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#5 デート確約

仕事が終わった後、社内自販機の前で牛乳を飲んでいた鮫島くんを見つけた。



「鮫島くん、お昼に野田さんにビシッと言ってくれてありがとう。部長も誰もたいしたことがないと思って、注意してくれなかったけど、あたし本当に参っていたから。感謝するよ、ほんとに」



野田の真似みたいに手を合わせて、鮫島くんを見上げた。



「ほんとに?ほんとに感謝してくれました?」



鮫島くんは疑うように目を細めた。

あたしは大きくうなずき、涙でもこぼせばこの気持ちを伝えられるのに、と歯がゆく唇をかみ締めた。



「じゃあ、役に立てたんだあ。良かった」



あまりにも可愛らしいことを言う鮫島くんを、あたしはうっとりと眺めた。



「感謝ついでに、ぼくのお願いを聞いてもらえませんか」



鮫島くんは試すような口ぶりをして、あたしを覗き込んできた。


そうか、ギブアンドテイクか。


野田への忠告の見返りに何をやらされるのだろうと身構えていると、



「明日の土曜日、デートしてください」



照れながらも、はきはきとこんなことを言ってきたのだ。


思わぬ申し出に頭の奥がショックを受けたのか、目の前に星が無数に広がった。

鮫島くんが、あたしを誘ってくるなんて。



「あ、あたし、あんまりお金に余裕なくて、息子の圭吾も一緒じゃないとダメだとか、なんとかで…」



何を言っているのか自分でもわからなくなりながら、嘘です、冗談ですという言葉が次にくるのだろうなと思った。


ところが鮫島くんは、こうもあっさり口にした。



「じゃ、三人で行きましょう。お金なんて、ぼくが持ちますよ。そのかわりプランはぼくに任かせてもらえますか。あ、どこか行きたいところがあれば追加します」



心が逸った。

冗談ではないのか。髪をなでて気持ちを落ち着かせるが、目が泳ぐ。



「キュンキュン・ワールド…」



口が勝手に動いた。

圭吾と鮫島くんとあたしと、三人で行けたらどんなに素敵だろう。



「ああ、そうか。息子さんが喜びそうなところですね。了解です」



両指でOKサインを出して、鮫島くんは笑った。

明日の待ち合わせ場所と時間をうわの空状態で聞き、じゃあ明日!と手を振って廊下の右と左に別れた。


そのままじっと立ちすくんでいると、うっかり顔がニヤけてしまった。

遠ざかる鮫島くんは今どんな顔をしているのだろう。

それがすごく気になって、圭吾のお迎えの時間が迫っているのに、その場から動けなかった。




圭吾のお迎えの時間がまた少し遅れて、保育士にいつものイヤミを言われても、明日は鮫島くんと圭吾とお出かけできるのだと思うと、まるで腹が立たなかった。


それどころか、いつも遅れて迎えに来ていたことを保育士が引いてしまうほどの笑顔で詫びた。



「ママ、きょうはへんだね」



お風呂上り、圭吾の鼻歌に合いの手をいれていたあたしに、圭吾がいぶかしげにつぶやいた。


浮かれすぎたか。


なんだか急に恥ずかしくなって、能面のように表情を無にしてみた。



「そっちのほうが、まだマシか」



圭吾は横目であたしの能面をチェックしながら、パンツをはいたりおろしたりしていた。



「もう!はくの、はかないの、どっち?」



ふざけている圭吾を見るとついつい、目をつり上げてしまう。



「あー、いつものママだった」



がっかりしたような、安心したような顔つきの圭吾を見て、あたしは圭吾との日常に引き戻された。

上がってしまった熱を、無理矢理に体から放出する。


圭吾を産んだときに、あたしは自分に言い聞かせたのだった。

若かりし頃のように簡単に恋愛づいたり調子づいたりしてはいけない、あたしはこれからずっと、圭吾以外の男に気持ちを逸らしたりしない、と。


そう決心したことで、いい母親になれるような気がするのだ。

鮫島くんにちょっと誘われたからって、いい気になってしまうなんて、ばっからしい。

ほんと、ばっからしい。



「圭吾、明日はいつもより早く起きるのだよ。何でだと思うー」



圭吾の髪を拭いてやりながら小さな顔を両手で包み込むと、何故だかしぼんだ気持ちになった。



「としょかんがいつもより、早くあくからかー」



嬉しくなさそうに、圭吾はパジャマのボタンをとめる。



「違うよ。圭吾が行きたいところに行くからなのだー。どこだと思うー?」



少し反応した圭吾が、顔を上げた。



「明日、キュンキュン・ワールドに行くことが決定しました」



「ええっ。ほんと?」



「ほんと」



「ほんとのほんと?」



圭吾は怪訝そうにあたしの表情を確かめた。

大きな口を開けて「ほんと百パーセント」と勢いよく言うと、今電気が初めて通った豆電球みたいに、圭吾の顔がピクンと輝いた。



「お、お、おれ、きょうはもうねる!テレビもみない」



「それでいいのだー。寝過ごしたら、おいていくからね」



圭吾は急いで布団にもぐりこんだ。

気持ちが高ぶるのだろう、時々「やった、やった」とか「キュン、キュン」などという小声が布団の中から聞こえてきた。


圭吾の抑え気味な興奮にいじらしさを感じた。

明日は浮かれることなく、鮫島くんと圭吾と3人のデートを楽しむつもりでいこう。




つづく

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