成り行き
「うるさーい!!一体なんの騒ぎなの!?」
「!!」
玄関正面の大階段に仁王立ちのバロネス・フローラが現れた。
「ああっ、フローラ様ご無事だったのですね」
「ホントだ、フローラ様だ」
珍しく不機嫌そうなフローラに押し掛けた住民たちは以外だという顔になった。
「!」フローラ役を演じているエミーは住民たちの空気を素早く読み取る、この口調はフローラらしくなかったようだ。
「怒鳴ってごめんなさい、ギルドの件でイライラしてしまって」
即座に口調をワントーン柔らかくして階段を降りると住民の前に立った。
「夕刻に銃声が聞こえて、その後フローラ様たちが早駆けしているのを見たっていうので、てっきり怪我でもなさったのかと」
「そいで森の道に血だまりがあったんじゃ、だれかが争ったあともあったらしい」
「ああ、あれは森の中に狼らしき動物が見えたのでアンヌが脅しで一発撃ったのよ、驚かせてしまってごめんなさい、でも血だまりって言うのは分からないわ」
「いや、謝らんでください、儂らはフローラ様がご無事ならそれでええです」
「てっきり怪我でもなさったのではと慌てて飛んできたんです」
「心配してくれてありがとう、でもこの通り何でもないわ」
一瞬しか見ていないがフローラの笑顔を思い出す、口角を上げながら目を細めながら笑う。
「イライラなさっても当然じゃ、ギルドの連中も忠義を忘れおって、許しがたい事じゃ」
「フローラ様、やはりここは皇太子様にお会いになってみてはいかがでしょう、きっと良い方向に取り計らっていただけるのでは」
詰めかけた住民たちの奥に違和感のある連中がいる、農夫でも猟民でもない、雰囲気か違う。
「みなさん夜道は危険です、そろそろお帰り下さい」
アンヌも降りてくると住民の話を遮り解散を促した。
「今後の事は明日以降にでもまた話し合いましょう、今日は私も疲れました」
「そうじゃ、これは失礼した、皆フローラ様に心配をかける前に引き上げよう」
年嵩のゴドー爺の発声で住民たちはようやく領主館を後にしていった。
「ふうっ、誤魔化せたかな」
「はい、疑っていた人はいないと思います」
「いや、あそこで話を切ってくれて助かった、ぼろが出ずにすんだ」
大階段に座り込んだ、輸血のせいで立ち眩みがひどい、血が下がっていくのが分かる。
「大丈夫ですか、酷い怪我の上に輸血まで、あなたはムートン家の恩人です」
「成り行きさ、畏まることはないよ」
「まだ、お名前さえ伺っていませんでした、教えていただけますか」
そうだ、お互いの名前さえ知らない。
「ああ、俺はエミリアン、エミリアン・ギョー・東郷、流れ者の冒険者だ、こんな見てくれなのでエミーと呼ばれている」
「本当に男性なのですね、声までフローラ様そっくりなんて・・・神がムートン家の危機に遣わしてくださったのでしょうか」
「どうかな、神か悪魔か、誰かの悪戯だ」
「私はムートン家にお仕えしているヴァレット・メイドのアンヌ・マリと申します、治療していた執事がハリー・エドモンドです」
「フローラを襲った連中に心当たりはあるか?」
「大体は・・・ランドルトン公爵の息のかかった者でしょう、雇われた殺し屋か私設軍隊、そんなところだと思います」
「何が目的なのだ?」
「あのムートンの森で硝石が発見されたのです、王家も公爵家もそれが欲しいのです」
「硝石か、爆薬の材料だな、今は誰も欲しがっている」
「男爵様は採掘に反対しておられました、そこへ魔獣騒ぎ、タイミングが良すぎます」
「一つ気になることがある、さっき爺さんの一人が街道に血だまりがあったと言っていた」
「それは貴方が切り捨てた者たちの血ではないですか」
「死体はどうした?(四人の死体があった)ではなく血だまりがあったと言った、誰が死体を片付けた?」
「そう言えば確かに・・・変ですね」
「あの短時間に四人の遺体を隠した者がいる、四人の仲間だったとしたら、追撃してこないのは変だ、それに、さっきの村人の中に変な連中が混じっていた、恐らくどちらかのスパイだろう」
「やはり、魔獣なのかもしれません」
「本当に存在すると思うのか」
「男爵様の遺体を見ました、殺して内臓を持ち去るなんて人のすることではありません」
黒髪を結って綺麗に束ねた顔は何処か異国的だった、眼鏡の奥に隈が出来ている。
「襲撃犯の中の銃を持った男、あれはお前が撃ったのか?」
「・・・そう、私が・・・撃ちました」
その文字を言葉にする唇が震えている。
「いい判断だった、あいつが生き残っていたら今は無かっただろう」
「初めて人を殺しました・・・」
エミーはアンヌの葛藤と恐れを感じた、主人を守るための明確な戦い、殺そうとしてきた相手を返り討ちにしたことに何を後悔することがあるのか。
自分が人殺しになった恐怖はアンヌの心を修復出来ないほどに抉っている。
自分に決定的に欠如しているもの、どんな時も冷静さを失わない心の替わりに失ったものだ。
「君は・・・アンヌは殺していない、あの時やつにはまだ息があった」
肩に手を置いてやると震えが伝わってくる、やはり止めを刺しておけば良かった、殺したのは俺だと言ってあげられた。
「あなたは優しい人なのですね」
「・・・」
優しい?俺は単なる嘘つきだ。
見知らぬ階段の下、やっと一日が終わろうとしていた。