籠罠
里の惨劇を知らないエミーたちチーム・エドワードは、その朝早くにマナーハウスを岩人の里に向けて出発した。
フローラ護衛のため聖女グラティをマナーハウスに残し、ヤマさんはエミーの密命を帯びて既に移動いている。
エミー、エド、ガイゼル、モリス、ジュン少尉の五人にマックス達自警団の五人、十人が岩人の里に伸びる林道を馬でゆっくりと周囲を警戒しながら登っていく。
朝霧が濃い、鳥や虫たちも息を潜めて森は不気味なほどに無音だ、馬の蹄の音だけがことさら大きく聞こえて別世界に迷い込んだような錯覚に陥る。
この朝は何かが違っている、不吉な予感を全員が感じていた。
「今日の森は様子がおかしい・・・」
マックスが不安に耐えかねたように声にした。
「ああ、静かすぎる、森から命が逃げ出したようだ」
エドも同意した。
「待て!止まれ、何か来る」
聴覚に優れたモリスが近づく異音に気付くと腰のナイフに手を伸ばした、緊張が高まる、ほどなく蹄の音が聞こえ赤鹿のシルエットが霧に浮かび上がった。
岩人の里から急報を抱いた伝令だ。
「ああっ、フローラ様!!」
「あなたは里の方ですね」
霧の中を全力で駆け降りてきた伝令の若い男の顔は蒼白だが額には大汗を光らせている、ただならぬ気配に里に異常事態が起きていることを全員が察した。
「なにがあったのですか!?」
「里が・・・岩人の里が魔猿熊ヤーグルの群れに襲われています、既に犠牲者が!!」
「!!」
サイゾウは魔猿熊ヤーグルが五棟目を襲撃しているところに駆けつけた、ヤーグルは首を落とした遺骸を抱えて森に帰ろうとしていた。
大鎌を持ち二足歩行で歩く様は異世界の魔獣そのものだ。
「!!」あまりの不気味さにサイゾウたちは尻込みする。
ギャッギャッギャッ
立ち止まったサイゾウたちを嘲笑するようにヤーグルも立ち止まる。
オッオッオッ ホーホッホー 小猿たちが襲撃した住居からわらわらと湧き出してくる、犠牲となった首の無い人間を引き摺っている。
「こっ・・・の悪魔がー!!」サイゾウ達が一斉に剣を抜いて切りかかった。
ギャースッ 魔猿熊ヤーグルの一声で猿たちはサイゾウたちとは対峙せず、遺骸を引き摺ったまま一斉に森へと退却を始める。
「逃がすか!」「待てやゴルアァッ!」
ザザザッ 猿たちはヤーグルを先頭に三角形の形を保って走り去る、訓練された動き、野生の本能に任せた動きでは無かった。
怒りに染まり視野の狭まった状態のサイゾウたちにその危険性は測れない。
猿たちがナイフを扱っていること、訓練された動き、まして罠を仕掛けようとしている事、恐怖を感じていても自分達よりも知能が劣るという侮りがある。
追う立場になった時、今まで襲撃されていた事実、狩られる側だった事実を失念する。
行き止まりの壁に打ち捨てられた首無しの遺骸を見た時にサイゾウは罠だと気づいた。
「しまった!!罠だ!」
「!?」
サイゾウの叫びを仲間たちは最初理解出来なかったが、先頭にいた男に木杭ジャベリンが降り注ぎ、断末魔を上げる間もなく串刺しとされるのを見てようやく自分たちの窮地を理解した。
「引き返せ!」
ズドンッ 後方の高台にもジャベリンの射場が作られている、退路を塞がれた。
「くっ」サイゾウは迂闊さに歯ぎしりするが遅い、盾もなく上方からの攻撃を防ぐ手立てはない、いつかフローラが言っていたのを思い出した、空からの攻撃の脅威、小さくていいから必ず盾を装備しろとアドバイスを受けていた。
ズドドドッ 「ぎゃああああっ」 また一人仲間が串刺しにされた、オッオッオッ、猿たちが笑っている、手を叩き奇声を上げ楽しんでいる。
「無念・・・すまん、アオギリ・・・」
膝をついて諦めの祈りを捧げようとした。
バヒュッ ヒュッ ガスッ ギャワワワワッ ドスンッ
射場にいた猿が地上に落下した、その胴体から矢が生えている。
「これはっ!?」
「サイゾウさん!こっちよ!」
「フローラ!!」
チーム・エドワード 大型の盾を二つ傘にして進んでくる、ジュン少尉はさらに後方の死角にいる、バヒュッ 空気を切り裂き飛翔する弓は木々を縫って射場の猿たちを襲う。
「援護する、盾の後ろまで引くんだ!」
モリスの強肩が盾の間から手裏剣を飛ばす、道具はヤマさんから教えられたものだ。
百キロを超える速度で着弾した手裏剣は猿の肉を深く抉る、射場は大混乱に陥りもはやジャベリンを投擲するところではない。
右往左往しながら我先に射場を離れようと崖の奥へと飛び出した。
ギャアアアアアアースッ 魔猿熊ヤーグル怒りの雄叫び、逃げるな!戻れと言っているようだが恐怖に駆られた猿たちは最早収集が付かない。
偽フローラのエミーが小盾の内側に仕込んだマイクロボウガンを引く、狙いはヤーグルだ、遠いが届かない距離ではない。
ヒュカッ シュンッ ジュン少尉の大型コンパウンドボウと違い威力は小さいが、放たれた矢は山なりの弧を描きヤーグルに吸い込まれる。
ヤーグルは矢の飛来を感じ取り、近くにいた猿を掴むと盾代わりにした。
ゲゲッ 首を掴まれた猿が藻掻く、トスッ ギャワワワッ エミーの放った矢は猿に浅く突き刺さる。
ギャースッ ヤーグルの目がエミーを捉えた、顔を覚えた。
グギャッ ゴギャッ 射られた猿が藻掻き始めると直ぐに泡を吹いて動かなくなる。
毒だ、スイセン等ではない、即効性の猛毒が矢には仕込まれている。
ヤーグルは危険を感じてその場を飛びのく、ヒュンッ 二撃目が通り抜けて後ろにいた猿に当たると即座に失禁と意識障害を起こして墜落していった。
エミーが使用した毒はテトドロキシン濃縮液、フグから抽出した猛毒、人の場合0.05mgで死に至る、毒性は青酸カリの一千倍に相当する凶悪な毒だ。
あの人間は危険だ、本能が警笛を鳴らしている。
コアッアアアーッ 退却だ、全軍退却しろ!ヤーグルは力の抜けた猿を盾にしたまま後退して森の中に消えた。




