重なる影
ドォーンッ 遠くに見える森の上空に破裂音と共に赤い霧が舞った。
「なんだ!?」
ドォーン ドォーン 同じ爆発が三度続いた、その度に空が赤く染まる。
「ラングドトンの兵とヤーグルの戦い、まるで戦争ね」
エミーは指を首に伸ばす。
度々目にする姿勢、これは自分の脈を確かめることで冷静を保つ技術、正確には左右の頸動脈と手首の三か所を診る、三か所にずれが無ければ正常だ。
しかし、エミーの目的は違う、乱れることをしらない脈に乱れがあることを期待している。
「自分で放った生物兵器と殺しあうとは馬鹿な連中だぜ」
「予想以上に強くなっちまったのだろう」
「生き物を完全にコントロールすることなどできはしないのさ」
皮肉な状況にガイゼルたちも眉をひそめた。
「あそこはヤーグルの籠罠の場所・・・いってみる必要がありそうね」
「討って出るか!?エミー殿」
チーム・エドワードが集まる。
「今がチャンスかも知れない」
「私もそう思う、王家禁軍が到着するにはもう少しかかるだろう、ラングドトンの戦力を削るなら今だ」
エドも同意する。
「決まりね、討って出よう!」
強い言葉だけれど、その声は静かだ、戦闘への恐怖も高揚もない。
教会の守備をマックスやアオギリたちに任せるとエミーとチーム・エドワードは馬を駆り再度、森の籠罠に向かった。
林道に不似合いな黒く大きな馬車が停車していた、四頭立ての引き馬車はミストレス・ブラックパールの物だと一目で分かる。
「あれは本人が乗っているのか!?」
「間違いない、公爵本人が来ているぞ」
「ヤーグルが逃げたぞ!手傷を負ったのか?」
そうしているうちに籠罠から騎兵たちが逃げ出してくるように出てくる、数は二十騎というところだろう。
「ヤマさんの報告よりずいぶんと少ないな」
「ヤーグルたちと潰しあってくれたのか、好都合だ」
「油断するなよ、ラングドトン騎兵の銃は強力だ」
「!!気づかれたぞ」
「役者は揃ったようね、クライマックスの舞台へ案内するわ、みんな手筈どおりにお願いします」
「ああ、承知した!エミー殿、無茶はしてくれるなよ」
ガイゼルが先頭で走り出す。
「危なくなったらバックレちまいな、後は何とかしてあげる」
ジュン少尉がウィンクを残して別方向へと馬を駆る。
「命は一つだ、大事に使えよ、また会おう!」
モリスも果たすべき役割に向けて駆けていく、エミーは信頼の目で見送りながら嘘の笑顔で答えた、場違いだったかもしれないがチームプレーをしたことがないエミーには答え方が思いつかなかった。
最後にエドワードが残った。
「エミー殿・・・もう一度心からの感謝を言う、ありがとう、貴方がいなければ私は人生を失っていた」
「おおげさね、誰のためでもない私は自分が望んでここにいる」
「分かっている、それでも貴方は恩人だ、この戦いが終わったら改めて礼をしたい」
「私には必要ないわ、でも師父の東郷塾に支援をして貰えたら嬉しいな、貧乏なんだ」
「お安い御用だ、こう見えても次期国王だからな、任せてくれ、それにエミー殿も王宮に席を用意する、一緒に国を創らないか」
「買い被りすぎ、何より皇后と同じ顔の人殺しが同じ国にいるわけにはいかない」
「まて、ではこの国を出ていくというのか!?」
「フローラの安全を見ることができたなら・・・ね」
ヒヒーンッ ミストレス・ブラックパールの黒馬車が動き出した。
「話はここまでね、行くわ!」
「エミー!!」
馬上でエドがエミーの腕を掴んで引き寄せると、その細い身体を引き寄せ抱きしめた。
「!?」「エド・・・」
「エミー、死ぬなよ、必ずだ!」
「・・・ええ、ありがとう」
木漏れ日の中に重なった二人の影は一瞬の緑と光の中に溶けて姿を消した。
バロネス・フローラの影は林道を上流に駆けて行く、冒険者たちは見えない。
脇を流れる渓谷の増水した川音が大きくなる、逃げる影が渓谷の淵に向かって駆け下る。
細長い河原、桑の葉がトンネルを作っている、ミストレスの馬車は通ることが出来ない。
トンネルの向こうに見える白い岸壁が正面に立ちふさがり、岩を割ってドオドオと飛沫を上げて滝が太く重く濁った水を落としている。
「馬鹿め、行き止まりだ」
「追い詰めろ!!」
騎馬兵が後を追って坂道に入った、その時バキバキと音を立ててトンネルを押し潰して木が倒れてくる。
「うおおおっ!?」
ドオォォォンッ 狙いすまして倒された木は騎馬兵を飲み込んだ。
幹に挟まれ枝に打たれて馬上から落下した兵士は戦闘不能に陥る、バキバキバキッ、倒木は連続して騎馬兵を襲う。
「ミストレス!!危険です、馬車から降りた方がよいでしょう」
「罠ね、やるじゃないバロネス・フローラ、いいでしょう、乗ってあげるわ」
ミストレス・ブラックパールは慌てることなく纏っていた黒いドレスを脱ぎ棄てる、その下に現れたのはやはり真っ黒な革製のボンデージスタイル、ライフルと鞭を手にゆっくりとリブローの差し出した手を取りながら馬車を降りた。
バクラリが引いてきた馬に、リブローの肩を踏んで跨る。
「小癪な小娘、私はこんなところで躓くわけにはいかないのよ、追い詰めてみせるわ」
三人はトンネルを迂回して滝の河原を目指した。
誰もいなくなった馬車の屋根にポタポタと赤い雫が落ちた後にドズンッと屋根を凹まして黒い塊が降ってくる、ヤーグルだ。
機会を伺う魔猿熊は熊の兜を取り去ると、より醜悪な青と赤の縞模様を晒している。
オッオッ 器用に馬車の扉を開けて中を物色する。
小さいが光る棒を見つけた、王が持つには小さいが仕方ない。
あいつもいた、顔を覚えた人間の女、八つ裂きにして食ってやる、俺を刺していた男も全員殺す。
ギャギャース この森を王は俺だ、もう誰にも奪わせない。
部下たちは散り散りに逃げた、人間たちを全員殺してもう一度楽園をこの森に取り戻す。
赤い目に狂気の怒りを充満させて魔猿マンドリルのヤーグルは自分の腕から流れる血を舐めた。




