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《番外編 ゆびのわ》

「ほう、あの二人の結婚指輪か」


「帝国本部から取り寄せていたら間に合わないでしょう。何とかしてあげられませんか、ハドソン整備班長」


「機材の私用での使用許可を出そう。アナベル・リー号がこの星を離れるまであと数日しかないが、頼めるかね?」


 レジスタンスとの戦いで破損した鉄骨の欠片を抱えたまま、ハドソン整備班長が顎に手を伸ばす。


「ふむ……ちょうど溶接作業をはじめた連中がいる。まあ、出来んこたぁないな。よし、任された」


 ガードナー艦長と、ヘレネ副艦長が顔を見合わせて満足そうに微笑んだ。


 それが数日前。


 つばの広い古びた帽子を被ってうつくしの宮の王宮にやってきたハドソン整備班長が、御簾と庭の間の廊下の縁に腰かけて、ひとつの小さな箱をアレックスに手渡した。


「というわけでこいつはアナベル・リー号の鉄骨の一部だ。アレックス、お前さんにとっては思い出の品にもなるだろうってな」


 ニヤッとハドソン整備班長が笑う。


「箱を、開けてみても?」


「我らが整備班の力作だ。サイズはフリーにしておいた。事前に聞きにいくのも野暮な話だしな!」


「サイズ?」


 少し黒味がかかったこの古い艦の色そのものの合金でできた、シンプルな指輪がふたつ、月のない夜空の様な黒檀色の輝きを放っている。


「これは……もしかして」


「うちの艦からの贈り物ってやつだ。うちのアレックスをよろしくってな。しっかりした嫁さんは命をかけてでも確保しとくべきもんだ。わかるだろ?」


「もちろんです。ですが、その………」


「うちの機材でちゃちゃっと造ったんだからもちろんタダでいいんだよ。有効活用しねえともったいないじゃないか」


「もしかして、艦長と副艦長が?」


「その通り、よくわかったな」


 アレックスが、その場でしばし何事かを考え込む。


「………整備班長、ちょっとだけ、その、聞いても宜しいですか」


「何を?」


「あのお二人についてですが……」


 この宮独特の不思議な形の衣装を身に纏ったアレックスが、声を少し潜めて、ハドソン整備班長の耳元で何事かを問いかける。


「………うん、まあ、俺もそうは思っていたんだがなあ」


「じゃあ、自分の作戦は、『出過ぎた真似』ではない、と」


「作戦?」


「……こういうことは、自分では不慣れでして、少しばかり、お力をお借りしたいのですが」


「何だ、面白いことか? 力なら全面的に貸すが、一応は話を聞かせて貰うぜ」



「それで整備班長、話とは何だね」


 宇宙空間に漂う巨大な宇宙帝国の整備用ドックにアナベル・リー号が収まってから1週間後、いつもの艦長室に、ハドソン整備班長はのんびりと足を運ぶ。そして、彼の身体に対してはやや小ぶりなこの部屋の椅子に腰掛けて、


「こないだの指輪の件なんですがね」


「ふむ」


 艦長室でゆっくりと暖かい飲み物を淹れながら、艦長が振り返る。


「……もう一組、作っておいたんですよ」


「何と。お前さん、自分用にでもするのかね」


「いいや、俺ぁアレックスから、宜しくたのまれていてね。なんでも、あの宮の女官達から聞いたとか」


「何をかね」


「百戦錬磨のくせに、そういうところだけとんと鈍いふりはいけませんぜ。この艦に、誰よりも愛しい女を抱えているのは艦長、あんただけだろうに。………『星の人が女の人の手の甲に唇を落とすのは、何の証なのか』あの日、庭の近くにいた女官達に問われて、アレックスも困ってたんだってさ」


「……わしが、かね。残念ながら、そんな歳はもう」


「それを決めるのは、残念ながら、艦長じゃあないようですぜ」


 整備班長の後ろのドアが、音もなく開く。


「『お二人がいなければ、自分はずっとあのまま、何者でもなく、何をすることもできなかった』と。どんな形でも良いから、最大限の感謝を伝えたい。アレックスのやつが、そう言ってまして」


