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座礁

 声の主はミストレス・ブラックパール、現ラングドトン公爵であるセオドラ・センテナリオ・ラングトトン。

 黒革に身を包んだ長身、黒髪に切れ長の目が怒りに燃えている。

 執事リブローと狩人バクラリを従え堂々と奇岩の転がる河原に降り立ってきた。

 「出てきなさい!生意気な小娘、貴方の誘いに乗ってあげたのよ、姿を見せなさい」

 リブローとバクラリが隙無く周囲を警戒している。

 エミーは動かない、相手は間合いの長い銃を持っている、挑発に乗って姿を晒すのは愚かだ。

 「バロネス・フローラ提案があります、貴方の力量は評価できます、どうでしょう、今からでも我がミストレスの元で働きませんか、相応の立場を用意いたしましょう、悪い様にはいたしませんよ」

 執事リブローは勧誘を始める、もちろん本気ではなく挑発だ、ふざけるなと反応するのを待っている。

 その間にも三人はスタスタと奇岩の間を進む。

 「なかなかに賢い、まったく気配が見えない」

 「おかしいですね、単なる田舎娘では無いのかもしれません」

 

 ドォォンッ ドォォンッ 直ぐ近くの森で爆発音が響いた、この音は・・・

 ナヴィア・シファの爆弾!崖から転がり落ちるようにマンバがシファを抱えて河原に走り込んでくる。

 「!!」「あれはマンバとシファか?」

 ザザンッ 黒い塊りが落ちてくる、魔猿ヤーグル、榴弾の釘を全身に受けたのか全身の裂傷から血を噴き出してはいるが致命傷ではない、狂った目が獲物を捉えて離さない。

 マンバたちが仕掛けたイエローアンバーを喰ったヤーグルは意図したとおりバーサーカーと化して誰彼かまわず人を襲う、視界が狭まり世界が遅くなっていく。

 グフゥグフゥッ 涎を垂らした口はだらしなく開き、後退した歯ぐきからも止めどなく出血している。

 「バクラリッ!ここにいる令嬢フローラは偽物だ!影武者だ!」

 「確かかマンバ!」

 「間違いない、マナーハウスから東へ向かった、あっちが本物だ」

 抱えられたシファに意識はないが生きているようだ。

 「シファは誰にやられた」

 「マナーハウスで待ち伏せを喰った、皇太子の仲間だろう、姿が見えない、見たことの無い武器を使う恐ろしい奴だ」

 「残念だがシファは置いて行くしかない」

 「あ・・・ああ、そうだな」

 マンバはグッタリしているシファを岩に横たわらせ、背中の爆薬だけを手にした。

 「やはり偽物か、だとすればこの戦闘に意味はない・・・ミストレス、ここは一度ニースまで引きましょう」

 「・・・」

 ミストレス・ブラックパールにバクラリの声は届いていない、正面を見据えたまま動かない。

 「ミストレス?」

 視線の先に皇太子エドワードとガイゼルの姿があった。

 「あれは・・・まさか皇太子エドワード様か!?」

 「王家派遣の冒険者が皇太子とは・・・一杯食わされたな」

 「くっくっくっ」

 ミストレス・ブラックパールに陰惨な笑顔が浮かぶ。

 「ちょうどよいじゃない、この場で皇太子の首を貰っていきましょう」

 背中のライフルを手にするとシリンダーに火薬を詰める、即座に片付けをして引金を躊躇なく引いた。

 バンッ 白い煙と共に発射された弾丸は一直線にエドワードへ向かう。

 ガキィンッ エドワードの前に立ち塞がったガイゼルの盾に弾かれて中空に消える。

 「ちっ」

 ギャアアアアアースッ その音に弾かれたように魔猿ヤーグルは再び身を翻すと森の木を登り枝から枝へと伝い距離を縮めてくる。

 ビシュッ ヒュアアアアッ 白壁の上段からジュン少尉のコンパウンドボウの矢がヤーグルに飛ぶ、ガスッ 一射目がヤーグルを掠めて幹に着弾する。

 ギャッ 矢に気づいたヤーグルが一瞬動きを緩めた瞬間、二射目が遥か死角からカーブを描いて魔猿を襲った。

 ドスッ ギャワワッ 背中を深々と貫かれたヤーグルは枝から力なく地に落ちて動かなくなった。

 「!どこから撃ったのだ!?矢が曲がったぞ」

 「知っているぞ、曲射弓術のジュン・アポロウーサがいるのだな」

 ブゥオンッ エドワードのハルバートが唸った。

 「諦めろ伯母上、もはやあなたは袋の鼠、ニースの蒸気船も既に王家禁軍に拿捕されているころだ」

 「ぬかすな皇太子、貴様らの旧式な帆船に遅れをとる蒸気船ではないわ」

 バクラリが皇太子に向かって吠えた。

 「簡単よ、出航出来ないようにすればいいだけ、浅い海は障害物を置きやすい」

 「!?」

 振り向いたすぐ後ろに、いつの間にかエミーがいた、その声はやはり落ち着いた静かな声、しかし濁流の音の中でも良く通った。

 「貴方が影武者なの?似ているわね、何かの運命かしら」

 ミストレスが感嘆した。

 「障害物とはどういうことだ?」

 「浅瀬にガレオン船を座礁させて港を塞いだの、蒸気船は出航できない、動かなければただの鉄の塊、王家は食料が尽きるのをまてばいいだけ、真面な艦長ならもう白旗を上げているでしょうね」

 「!!・・・」

 「貴方たちは、わざわざ新型の蒸気船を王家に進呈しにきたのも同然、ここに来るべきじゃなかった」

 「・・・」

 バクラリは言葉を失った、目の前にいる影武者の女は只者じゃない、雰囲気で分かる。

 全てこいつの策略だ、まんまと嵌められた。

 ギリギリギリッ ミストレスが歯を噛む音が聞こえた。

 「みなさん、まだ我々が負けたわけではありません、この場からミストレスを逃がします、よろしいですね!」

 執事リブローが喝を入れる、ハッとバクラリとマンバが振り返り頷く。

 「マンバさん、後ろの女をお願いします、私たちはミストレスを連れて皇太子を突破します」

 「御意」「分かった」

 二組は距離を置いて対峙すると無言のまま互いに剣を向けた。


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