフレーム『七死人の(セブンデッドリー)祭典(リーパーズ)』は、ルアンがそれぞれ固有の武器を持つ七人に分裂するというものだ《・・・・・・・・・・・》。


「「「「「「「行くぜ」」」」」」」


 一言、七人のルアンがそう呟くと、躊躇いもなく鵺の大群に突撃していった。

 籠手と鎧脚が。

 長剣が。

 短剣が。

 直槍が。

 弓矢が。

 大槌が。

 斧が。

 倉庫の中で花火のように舞い、大量の鵺の命を弾き飛ばす。

 単純計算で、今までの戦力の七倍。

 戦力差はここに覆された。

 一人一人が中級(オルデン)トップクラス――いや、実力だけなら上級(ヘルト)の域に一歩踏み入れたアーベントが七人も居るのだ。

 七つの戦闘狂と七つの武器により、鵺は抵抗するものの一方的に蹂躙され殺されている。

 ルアン=ラディーベという一人の少年の狂気が、鏖殺卿が作り出した死の空間をぶち壊す。


(……すごい)


 ルアンの実力がそこまでの域に達していたことに対して、アンナは自然と感嘆する。

 ……もしかしたら。

 アーダルベルトの戦力は先まで戦闘である程度は削られていたこともあって、あとはもうこのまま彼は一人でアーダルベルトの首にまで届くかもしれない。

 もしかしたら、もうアンナ=ヴェルデニコフにできることはもう何もなくて、あとはキチンと彼に助けられて、流されるまま元の日常に戻るだけでいいのかもしれない。

 もしかしたら、自分は守られているだけでいいのかもしれない。

 だから、もしかたら、もう、自分は戦う必要なんて無いかもしれな――――。

 ……。

 ……………。

 ……………………………………………。




 そんなの。

 ふざけるな。




 ――助けてもらえるのは、素直に嬉しい。

 そういう風に思ってもらえるのは、普通に嬉しい。

 だけど、嬉しさ(それ)悔しさ(これ)とでは話が別だ。

 ……実際問題、オレンジ髪の少年が来てくれなかったら地獄の日々に囚われるか殺されるかのどっちかだったのだから、これから自分どう行動したところで助けてもらったことに変わらない。

 だが、守られっぱなしというのは絶対にごめんだ。

 だって、目の前にいる敵は、人々を守るアーベントとして絶対に許せない相手で。

 すぐ近くで戦う少年は、前ではなく横に居て欲しい相手だったからだ。


(……これは、私のエゴ。このまま、私が何もしなかったところで結果は変わらないかもしれない)


 だが、それでも何もしないなんてことは考えられない。

 自分の手で目の前の男を斃して、少年とまた切磋琢磨して、守りたいものを全て守れるぐらい強くなりたい。

 そのためには、今この場で、彼に追いつかなければならない。

 幸いにも、その手段は目の前にあった。


「……ッ」


 アンナは近くの鵺を三体ほど凍らせ、鵺の体を粉々に砕く。

 法臓には傷一つ付かないようにだ。

 そして、それらの法臓を串焼き肉かのように氷の剣で突き刺すと、少女は法臓を口元に運んで、


「――ごっくん」


 躊躇うことなく、咀嚼し飲み込んだ。


(――猿真似でも構わない。彼に追いつけるなら、その可能性が少しでもあるなら、それで構わない)


 ……いや。

 自分でも、絶対にできるはずだ。

 何故なら、自分の好敵手(ライバル)のルアンができたのだ。自分ができない道理はない。

 そう、アンナ=ヴェルデニコフは確信する。

 だから。


狂気顕現(キメラフレーム)――――」


 彼女が、アーベントの最終奥義(キメラフレーム)を発動できない可能性なんて、どこにもなかった。



「――――『絶対氷河(リディニーコビィ)領域(ピリオド)』!!」



 氷の世界が、顕現する。

 ビギィィィィィィィィ、と。

 辺り一面、ほぼ全ての鵺……数にして四十体ほどの鵺が内側から凍りつき、そして瞬く間に絶命した。

『一定範囲内に居る全ての生物の水分を任意で凍らせる』。

 それが、アンナ=ヴェルデニコフの狂気の最終形態(キメラフレーム)

 たったこの一瞬で、二人を苦しめていた鵺の大群を壊滅させた。


(――これで、ルアン君の隣に追いつけたかな)


 ――いや。

 彼に隣に並んで満足するのではなく、彼を追い越すぐらいが丁度良い。

 だって、もし自分が彼より強くなったとしても、きっと彼もすぐに追いついてくれるから。




 10


(――ふざけるな)


 アーダルベルトは心の中で罵倒する。

 目の前で起こったこと全てに対して。


(霧のないこの状況で、キメラフレームの発動だと?)