 ヘレネ副艦長が、茶菓子の入ったトレイを手に立ち尽くす。


「とまあ、我らが『星の少将』からの、贈り物ってわけでさあ」


 美しい花の枝と共に添えられた箱を、ハドソン整備班長が二人の前に差し出した。


「すっかり、一人前になって」


 どちらからともなく、同時に息を漏らす様は、丸で既に長年連れ添ってきた夫婦のようでもある。


「つまりは『孝行息子』からの贈り物なんだ。受け取ってやったらいいと俺ぁ思うし、俺の経験からひとつ言えることがあるとすれば、男はあまり長い間調子に乗って女を待たせるのはいけねえってことだ。きちんと、腕の中に確保しておかねえとさ。……さて、何年かぶりに、俺も別れたカカアと娘に、久々に善行を成してきた報告をしてちょっくら褒められてくるぜ」


 箱にゆっくりと手を伸ばして、艦長が微笑む。


「娘さんにも宜しく。帝国本星の工学院生だったかな」


「背中なんか見せてねえのに、ものづくりの道を選ぶとはなあ」


 立ち上がり、箱と花の枝を艦長にしっかりと手渡してから、耳まで真っ赤になっているヘレネ副艦長の背中をぽんと叩いて、そんな整備班長が


「うちの艦長を頼むぜ」


 かっかと笑いながら二人を残し、部屋を後にする。


「……お前さんのように有能な女性を、かね。それには少々歳が過ぎてしまったと思っておったが、今日言わねば、明日は一日分老いてしまうでな」


「私も、もう若くはありませんよ」


 やっとのことで言葉を絞り出した副艦長が、トレイを机の上に置く。


「お前さん、この船に来て何年だったかな」


「6年です」


「待たせてしまったかね」


「今日からは、もう、待たなくても良いのですね」


 皺の多い巌の様な手が、柔らかい手に触れる。


「ヘレネ」


 副艦長といういつもの役職名を抜きにして、こうして美しい花と指輪を手に、彼女のうつくしい名前を呼ばわるのは、自分を丸で十代の少年みたいな心持にさせてしまう。


「アレックスにしてやられるとはね」


「ええ。感謝しないと」


 するり、と夜空のような黒檀の色をした合金の指輪が、長年この古い艦で共に生きてきた女の白い指に嵌る。


「あの星から贈られた美しい布がある。あれをドレスに仕立てよう。お前さんにならよく似合うだろう」


「けれど、あれは………」


「わしが、見てみたい。老いて静かに散るより先に、こうも美しい花嫁を手に入れることが出来るとは、思ってもみなかったのだよ」


 艦長が静かに微笑んで、そんな二人を祝福するように部屋の古いモニターに映り続けている小さな星「うつくしの宮」を眺めて言った。


「ああ、本当に、良い星だよ」


 そんな艦長の腕の中に、するりと落ちていくように収まったヘレネが、美しい花を受け取って呟く。


「私は、自分のことを、もう咲かない花かと思っていたのですよ」


「それはいかんな」


「でも、咲くのならばここで、と決めていたのです。ありがとうございます、艦長」


「フレッド、でいいよ」


「本当に?」


 思わず笑いを零し、フレドリック・ガードナー艦長が言った。


「お前さんが1度そう呼んでくれるだけで、わしは1年は長生き出来るからね」


 ヘレネがいつものように柔らかい笑いを零して、いたずらっぽい少女の様な表情になると、少し照れながら言う。


「それなら何度でも何度でも名前を呼ばせて頂きますね。それで……アレックスには何て言おうかしら。ねえフレッド?」


「長生きをしておいて良かったとこんなに思ったことはないのう」


「最初にこの艦に配属された時は、どうなるかと思ったのですよ」


「一体わしとこの艦は帝国本部でどう呼ばれておるのかね」


「聞かない方が長生き出来るかと」


「なるほど」


 二人が揃って笑いだす。


「これからも、宜しく頼むよ。ヘレネ」


「ええ、フレッド」


 すっかり冷めてしまった飲み物を同時に手に取って、二人は静かに微笑みあった。



「こうしてお互いに、薬指に嵌めるものなんだ。俺も、結婚ははじめてだから、詳しくは……ないんだが………」


 結婚指輪は、永遠の愛の証だという。自分達の薬指にはまっている黒檀の様な指輪を愛おしそうに撫でて、思わず頭をかいてから宙を見上げるアレックスの独特のその仕草は『照れている』ものであることを、實奈子は既によく知っていた。唇から零れる笑いを檜扇の後ろにそっと隠して、實奈子は言う。


