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泣き鈴

 マンバとシファの二人はムートンのマナーハウスの裏山に息を潜めて近づいていく。

 もう日は高く上り、ハウスの中からはメイドたちの声が漏れ聞こえてくる、まるで台風に備えるように窓や戸を閉めて板を当てる作業をしていた。

 「マンドリル襲撃に備えているのか」

 窓が塞がれてしまっていて中の様子を伺うことは出来ない。

 「あれじゃ探りようがないね、近づいてみるかい」

 「ああ、ここで待っていても拉致があかない、メイドを一人攫って尋問しよう」

 「まさか殺そうっていうんじゃないだろうね?」

 「俺はムトゥとは違う、必要以外の殺しはしない、それはリスクでしかないからだ・・・しかし必要なら容赦することはない」

 本業は猛獣相手の狩人であり命を奪うことに罪悪感を持たない、それは対人でも同じだ、黒目に埋まった小さな目からマンバの本心を伺うことは出来ない、冷徹で物静かな狩人は一見暴力的ではないが、その牙には猛毒を持っている。

 「ミストレスは簡単に人を殺し過ぎるよ、この国を転覆させたって国民が入れ替わるわけじゃない、これでいいのかね」

 「復讐に染まった女は怖いものだ、同性のお前の方が理解出来るんじゃないのか」

 「難しいね・・・でも私なら悪魔に魂をうるような殺しはしない、故人が喜ぶとも思えないし復讐対象は個人レベルになるのが現実的だと思う」

 「俺もそう思うが、それは個人の自由だ、俺達は狩人、神父でも聖女でもない、説法は必要ない、狩るべきものを狩る、そのために必要な仕事をするだけだ」

 「まあ私も偉そうな事は言えないけど、いっぱい殺しちゃっているからね」

 「くっく、そうだなナヴィア・シファ、爆薬の神、お前の殺し方が一番残忍だ、その背の爆薬で何人を肉片に変えられるのだ」

 マンバはシファが背負っている革製のランドセルを見て笑う。

 「私は殺し屋じゃない、元々は花火師なの」

 「花火を武器として人を殺めたなら立派な殺し屋さ、言っておくが誉め言葉だ」

 「そんな大層なもんじゃないよ、単なるびびりさ」

 シファは元からバクラリの狩猟チームに所属していたわけではなく昨年からスカウトされて合流した女だ、元は宮廷花火師として働いていたが、ミストレス同様にドーハの悲劇で夫を亡くしている、復讐の意志と爆薬の取り扱い技術を認められてチームに入隊した唯一の女性だった。

 シファの使用する爆弾は手榴弾、外郭の内側に釘や可燃物を仕込み、爆発と同時に周囲に打撃を与える強力な殺傷力を有している。

 「ムトゥといえばどうしているのかね、接触もしてこないし気配もない」

 「一週間近く連絡がない、死んだか逃げたか・・・無事ではおるまい」

 「心配じゃないのかい、付き合い長いのだろ」

 「関係ない、奴は狩人というより芸術家だと常々自分で謳っていた、いつかはしくじるだろうと思っていたが、今回だったということだ」

 「芸術家ねぇ、ただの変態だよ」

 「奴は戦力から除外して事を進める、まずはマナーハウスの別棟から確認していくぞ」

 「あいよ、旦那」

 二人がボサを掻き分けて静かに下り始めて直ぐに脛に僅かな抵抗を感じた。

 チリンチリーンッ 涼やかな鈴の音がハウスの方向から聞こえる。

 「!!」「これは!?罠!」二人同時に見た足元にはシルクの細い糸が張られている。

 ヤマさんの警戒網に二人はかかってしまった。

 「やばい!!退こう」「待て!」

 シファが慌てて身を翻すのをマンバが止めてその場に伏せる。

 パアッンッ パアッン パアッンッ マナーハウスの二階からの銃撃。

 バシュ ババシュンッ ボサを揺らす着弾は離れている、こちらの位置が特定された訳ではなさそうだ。

 「迂闊に動くな、こっちの位置までは見えてはいない」

 「あぶない、流れ弾を喰らうところだ、毎度すまないねぇ旦那」

 「これで確定したな、この警備体制、フローラ譲はここにいる、いま岩人の里にいるのは別人だ、影武者がいる」

 

 三発を目印の高さかに撃ち込んでバレットメイドのアンヌと聖女グラディアは射撃を止めた、次の鈴は鳴らない、敵は降りてきていない、上方向に退避したかその場に留まっているに違いない。

 「動きませんね」メイドとはいえアンヌの肝は据わっている。

 「そうですわね、慌てて木々を揺らしてくれれば位置を特定できますのに、なかなか油断ならない相手のようです」

 話しながらマスケット銃に次弾を装填する手際は二人とも慣れている。

 「でもエミーさんの予想通り相手は少数、今のうちに次の行動に移りましょう」

 「ええ、足止めはヤマさんに任せておけば間違いありません」

 聖女グラディアとアンヌは服を乗馬服に着替える。

 「フローラお嬢様、大丈夫ですか」

 部屋には同じ色合いの乗馬服を着た三人がいた。

 「大丈夫、任せて」

 コンッコンッ 扉がノックされてバトラー・ハリーが顔を覗かせる。

 「皆さま、馬の用意が出来ました、ご準備はよろしいですか」

 「出来たわ、出陣します」

 腰にレイピアを吊るしたフローラを先頭に部屋を出る。

 「ハリー、留守をお願いします、でもランドルトンの兵士がきたら御廟通路を使って戦わずに逃げて、皆の命を優先して」

 「承知いたしました、フローラ様こそご無理をなさらず・・・ご武運を」

 「ありがとう、必ず戻ります」

 

 シュカッ カッカッ 森の中から星形の刃物が飛んでくる、ブーメランのように弧を描いて飛んでくるため軌道が読めない、マンバとシファは動けずにいた。

 「くそっ、何処から攻撃してきているのだ!?」

 「方向が掴めない、見たことない武器だ」

 シュルルルルルッ カッ 縦カーブしてきた刃物がシファの眼前の幹に突き刺さる。

 「ひっ!」

 着弾が確実に近づいてきている、こちらの位置を把握されつつある。

 攻撃の主は当然ヤマさんだ、裏山から斥候が来ることをエミーは予測していた、ハウスが見渡せる高木の上にヤマさんを潜ませ、泣き鈴の罠を張り巡らしてある。

 上から見下ろしているとはいえ二人の姿をはっきりと捉えることはできていない、僅かな話声やボサを踏む音を頼りに手裏剣を投げ降ろす、今だに手ごたえはない。

 「これでも動かんとは・・・なかなかやるわい」

 見つかれば樹上の方が動けない分不利だ、忍者とはいえ猿のようなわけにはいかない。

 手裏剣の軌道を読まれないように一投ごとにカーブの確度を変える。


 ダカカッ マナーハウス正面から三頭の馬が走り出していくのが裏山からも見えた、駆っていったのはフローラたちだ、向かった先はニースの港、ミストレス・ブラックパールが乗り付けた新型動力戦艦が停泊する港、王軍に対して援軍を皇太子エドワードは要請していたのだ。

 総勢五百以上の騎兵が五隻のガレオン船でやって来る、フローラたちは騎馬兵の誘導のためにニースに馬を走らせた。


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