惨劇
ギャイギャイッ キーキッキッキッ ザアッ ザアアアッ
ムートンの森深く、高い木々の枝を揺らしながら獣の軍団が登っていく。
先頭にいるのは魔猿熊ヤーグル、ヒグマの兜を被り大鎌を持って軽々と空中を渡っていく姿は猿でも熊でもない別種な何かだ。
まだ明けきらない暗い未明、岩人の里の端にある一棟が狙われた。
岩穴を居としている岩人は洞窟に木組みを入れて生活空間を作っている、換気のための高窓から最初の猿が侵入すると扉の鍵を開け放ち狩人となる刀持ちの猿たちを誘導する。
ガタッガタッ バンッ ガシャアーン。
「なっ、なんだ!?」
寝静まっていた家人は突然の侵入者に飛び起きたが遅かった、既に十数匹が侵入して弱い女、子供を標的にして狩りを始めている。
ギャアアアアアッ ウワワワワワッ ヒイイイイイッ
洞窟の中、悲鳴と獰猛な唸り声が交錯する。
ガシュッ ドタッ ドシュッ ドタッ 何かが落ちた音、護身用の剣を取り家長の男が居間に飛び出した時に見た地獄の光景。
寝室から追い立てられた妻と子供たちは既に殺されていた、胴体と首が離れてしまっていた、何かが落ちた音は首が落ちた音だった。
「はっ・・・!?!?」なんて悪い夢だ、最愛の家族、あと数か月で新しい家族も増えるはずだった、恐怖と驚愕を張り付けたままの妻の顔と目が合った。
グルルルルルッ 熊かと見間違う巨大な黒い塊が男に振り向いた、その手は首のない妻の身体を脇に抱えている。
小さな目が赤く光り嗤っていた。
血の匂いが鼻腔から肺に流れ込んでくるとともに怒りが沸き上がる、スラッ ガタンッ 剣を抜くと鞘を投げ捨てる。
「キィッサァマアァァァァァァーッ!!!!」
悪魔に向かって突進した男の足を小猿が掬う、バシュッ 小猿のナイフが脛を切る、前のめりにつんのめったところに魔猿熊の鎌が後頭部に振り下ろされた。
ガシュッ 床に縫い付けられた男は断末魔の痙攣の後動かなくなった。
ギャーギャースッ(デカくて硬いのは不味い、小さいのと柔らかいのだけ持っていけ)
ヤーグルは部下に指示を出す、もう少し狩って行く、獲物は先に運ばせる。
数分の出来事、ヤーグルが次の洞窟住居を目指して扉を出た時にまだ岩人の里は静寂に呑まれている、感づいた者はいないようだ。
オッオッオッ(次にいくぞ!)
朝靄が立ち始めた白く美しい世界に悪魔の群れが黒い帯となって岩人の居を襲う、四軒目が襲われたころになって里は異変に気付き始めた。
キャアアアアアアアーッ 恐怖に満ちた金切声が里に響き渡る。
「何事!?」 アオギリは寝巻のまま外に飛び出した、声は谷の奥の方から聞こえた。
周りの洞窟住居からも家人たちが顔を出したり、中には既に武装している者もいた。
ダカッダカッダダダッ 蹄の音共に里の青年たちが馬を駆ってやってくる。
「アオギリ!」「サイゾウ!何があったの?」
「詳しくは分からん、奥の集落が何かに襲われている、知らせに来た子供も重症だ」
「まさか!?フローラが言っていた魔猿熊ヤーグル!!」
「分からんが、アオギリも武装しておけ、緊急事態発令の鐘を途中で鳴らしていく、戸を閉めて警戒だ、誰も外に出すな!」
そこまで言うとサイゾウは手綱を引いて仲間たちの後を追っていった。
朝靄がサイゾウたちを飲み込んでいく、いつもなら朝靄を山から降りてくる清廉な空気が押しやり天空から朝日の梯子が伸びて一日が始まる。
白い朝靄がいつまでも晴れる事無く、どす黒い煙となって里を飲み込んでいくようだった。
「ちくしょおぉ!!返せ!娘を返せ!!」
森の中を男は猿に連れ去られた娘の遺骸を追って走っていた。
既に殺されているのは分かっている、首だけが部屋に残っていた、一瞬だった、悲鳴を聞いて駆けつけた時、既に惨劇は過ぎていた、ベッドに残った頭と胴体部分を抱えて出ていこうとする猿たちを見た。
絶望が視界を塞ぎ、包丁を持って娘の遺骸を追いかけた、途中で数匹が合流してくる、同じように首のない子供を抱えている。
ガササササッ ガササササッ 下草を掻いて藻掻く様に走る男を嘲笑うように猿たちが上へ下へと飛び移りながら森の奥へと誘う。
どの位追いかけたのか、暗闇の中、何度も転倒しながら追いかけた。
絶望が時間を取り払い、憎しみと哀しみが男を突き動かして足を止めさせない。
視野が狭まり、思考は停止していた。
「はっ!?」
行き止まりの壁に遺骸が放置されていた、男は持っていた包丁も投げ捨てて無残な姿の娘を抱え上げると、悲痛な泣き声が慟哭となって天を突いた。
ギャッギャッギャッ オッオッオッ 慟哭につられたように悪魔の声が輪唱する。
ガヒュッ ドシュッ 「がっ!!」
男の背中を貫いたのは枝を折って作られた槍、先端が鋭く削られている。
ウッド・ジャベリン、原始的な投げ槍だ、猿たちは囲い罠の上に足場を作り、投擲場所としている、手製のジャベリンが積まれていた。
「ゴフッ」二投目の命中を待たずに血を吐いた男は遺骸を抱いたまま絶命して地に伏せた。
キーキツキッキッ バンバンバンッ 歓喜の声と手を打ち鳴らす音が響く。
(ボスの言った通りになった、狩りは成功だ)
遥か原始の頃から人間たちがそうしてきたように猿たちは手を叩き、そして突き上げて歓喜した。
森の王を屠った軍団にとって人間は貧弱で容易い獲物だ、数も沢山いる。
群れのナンバースリー、灰毛の雄は大岩の影からこちらの様子を伺う気配を感じて単独で気配の後ろに回った、人間だ、二人いる。
黒衣を纏った二人は雄か雌か分からないがそこそこに大きい。
(仕留めてやる、ボスから貰った光る棒は三番目に大きい、俺は強い)
ナイフを口に咥えて慎重に枝の上を移動し距離を詰める、やつらの真上に来てからナイフを握った、急降下攻撃だ。
今まさに踏み切ろうとした時に黒衣が顔を振り上げた、その顔は蛇、毒蛇だ。
フードの中に冷たく光る双眸、チロチロと赤い舌が覗く。
フシュッ 赤い舌から音がした!プツッ チクリと棘が口元に刺さった。
なんだと思った瞬間に息苦しさを感じた、空気が通るはずの喉が何かがひっかかったように詰まる、息が出来ない。
カッハッ ドスンッと着地はしたが苦しさが増していく、ゲッゲッケッ カッ
吐くことは出来ても入ってこない。
傍に立っている人間たちは動かない、俺は既にいない事になっている。
ふざけるな!喉を掻きむしり、いくら口を大きく開こうと息は出来ない。
バタバタと断末魔の痙攣を残してナンバスリーの意識は暗闇に呑まれた。




