夜の学校と…
夜の八時。
俺は、とてつもなく悩んでいる。
明日提出の重要なプリントを教室の自分の机の中においてきてしまった。
「うわ、やった…」
そんな時、おばさんが俺を呼んだ。
「翔真!ちょっと買い物行ってきて!」
「はーい!」
自室を出て階段を下る。
親は昔、俺が幼いときに交通事故で亡くなった。
そんな身寄りのない俺を引き取ってくれたのがおばさん。
母さん方の親戚で、夫も子供もいなかったが、快く俺を引き取ってくれたおばさんには感謝しかない。
「シチュー作ろうと思ったのだけど、牛乳がなくて。よろしくね。」
「うん。ちょっと帰りに学校寄ってくるね。」
そう伝えて、家を出た。
近くのスーパーで牛乳を買って学校へ向かった。
いつもなら運動部がまだ部活をやっていることもある時間だけれど、今日は木曜日。
職員室以外の教室と廊下は暗い。
(夜の学校ってこんなに不気味だったか…?)
暗いというか、薄暗い。
なんだか遠くが見通しにくいような。
「さっさと取って帰ろう。」
教室に着き、机からプリントを取り出した。
するとその瞬間。
「ドガァァァァァァァァァァァァン!!!」
廊下の奥からけたたましい音が鳴り響いた。
「?!」
なんだ、この音…!
慌てて廊下に出ると、廊下がびしょびしょに濡れていた。
「は?!」
さっきまでは濡れてなんかいなかったのに。
そして俺は感じた。
下駄箱で感じたゾッとする感覚を。
バッと後ろを振り返った。
俺の後ろには、真っ黒の『なにか』が。
勢いよく俺に向かってくる。
冷や汗が止まらない。
(逃げなければ。)
頭ではわかっているのに、体が言うことを聞かない。
「翔真!!!!」
誰かが叫ぶその声に、体を震わせた。
途端に動くようになったその足で走り出す。
今逃げなければ。
死ぬ。
直感でそう感じた。
でもその『なにか』は俺のすぐ背後まで迫っていた。
「!!」
死ぬ。
ギュッと目をつぶったが、痛みを感じることはなかった。
(…た、すかった?)
恐る恐る目を開く。
そこには、優がいた。
「翔真、大丈夫か!!!!」
焦った様子で、俺の肩をガシッとつかんで揺らす。
「ゆ、優?おま、なにして…?」
そこでハッと我に返った。
「おい、さっきの黒いやつなんだよ!」
俺がそういうと、優は眼を見開いた。
「お前、見えてるのか…?」
「見えてるって、何言ってんだよ!いかにもやばそうな気配がしただろ!」
黒くぼやけていた化け物。
いかにもこの世に存在しない感じがした。
同様している俺をよそに、優は立ち上がる。
「ひとまず今日は送ってく。さっきのやつ、逃がしたし。」
「あ、ごめん、俺のせいだよな。」
「いや、お前のせいじゃない。そういう決まりだから。行くぞ翔真。」
俺も立ち上がって気づいた。
(うわ、びしょびしょ)
廊下が濡れている事を忘れて尻もちをついたため、お尻がびっしょり濡れている。
「優、なんで廊下が濡れてるんだろう。」
そう問いかけると少し気まずそうにする。
「あー、まぁ、さっきのやつが何かしたんじゃね…?」
歯切れ悪く俺から目をそらした。
こいつ、なんか隠してるな。
直観で感じたが、おそらく答えてはくれないだろう。
それから何も会話がないまま、俺たちは家に向かった。
俺の家に着き、振り返る。
「じゃあな翔真。また明日。」
「あぁ。…優、明日、ちゃんとどういうことか説明してくれよ。」
「…ん。またな。」
右手を上げて、背を向けて帰った。
家に入り、おばさんに牛乳を渡す。
「あ、お帰り翔真。牛乳ありがとうね、」
「うん。ごめんおばさん、今日はもう休むね。」
俺は足早に階段をのぼり、自室のベッドにもぐりこんだ。
そんな翔真の様子を陰からうかがう者が一人。
質の良いジャケットを羽織る青年は、木の上で顎に手を当てて口角を上げた。
「…フ、あの水の才を操る者の仲間か。面白いものが見られそうだ。」
青年はそうつぶやくと闇の中に消えていった。