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身代りの報酬

 五十人以上いた騎馬兵は半分以下だ、訳も分からずついていった先に待っていたのは化け物のような猿からの槍攻撃、樹上から降ってくる尖った枝が前にいた兵士の首に突き刺さるのをオテロとカーブは見た、恐怖のあまり馬から転がり落ちて岩の影に隠れて難を逃れた、やっと森から脱出したと思ったら次は川沿い道でまたしても目の前の兵士が倒木に押しつぶされて死ぬのを目の当たりにした。

 「ひいいいっ、いったい何なんだよ」

 「だめだ、このままいたら絶対に死ぬ」

 「俺はもう止める!!」

 「俺も抜ける、やってられるか!」

 二人は制服を脱ぐと地面に叩きつけた。

 「貴様ら何をしているか!」

 「あっ!?」

 倒木を乗り越えて騎馬兵が顔をだした、その顔は二人を勧誘した上官だ、腰のサーベルを既に抜いている。

 「脱走兵は即刻死刑がラングドトンの掟だ」

 「そんな・・・」

 振り上げられたサーベルを見て二人は諦めた。

 ドスッ 「あがっ!?」

 「ひっ?」

 頭を抱えたまま見上げた上官の首に深々とナイフが突き刺さっていた。

 「そこの二人、戦う意思が無いのなら武装を解除して立ち去れ、後は追わん」

 ナイフを投じた姿なき兵士の声が森の中から話しかけてくる。

 二人は顔を見合わせると背中の銃と腰のダガーソードを藪に放り出して両手を上げる。

 「たっ、助けてください、僕たちは料理番で雇われただけなんだ」

 「だれも殺していません、お願いです、殺さないで」

 「・・・」

 二人の命乞いを聞いて森は沈黙した。

 「帰れ!」 ザザザッと藪を走り抜ける音と共に短い言葉が聞こえた。

 「!」「助かった・・・」二人はその場にへたり込んで上官の首から止めどなく流れる血だまりを見つめた。

 「帰って畑を借りよう」

 「そうしよう」

 バキバキバキッ ドオオッンッ またしても倒木攻撃が始まった、僅かに残った騎馬兵たちの騒乱と悲鳴が聞こえてくる。

 「!!」二人は脱兎となって林道への道へと逃走を始めた。


 予め切り込みを入れておいた木々を敵兵の進軍に合わせてガイゼルとエドのハルバートがなぎ倒す。

 銃で応戦しようにも桑のトンネルに遮られて敵からエドたちの存在は分からない。

猿ではない、さっきまでの槍攻撃とは違う、遥かに正確で確実な方法、戦い慣れた人間の仕業だ。

若いラングドトンの兵士は実戦の経験がない、出世のためには意欲的だが自己献身の意識はない、追い詰められて仲間を踏みつけて助かろうと藻掻くばかりで闘う士気は既に失っていた。

しかし隙間があれば銃を撃つことは出来る、動けなくなった騎馬兵の上に執拗に倒木の攻撃が重ねられた、オテロたちの時と違い容赦はなかった。

「ぐがあああっ」「ぐふうううっ」「あううっ」水分を含んだ生木は石同然に重い、積み重なった木々の隙間から漏れる呻き声は瀕死だ。

「もう十分だろう・・・」ガイゼルとエドに笑顔はない、今は敵とはいえ国民だ、個人に恨みがあるわけではない。

 ガガガッ ガサガサッ 

 「!!」

 エミーが駆け抜けた桑のトンネルの出口に向けて迂回して藪を三騎の馬が駆け降りていく。

 「ミストレス・ブラックパール!!」

 「やはり本人で間違いない!」

 背中に担いだ銃が見える。

 「伯母上、そんなに王家が憎いか」

 エドはハルバートを握る手に血管を浮かび上がらせるとガイゼルと共に三騎を追った。


 桑のトンネルを抜けると大きな白い岩がゴロゴロと転がり視界を遮っている、その向こうには切り立った白い壁、その上から初夏の日差しが眩しい。

 日差しを正面に見ると白に白が重なり距離感を失いそうになる。

 エミーは下馬すると奇岩のひとつに身を屈めて隠れる。

 バキバキバキ ドオォォンッ エドたちの倒木作戦が追撃してきた騎馬兵を襲っている、悲鳴からその効果が分かる、与えた被害は甚大だ。

 何人死んだだろうか、特別な感情は湧かない、他人を殺そうと侵入してきたならば殺されても仕方がない事だ、情状酌量の余地はない。

 「それでもフローラなら・・・」

 他の方法を考えただろうか、危険を冒してでも説得する道があっただろうか、相手は言葉が通じる人間だ、ヤーグルとは違う。

 「ふふっ」唐突に笑った、こんなことに疑問を持った自分自信が可笑しかった。

 エミーが自分の異常さに気付いたのは早かった、孤児として東郷宿に拾われ集団生活をしていたせいで身近に大勢の同世代の子供がいた、反応の違いに最初は戸惑った、やがて大多数の中で自分だけが違うことが分かっていた。

 恐怖ということの意味が解らなかった、それが知りたくて教会の本を読み漁った、本を読むために文字を覚えた。

 ウルバッハ・ビーテ病という先天性の脳の病気が近いように思えた、感情を司る脳の偏桃体の異常により恐怖を感じないのだという。

 自分がそうであるかは分からない、自分の特異性はそれだけではない、男性であるにも関わらず外見は女性そのものだ、これも先天性のアンドロゲン不応症というが当てはまりそうだった。

 どちらも治す薬や方法は見当たらない。

 「少しは人間らしくなったのかな・・・」

 偶然にもフローラに出会い、身代わりとして彼女を演じた、そのことで何らかの変化が起こったとすれば喜ぶべきことだ、この戦いには意味があった。

 今この森に全ての要素が揃っている、ここからどうなるかは予想できない、人数的な不利はない、むしろ有利になったといっていい。

 死ぬかもしれない、エドは自分に向けて絶対死ぬなと言った、死に対する恐怖もない、痛いのはいやだが死そのものは怖いとは思わない。

 でも自分が死んだらフローラは泣くだろう、彼女は悲しんでくれるだろう、師父東郷も同じだ。

 彼らの悲しむ顔は見たくない、自分の命を捨てるのは容易いと思っていたが初めて死ねない理由を見つけた。

 誰かの為に死ぬ事より、誰かの為に生きる事の方がより人間らしい事だと知った。


 「バーローネースッ!!」

 渓谷の濁流の轟音以上の声が響き渡った。


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