「ええ、ええ、わたくしはずっとあなたと共にいるわ。この指の輪は、これからそれを、宙から来る方々にも、この宮の皆にも知らしめる証になるのね」


 御簾を掲げて夜の空を見上げて微笑む實奈子と共に空を見上げて、アレックスは言った。


「ああ。それと、これは秘密の話になるのだけれど、実は…………」


 うつくしい黒い髪と紅い唇に、少し顔を寄せて、アレックスが空に視線を投げたまま、もはやトレードマークにもなっているいつものゴーグルを外すと、何事かを實奈子の耳元で囁いた。丸で弟の歳助のそれにも少し似た、いたずらっぽい表情を秘めて。


「………まあ! そうでしたの?」


「ああ。実は、ちょっと、気になっていたことだったんだ」


 いつも何かと緊張しがちだ、とよくこぼす自分の『夫』は、慣れないこの星の暮らしや言葉にも日々驚くほど順応し、そして、日々よく笑うようになった。遠い星から来たこの宮唯一の青年。毎日根気よく筆と紙を手に言葉を学び、好奇心からそんな彼らの元へやってくる宮の人々へも親切にあれこれ教えてやっている。


 最近では歳助に、『星の船』の動かし方を教えているらしい。


「うちの兄上は不思議な人ですよ。ちっとも気取ったところがなくて」


 宮の侍従になった歳助も、相変わらず自分達の元を訪れては言う。夫が妻の元に通ってくることが多いこの星での結婚生活だったが、外に家を持たないアレックスは實奈子と共に宮で暮らすことを許されていた。星の外の生活では、それが普通なのだとも言う。


(面白いことね)


 目に見えるものすべてに驚きを隠そうともせず、毎日あれやこれやを問うてくる夫。


「君を、その………愛することがなかったら、自分も、気付かないままだったと思う。ありがとう」


 率直に、こうして愛を告げるのも、星の外の作法なのだろうか。この宮独特の婉曲的で優雅な物言いに慣れてないだけだ、と本人は言うが、實奈子には、それがとても好ましく、そして嬉しかった。毎日毎晩、こんなにも率直に愛を告げてくれる人が、他にどこにいるだろうか。


「わたくし、お役に立てたのね。あの方達には、あなたが怪我をした時に本当にお世話になったわ。あの時荒れてしまった庭や池や廊下も、あっという間に直してくれて、主上がとても喜んでいたのよ」


「うちの艦は整備班が優秀なんだ」


「また皆様にお会いしたいわ。今度は皆様全員、宴にお呼びしないと」


 實奈子の黒く長い髪が、アレックスの耳元で揺れる。


「それまでに、俺も通訳を上手く果たせるようにしないとなあ……」


 アレックスがいつものように口元で小さく微笑み、指輪の嵌った指で、實奈子の髪に触れる。黒と黒。丸で違う黒なのに、どちらもこうもうつくしいとは。色の違いをいつくしむように、實奈子の髪を、そのまま何度も何度も撫でる。


「でも、今宵は早く休みましょうね、あなた。明日は満月ですもの。遅くまでいっしょに月を眺めていたいわ」


「それはいいな。『月』は好きだ。この星に来るまで、知ることもなかった言葉だった」


 うつくしいものや、誰かを愛することなどとは一切無縁だったはずの自分が今こうして、うつくしい女を心から愛している。


「満月の前夜の月のことは『待宵の月』と言うのよ」


「まつよいのつき?」


「そして『幾望』」


「きぼう、か。……俺達の星で「きぼう」という言葉は、未来への望み、みたいな意味なんだ」


「わたくし、まだ望みがいっぱいあってよ」


「ああ、俺もだ」


 月明りで長く伸びるふたつの影が、ひとつに溶け合っていく。御簾が静かに降ろされ、實奈子の衣に炊きこまれていた美しい香りだけが、廊下にわずかに残り、それもまた夜の風と共に、どこかへと運ばれていった。

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― 新着の感想 ―
[一言]  整備班長、いい味が出ているー!!  いやぁ、こういう外堀から埋めていく感じが良いですね。  じれじれの大人の恋愛ってところが。  ちょっと口が悪い(褒めてます)ところが良いんですよね~。 …
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