 しかも、オレンジ髪の少年のキメラフレームだけでも厄介だったのに、青白い髪の少女のキメラフレームが特に致命的だった。

 アンナのキメラフレームによりほとんどの鵺が皆殺しにされ、一体だけ特殊な抵抗(レジスト)能力を持っていたため、三十年級一体だけ生き残った。

 しかし、その最後の一体すらも、瞬く間に数体のルアン=ラディーベに狙いを定められ、長剣と短剣で切り刻まれ、直槍と弓矢に貫かれ、斧で切断され大槌で叩き潰された。

 文字通りの、全滅。

 少年少女を追い詰めていたアーダルベルトの鵺の軍隊は、一瞬にして全滅を迎えた。


(ふざ、けるな)


 一瞬、アーダルベルトは自分も同じように鵺から影胞子を接種してキメラフレームを発動しようと考えたが、もう既にこの場に鵺は無く、そもそも一年前の捕縛された時の後遺症により条件が揃っていてもキメラフレームを発動できる状態じゃない。


「ふざけるな」


 こんなの卑怯だ。

 不公平だ。

 キメラフレームを一方的に使うことすらおかしいのに、そもそも二対一なのが卑怯過ぎる。


「クソがっ……!」


 一体のルアンと、一人のアンナがこっちに向かってきている。

 そのルアンは籠手に拳を包ませており、アンナは拳に氷の塊を纏われていた。


「……っ!」


 アーダルベルトは、拳を持ち上げ構えを取ろうとする。

 しかし、


(アンナ、貴様ぁ……!)


 キメラフレーム『絶対氷河(リディニーコビィ)領域(ピリオド)』。

 例え、アーダルベルトがアーベントの中でトップクラスの実力を誇っていようと、少女のキメラフレームの範囲内にいて無傷なわけなかった。


(全身のあちこちが凍らされたとはいえ、全く動けないことはない。だが、この状態であの小僧相手は……!)


 ――もし、相手がアンナだけなら話は簡単だった。

 アンナ程度の肉体性能なら、鈍った身体能力でも問題なく叩きのめせた。

 ――もし、相手がルアンだけなら話は簡単だった。

 高い肉体性能を持とうが、上級(ヘルト)の中でも最高峰とされた身体能力を万全に振るい迎え撃てばいいだけなのだから。

 だが、実際には、アーダルベルトの敵は一人ではない。

 今、アーダルベルトに向かってきてるのは、互いに高め合った二人の少年少女だ。


(僕を、俺を、誰だと思っている。俺はこの世界で唯一の超人で、支配者たるべき人間だ。それなのに、こんな仕打ち――)


 ――あぁ。

 どうして、自分がこんな目に遭わなきゃいけない?

 超人の自分が、劣等な人間(ゴミ)処理(ころ)しただけで、なんでこんな風に殺意を向けられ殺されなければならない?

 ああ、どうか、どうか。


(助けてください、姫様っ……!)


 ――アーダルベルトがどう願おうと、何も変わることはない。

 今更、救いの手が彼に伸ばされることなどない。

 だが、彼の表情は確かに変わっていた。

 いつもの余裕な表情とは違い、彼の顔は死への恐怖で歪んでいた。

 その表情は哀れな男そのもので、人の憐憫を誘うものだった。

 その表情を、アーダルベルトに向かって走る二人の少年と少女も目撃していた。

 しかし、彼らの足は止まることはない。

 何故なら、彼らは怪物から人々の命を守るアーベントで。

 目の前の男は、無辜の人々を我欲で弄んで殺し続ける鏖殺卿(かいぶつ)だったからだ。


「「……ッ!」」


 二人はまるで示し合わせたかのようにアーダルベルトの眼前で足を止め、拳を後ろに引きつける。

 直後、




 全力をもって。

 二人の拳が、同時にアーダルベルトの頭蓋と心臓を撃ち抜いた。




 ――籠手に包まれた拳が、アーダルベルトの頭に突き刺さる。

 全てを弾く籠手による一撃で、アーダルベルトの頭が粉々に砕かれる。

 ――凍氷を纏った拳が、アーダルベルトの心臓に突き刺さる。

 本来ならあり得ないほどの硬度になった凍氷の衝撃で、アーダルベルトの心臓が弾け飛ぶ。

 そして、その二つの強力な衝撃を受けたアーダルベルトの体は吹き飛び、鋼鉄のコンテナに突っ込むとコンテナことグチャグチャになり、ありとあらゆる骨が折れ、全身があらぬ方向に捻じ曲がっていた。

