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母の死

中学校で校長をしている松山政二は夫婦でコンサートに来ているときに母の死を知る。病院で闘病生活をしていた母だったが、通夜葬式と続く一連の行事の中で多くの人が嗚咽して涙を流したが、喪主の政二はなぜだか涙が出てこない。政二は涙が出ない理由について考えることになる。

 その日、松山政二は妻の洋子と久しぶりにコンサートに来ていた。福井ハーモニーホールで行われたNHK交響楽団の演奏会で以前から楽しみにしていたベートーベンの交響曲第7番が演奏された。2人は普段の忙しい仕事から解放されて、少しドレスアップして会場に入った。このホールは世界的に誇れるような造りで、大ホールには壮大なパイプオルガンが設置され、音響設備も一流で海外の音楽ホールにひけをとらない。携帯電話の電波も遮断するので、携帯電話は圏外になる。

 座席に座ってプログラムを眺めていると場内アナウンスで

「携帯電話の電源はお切りになるかマナーモードに設定をお願いします。」と言われて妻の洋子は

「お父さん、携帯切ってね。途中で鳴ったら大変ですよ。」と自分の方がコンサートマナーを良く知っているかのように急かしてきた。

「わかってるよ。ちゃんと切っておくよ。」と言って政二は携帯電話を胸ポケットから取り出して電源を切った。周りを見渡すと満員の観客がみんな同じように電源を切っている。

「これで2時間は世俗から切り離されるわけだな。」と政二が洋子に小声で耳元に話しかけると

「お父さん、演奏中は静かに聞いていてね。」とまた子供に話しかけるように注意してきた。

 それからしばらくすると楽団員たちが入ってきて最後に指揮者が入場し、第1部が始まった。途中休憩を挟んだが後半のベートーベン交響曲7番の終了まで約2時間、NHK交響楽団は約1500人の観客を魅了してくれた。アンコールまで含めると2時間半、午後2時から始まった演奏会は4時半に終了した。

 ホールを出る観客はみんな感動で硬直していた。政二たち夫婦も気持ちが高ぶってまっすぐ帰りたくない感じがしていた。政二は洋子の顔を見ながら

「お茶でも飲んでいこうか。」と寄り道することを提案した。洋子も久しぶりのデート感覚にうれしさを隠せず

「どこに連れてってくれるの。」と喜んでいた。政二は出口に向かって歩く観客で溢れかえるロビーで、流れに任せて歩きながらポケットから携帯電話を出して、切れていた電源を投入した。画面には食べかけのリンゴのイラストが現れ、しばらくすると待ち受け画面が立ち上がった。

 政二が画面の異変に気が付いたのはホールから外に出た時だった。

「あれ、不在着信が20件くらいあるぞ。誰かな。」と言って履歴を出してみるとほとんどが姉の立花裕美からだった。姉は40年ほど前に松山家から福井市内の立花家に嫁いでいた。政二よりも3歳上だった。

 すぐにその履歴の中の一つをタップして姉に電話してみた。するとすぐに姉が出た。

「あ、お姉ちゃん。何回も電話があったけどどうかしたの。」とまだ暢気な雰囲気で話しかけた。すると姉は

「やっとつながったんやね。お母さんが死んだの。お昼過ぎに病院から電話があって駆け付けたけど、間に合わなくて。それで病院は出来るだけ早く連れて帰ってほしいって言うから、葬儀屋さんに来てもらってもう家に着いているのよ。落ち着いて帰ってきて。」と冷静に話してくれた。政二は電話で聞きながら大変な時に家を空けていたことにようやく気付き恐縮していたが、電話の様子から隣で洋子も大まかなところを感じ取っていた。

「どこにもよらずに早く帰りましょう。」ということで2人で喫茶店に行くことはお預けになった。


 家に着いて仏間に向かうと姉と近くに住む父の弟が遺体の近くで座り込んでいた。ちなみに父の仙吉は先月から入院していたのでその場にはいなかった。老人2人が入院していたので政二たちは久々にコンサートに出かける事ができたのだ。

「ごめんね。久々にハーモニーホールに行っていたから携帯電話に全く気が付かなくて。」と政二が弁解すると姉は

「一人だったから心細かったけど、葬儀屋さんがyテキパキやってくれたから何とか連れて帰ってこれたわ。それにしてもあの病院は『死んだら早く出て行ってくれ』と急き立ててきたの。なんか冷たい感じがしたわ。」と病院に対する不満を誰かに話したかったようだ。

 仏間には仏壇があるが仏壇は叔父さんが開けて線香も焚いてくれたようだ。仏壇の正面を避ける形で北枕にして母は布団に寝かされていた。布団は姉が襖を開けて適当に出してくれたらしい。昔からある古い布団を選んで出してくれたのだが、掛布団の上に葬儀屋さんが持って来たと思われる金糸が施された美しい模様の紫のカバーがかかっていて、みすぼらしい布団を隠してくれていた。顔には白い布が掛けられ、枕元には小さな焼香台が設置され、線香も一晩中燃え続けるらせん状の物がすでに用意されていた。

 まだ弔問客は誰も来ていないようで、焼香した後はまだほとんどなかった。

『先に帰ってこれて良かった。』

 とりあえず親戚や近所の人に連絡をしなくてはいけないという事をおじさんに言われ、父の兄弟と母の兄弟、そして政二の兄弟、洋子の兄弟、最後に政二たち夫婦の3人の子供に手分けして連絡を入れた。

 母が病院に入ったのは4年前だったので、みんなあまり驚いた様子はなく、素直に受け入れていた。一連の電話連絡が終わるとご近所にお知らせに政二が一軒一軒回った。どの家でも神妙な表情で玄関に入ると状況を察知していたのか、やっぱりそうだったのかといった表情だった。政二の家の玄関先で葬儀屋の車や姉の車などが頻繁に出入りし、慌ただしくしていたので異変を察知していたようだった。

