男性?
「そんな積りはありません、この確認は殺された子爵家の者にフローラ様が逆恨みされないように私が知っておかなければならない事だからです」
「当然だ、あの子爵の変態ぶりは俺たちでさえ知っていたほどだ、禁制の麻薬も取り扱っていた噂もあったが一応は貴族、王家としても正面から逮捕することも出来ずにいたところだ、殺されても仕方のない奴だ」
ガイゼルは些末な話だと事もなげに言う。
「まだまだ国内の統治は不十分、我々の監視が届かないところに法を無視する権力者は多い、この国を良き方向に導くためにもフローラ様を王家に迎えたい、今の状況を打破するためにはエミー殿の力が絶対必要だ、変態子爵の事などで罪を問う積りは毛頭も無いとフローラ様に誓う」
エドが胸に手を当てて片膝を地につけた。
「放っておくと不幸な話がこの国を埋めてしまう、そうならないために現国王はクーデターを起こして国を建てた、でも一斉に世の中は変わらない、まあ、自分と自分の手の届くところだけでも正していくしかないさね」
ジュン少尉たちはエミーが測っていることに気付いても武器に手を伸ばすことも立ち上がることもしなかった、反撃の意思はない。
「でもおかしいな、あの子爵は男色趣味だったはずだぜ、両刀だったのか」
「モリス!また下品なことを言って、エミー殿に失礼です」
「いや、俺はそんな積りじゃなくてだな・・・」
「その通りさ、もう隠しておく必要はないな、女言葉からも少しは解放される」
エミーが髪をかき上げて後ろで結んだ。
「モリスのいう通り、あの子爵は男色だった、だから狙われた、私が男だから」
「!?」
全員がポカンと口を閉じることを忘れてエミーを見つめた。
「エミー殿が男?いやご冗談を・・・えっ、本当に!?」
「本当だ、私の本当の名前はエミリアン・ギョー・東郷、男性だ」
「信じられん・・・」
「知っているのはフローラとアンヌ、ハリー執事とメイドのロゼだけだ」
「確かに女のあたしが嫉妬するほどの美貌、苦労したね、あんた」
「まあ、利することもある、華奢な女と侮ってくれる」
「エミー殿には驚かされてばかりだ、だがそれは関係ない、我々はムートンの森に集いし同志、ここからが正念場だ、よろしく頼む」
最後はエドが頭をさげた。
「こちらこそ、でも暫くは女のままでいくわ、影武者は終わっていない」
「今打ち明けてくれて良かったよ、もう少し一緒にいたら口説いてしまいそうだ、万が一にエドが押し倒していたら如何するつもりだったんだ」
「フローラには首を折れと言われていたよ」
「はっはっは、良かったなエド」
「そんなことはしないぞ、馬鹿にするなよモリス」
「そうだよ、女の方から寄ってくるエドはあんたとは違うさね」
「ちぇ、なんだよ、結局俺でオチか」
告白の森は穏やかに日を傾けていった。
ラングルトン領の造船所では蒸気機関を備えた外輪付き戦艦が出航の時を待っていた、黒く塗られた船体に赤い薔薇が描かれている。
ブラック・ローズ号と名付けられた戦艦は王家の目を盗み、密かにこの小さな港の造船所で建造されていた、喫水が浅く背の低い動力船だからこそだ。
ラングドトン公爵家は最新鋭の動力戦艦を旗艦とした艦隊を持つことになる、その兵力は国王軍に対して互角以上になったと言える。
港は慌ただしく燃料となる石炭、飲食料、空樽を荷役夫たちが積み込み作業で行き来している。
巨大で無骨な外観の黒船には随所に鉄製部品が使われ見るからに戦艦と言えた、帆船のような優雅さや気品は微塵もない。
本来は公爵といえど持つことが許されない戦艦、その機動力と火力はこの時代において最強の武器、動力船の登場により大航海時代が過ぎ去り海は狭くなりつつある。
海を制した者が国を、世界を制する。
ブラック・ローズ号の甲板の上に豪華な籐の椅子が置かれ、ミストレス・ブラックパール、ランドルトンの女公爵セオドラ・センテナリオ・ランドルトンがいつも通りの漆黒のシンプルドレスを纏い、細い葉巻を燻らせている。
日傘を持ったリブロー執事と黒衣の狩人バクラリを従え、新任のブラック・ローズ号艦長を前に船の中央に立つ煙突を見上げていた。
「随分黒い煙を吐くのね」
仮運転で石炭を燃やしている船の煙突からは黒い煙が棚引いていた。
「マイ・ミストレス、何分燃料が石炭なものですから黒煙は仕方ありません、ですがスピードは出ますぞ、今までの帆船は到底追いつけないでしょう」
「そう、大砲の方はどうかしら」
「問題ございません、既に砲弾や火薬も搭載いたしました、ムートン産の硝酸で精製出来ればベストではあったのですが従来品でも十分な飛距離をお約束できます」
「頼もしいわ、私、海の男って逞しくて好きよ、頑張ってね艦長さん」
「はい!ミストレスのご期待に添えるよう努力します」
「ありがとう、では早速試験航海に出かけましょう、ムートンに近い港町まで行って直接硝酸を積んで帰ってくるの、お願いできるかしら」
「ムートンに近い港街、ニュイ辺りがよろしいでしょうか、港は浅いですがこいつなら川でも登れます」
「うふふっ期待通りね、バクラリさん、採掘と運搬、それにムートン領殲滅のための兵士の準備は出来ているかしら」
「既に待機させております、こちらが付くころにはマンバたち先発隊の地ならしが終わっているでしょう」
「そう願いたいですわね、それでは明日出航しましょう、私も同行します」
扇子で口元を隠したミストレスの目は鋭く油断を見せない。
「御意」
青空に伸びる黒煙を潮風が攫っていく、その煙は復讐の毒となりムートンの森を汚そうとしていた。




