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自覚

 もう引き返せないところまで踏み込んでしまった。

 (少しは人間らしくなったな)養父ならこう言うだろう。

 

 エミーは喜怒哀楽が分からないわけでも自身に感情がないわけでもない。

 人の痛みや苦しみ、喜びや愛だって理解できる、ただ感動や慟哭に心が揺れないだけだ、恐怖や緊張から手元が狂うことがない、その分正確な判断や動きが出来る。


 物心がついた時、周りの義兄弟同様に自分には親がいないと分かった、いや、世間の子供には親という保護者がいることを知った、そのことを特に羨ましいとも悲しいとも思わなかった。

 自分の置かれた状況に特に不満が無かったからだ、孤児院の暮らしは衣食住が不足することも無かったし命の危険も感じなかった。

 一番は養父、東郷が教える異国の武術を学べたことだ、小さく非力なエミーでも大柄で力の強い先輩たちを打ち負かすことが出来た、持久力はなかったがスピードではエミーに並び立つ者はいなかった。


 最初に人を殺したのは十四歳、外見だけ見れば美少女と言って(はば)らない容姿、男だと分かり返って喜ぶ者もいる、奴隷売買の商人に目を付けられていた。

 数人で買い出しに行った道で纏めて拉致されそうになった、奴隷商人の男たちは子供だけだと舐めてかかった、この時既に帯刀を許されていた。

 粗暴で遥か体格に勝る男たちをエミーは冷静に殺していった。

 その方法は養父の教えどおり、人体の動きの要所を削ぎ、戦闘力を奪い、とどめを刺す。

 修練どおりの動きで最後は命乞いをする大人を瞬きすることなく平然と命を奪った。

 特別な気持ちにはならなかった、障害を排除した、それだけだ。

 機械のように殺していくエミーを見た義兄弟たちはそれ以降近づこうとはしなくなった。

 不感症は性的な意味ではなく心がない事の例え、フレジィ・エミーとはこの時からの字名だ。

 (よくやった、お前の一番の才能だな、だがもうここにはおけない)

唐突の別れを告げられた、当然だった、その美貌と男である特異性は奴隷商人ばかりでなく様々な鬼畜を呼んでしまう、孤児院の子供たちに迷惑が及ぶ。

 エミーは自発的に孤児院を離れた、十五歳になっていた。

 雪が降り出した冬に旅に出た、手を振る養父が涙を流している姿を覚えている、養父のために泣きたかったが泣けなかった。

 (お前は普通じゃない、自覚しておけ、でも使い方さえ間違わなければ良い人間になれるだろう、外の世界で学び精進しろ、いつか何かを成せたなら戻ってこい、我が息子よ)

 餞別だと言って渡してくれたのは養父の愛刀、異国の剣。

あれから三年、養父の元へは帰れていない。

 もしもこの事件を乗り切れたなら帰っても良いかもしれない。

 (元気にしているだろうか、幼い手を浅黒くごつい手が引いてくれた、見上げた鬼のような風貌の笑顔は優しかった、幸せだった)

「会いたいな・・・」 マネキンは一人寂しく笑った。


 ムートンの魔獣は鳴りを潜めていた、フローラの襲撃以降被害も目撃情報もない。

 やはり反国王派による自演だったのではと誰もが思い始めていた。


 ムートン家に巻き起こっているもう一つの災禍、王家エドワード皇太子からの求婚問題だ、避けては通れないとエミーも覚悟はしていたが予想よりも早く直面することになってしまった。

 極秘でムートン男爵の弔いにやって来るとの文が今朝届けられた。


 黒い蝋燭の封は確かに王家のものだ。

 「それでいつやって来るのだ」

 「七日後だ・・・」

 「そんなに早く・・・」

 少なくとも外見は誤魔化せる、衣装もそのまま使える、しかし、人間性は真似できない、エミーがフローラと接触したのは、ほんの僅かな時間だけだった。

 ハリーやアンヌから事あるごとにフローラならこうする、こう答えるとレクチャーを受けているがロゼの感じた通り薔薇と寒桜の違いがある。

 エドワード皇太子がフローラをどの程度知っているかは未知数だ、少なくともフローラは会ったことがないと言っていた。

 「魔獣討伐か急病ということにして、どうにか合わないで済む方法はないか?」

 「無理です、仮にも当主が皇太子を出迎えないとかありえません」

 「そうだよな、無理だな」

 「ボロがでて替え玉だと分かれば我々の首はもちろんムートン家も終わりますね」

 ハリーが親指で首を横切った。

 「そんなわけですので、エミーさんにはより一層フローラ様になっていただかなければなりません、普段からの言葉使いも改めてください」

 「ずっと女言葉で喋らなきゃならんのか!?」

 「話さなければいけないのでしょうか、です!」

 アンヌは眼鏡を光らせた。

 「マジか・・・」

 女装するだけでも精神的には苦痛だし窮屈この上ない、一過性で騙すのと身代りになることの違いを思い知った。

 「割に合わん、いや、合いませんわ」


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