 家に戻り仏間で葬儀屋さんと打ち合わせをして葬儀会場を押さえたが、お寺の住職の日程と合わせなくてはいけないので難しかった。結局、葬儀会場は近くになく、隣町の大きな葬祭場を予約出来た。

 次は葬儀屋さんと細かい打ち合わせで、祭壇のランクを選んだ。30万円から150万円までランクがいろいろある。壮大すぎても身の程に合わず、こじんまりし過ぎると祭壇が寂しく思えそうだ。姉たちとも相談し中程度の物にし、棺もどうせ燃やしてしまうのだからと中程度の白木の物を誂えた。

 葬式準備で一番もめるのは親戚筋の生花や盛籠のお供えだ。香典料は各家ごとに違うので関わらないが、生花と盛籠は母の兄弟と父の兄弟、姉の嫁ぎ先と妻洋子の実家にもお願いすることになった。最近の物価高から生花は大体一万円だったものが、今では一番小さな生花が一万円で高いものは2万円。一対で注文すると4万円もするらしい。

 母が死んだというのに母の死を悼む間もなく、お金の勘定ばかりしていたので涙を流す暇もなかった。あわただしい仮通夜の夜だった。


 翌日は午後2時から納棺が行われ、納棺師が母の身体をきれいに清めて、死装束を着せてくれた。周りで近親者が見守る中、納棺の儀は滞りなく進み、途中で東京に住んでいる娘たちも帰ってきた。

 4時ごろにご遺体は家から出て、葬儀社の車で葬祭場に到着。夕方6時からの通夜を待った。葬祭場に入るとほとんどの作業は親戚代表や近所の人にお願いして、家族はようやく一息つき、弔問客を出迎えることになる。通夜の勤行が始まる30分前の5時半ごろから弔問客が頻繁に来始めた。

 政二が勤めているのは津室中学校で、現職の校長だった。妻の洋子も町内の小学校で教諭をしているので、学校関係の職員が多かった。政二と洋子は通夜会場の入口付近で並んで立って参拝客全員に挨拶をしてお礼を述べた。

 勤行が始まり本願寺派の僧侶が正信偈を唱和した。思い出の写真スライドでは母の在りし日の思い出が流れる中、母を偲んで嗚咽する女性の泣き声も聞こえた。最後に政二が挨拶した。

「本日は亡き母のために道足の悪い中、お参りいただきありがとうございます。母は70歳ごろから認知症を患い、最近は約4年の入院生活を送ってまいりました。4年の入院生活の中、私たちは母のために十分つくせたかと言うとそうではありませんでした。今となっては悔いが残る結果となってしまいました。母にはすまないと思っていますが、安らかに眠ってもらいたいと思っています。本日はありがとうございました。」と挨拶を締めくくった。

 翌日の葬儀は朝10時からで、慌ただしく始まった。前日の夜は焼香順を考えてなかなか寝付けなかった。しかし始まってしまえばあとは流れに任せるまま、順調に進んでいった。  


 葬儀終了後、出棺前に最後の別れとして一人一人が棺に花を手向けるが、多くの人が声をあげて泣いてくれている。政二の娘や妻の洋子、姉の裕美 みんな号泣している。しかし政二は花を受け取って母の顔の横辺りに置いたが、涙は出てこない。嗚咽することもない。心の中で

『周りで多くの人が見ているから少し涙を流した方が良いのかな。』と思った。そして幼いころに母の実家で母に抱っこされながら泣いていたことを思い出して、無理やり演技で数敵の涙を絞り出した。

『変だ。自然の涙が出てこない。普通はここで男であろうと女であろうと自然の涙が出て来て当然の状況だ。私は感情面に異常なところがあるんだろうか。』

 そんな思いを持ちながら棺は霊柩車に乗せられ、火葬場へと向かった。途中実家の周辺を通り、火葬場に着くと再び読経があり最後の別れがあった。クライマックスは焼却炉の前で焼却炉の扉を開け、棺を中に納めて扉を閉め、ガスバーナーのスイッチを入れる場面だった。政二がスイッチを任されたが気が進まない政二は少したじろいだが、意を決してスイッチを押した。その瞬間、ガスの炎が点火する「ぼっ」という音が鳴り響いた。すると周りの親戚たちが万事休すと言った感じでまた鳴き声を上げた。しかしその時にも政二は泣けなかった。涙を催さないと言った方が正確かも知れない。おしっこしたいときには尿意を催し、ウンチがしたくなるときにも便意を催すものだが、涙が出る時にも涙腺に何らかの刺激があるものだが、この時の政二には何もなかったのだ。

 政二は不思議な思いだったが誰に相談するわけでもなく親戚たちが乗ってきたバスに乗り込み葬儀会場に戻った。戻った時には会場に食事が用意され、遅い食事になった。政二はみなさんにお礼を述べ、無事に葬儀が終わったことに安どの思いを持った。ただ涙が出ないことに対する不思議な思いを除けば。

 政二は食事に手を付け、娘たちに注がれたビールを一口飲みながら

『なぜ自分は母の葬儀だというのに涙が出ないんだ。砂の器という映画を見ているとあの音楽が鳴るだけで条件反射のように涙が出るのに。』と自問自答したが、答えは出なかった。そこで自分の生い立ちに原因があるのではないかと思い、昔のことを思い出し始めた。




 



 

葬式を終えても涙が出ない政二は自分の生い立ちについて振り返ってみる。そこにほかの人と違う特殊な成育歴があったのか。

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