 これ以上ないほどわかりやすい絶命。

 こうして、大勢の人々の人生を壊し『鏖殺卿』と呼ばれた男の人生の幕が、今閉じた。




 11


「……」


「……」


 アーダルベルト=シュルツを、斃すことができた。

 つまり、もう二人の少年少女の命を脅かすものはない。

 だから、二人は倒れ込むかのように床に寝転がった。


「……」


「……」


 二人とも満身創痍で、致命傷こそ負っていないものの、全身怪我が無い場所を探す方が難しい有り様だった。

 そんなボロボロの中で、ルアンは天井を見ながらポツリと、


「――今日は、俺の勝ちだな」


 そんなこと呟いた。


「――何言ってるの、私の勝ちでしょ」


 アンナも同じように天井を見上げながら、すかさず否定する。


「鵺を斃した数は明らかに私の方が多い。だから、私の勝ち」


「そうかぁ?ってか、最後のクソ野郎への一撃、ぜってー俺の方が大きかっただろ。だから、俺の勝ちだ」


「そんなことない、同じぐらいだった。だから、鵺を斃した数の多い私の勝ち」


「いや、俺の勝ちだな」


「いや、私の勝ちだよ」


「俺の勝ち」


「私の勝ち」


「……」


「……」


「……これ、もう引き分けってことでいっか」


「そうだね。今回は、引き分けってことにしよっか」


 そこでルアンとアンナは、何気なく視線を隣の相手に向ける。

 だから、丁度二人して視線を合わせることになり、二人とも同時に相手が笑顔だったことに気付いた。


「……はは」


「……ふふ」


 なんとなく、二人とも破顔し笑い声を上げる。

 そのまま視線を合わせたままルアンは、


「……つーかさ、眠くなったから寝るわ。流石に疲れた」


「……今寝たら危なくない?倉庫の壁壊れて寒い風が入ってきてるし、いくらアーベントとはいえここで熟睡したら凍死しちゃう。まず誰かを呼ばなきゃ」


「いや、あと一時間……もうちょい短いか。あと少ししたら、お前を助けにマルファ=イロフスカヤがやってくることになってるから、連絡の必要はねぇ。慕われてるな、本部長代理」


「……そっか。マルファにはちゃんとお礼言わないと」


「……あー、でも、俺ここに来る前適当なこと言ってマルファ=イロフスカヤの奴をキレさせたところだから、俺は回収されないで放置されるかもな。ってか、救助されるような義理なんてロシア本部のメンバー(アイツら)との間に無ぇし」


「大丈夫、マルファは優しいから、なんだかんだ文句言いながら君を助けてくれるよ。それに、マルファは私が嫌がることを絶対にしないし」


「そっか、なら安心して寝れるな」


「そうだね、安心して寝れるね」


「……」


「……ルアン君?」


 アンナは目を見開く。

 なぜなら、もう目の前のオレンジ髪の少年は寝息を立てていたからだ。


「……おやすみ、ルアン君」


 アンナはそう囁きながら柔らかい笑顔を浮かべる。

 直後、青白い髪の少女は、目の前のオレンジ髪の少年と同じように目を閉じた。







 ―― 二人が発見されたのは、それから三十分後のことだった。

 ロシア本部のアーベントを複数引き連れたマルファがやってきたのだ。

 彼女達がアンナを助けるために来たつもりだったが、もう既に戦闘は終わっており、倉庫はボロボロの穴開きでほとんど壊滅状態だった。

 彼女達は『鏖殺卿』アーダルベルトと『美徳の七枝(ヴァーチュリッター)』の少女の死体の回収、また死にかけだった美徳の七枝(ヴァーチュリッター)の老騎士を保護した。

 そんな地獄のような戦場の中で、最後まで立っていたであろう勝者の二人は呑気に倉庫の中央付近でぐっすりと眠っていた。

 こんな寒いところで寝ていては死んでしまう……というかそんなの関係無く手当てが必要な有り様だったのでマルファは二人を回収し保護する。

 その時の二人は、無意識だろう、お互い少しでも暖を取るため、すぐ隣に居た相手の手を絡めるように握っていた。





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