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スイセン

夜半までには五十人の騎馬隊全員に強烈な下痢と嘔吐の食中毒症状が出た。

 食中毒なのは確かだが原因は不明だ、使用した食材の中に腐ったものはなく、桶の水は沢から汲み置きしたもので使用前に異常は無かった。

 調理担当の新人二人も症状を訴えており意図的に毒を混入したとは思えない、調べようにも真面に動ける者はいない。

 「まるで素人だな、ピクニックにでも来たとでも勘違いしている、ここは戦場だ」

 マンバは騎馬隊の惨状を見て嗤った。

 「私もあの時にスープを飲んでいたらやられていたという事かい」

 シファが蹲り痛みに悶える騎馬兵たちを見て呟く。

 「いや、発症の時間からして昼食ではなく夕食の方だ、そしてこれは外部からの攻撃だ」

 「攻撃?王家派がこっちの動きを知って仕掛けてきたというの」

 「ああ、だが殺すつもりはないらしい、毒の扱いに慣れたやつだ、致死性の毒ではなく下痢・嘔吐までに抑えた毒を選んで使ったのだ・・・今の季節なら恐らくスイセンか」

 「スイセン?花のスイセンかい、食材には無かったよ、どうやって混ぜたのさ」

 「それは分からん」

 「騎馬隊はもう使えないね、私たちだけでいくのかい」

 「ああ、我々の任務はマンドリルにイエローアンバー(黄色の琥珀石)を食わせてバーサーカー(狂戦士)を取り戻させることだ、王家側の部隊と戦うことではない」

 「こいつらどうする?」

 「放って置く、我らが感知することではない」

 呻く騎馬隊をしり目にマンバは踵を返して自分のテントに戻っていった。


 マンバの予想どおり使用された毒物はスイセンの球根を煮詰めた物だ、アルカロイド系の毒は過熱しても壊れずに効果を発揮する、直接食べれば死亡することもある猛毒だ。

 エミーはスイセンの毒液を水桶の蓋の内側にしみ込ませた。

 桶に水を汲んで運ぶ際に零れないように蓋をして使用するのを見越してのこと、煮詰めた毒は蓋から溶け出して桶の水に移り、下痢と嘔吐を引き起こす、若く頑健な兵士たちなら死に至るまではいかないが一週間は苦しむことになる、当然戦闘など無理だ。

 ヤマさんが兵站馬車に放り込んだ一つの桶が騎馬隊ブラックパール・シェルの戦力を殺さずに奪った。

 シファは翌朝早く、近くの村まで医者を手配するため馬を走らせる、マンバは放って置けと言ったが苦しむ兵たちを見過ごすことは出来ない。

 走る山道の端に花の終わったスイセンの葉だけが揺れていた。


 魔猿熊ヤーヴルは日に日に鬱々が募るのを感じていた、乾いた欲望が欲している、あの黄色い液体だ、あれが欲しい。

 薬物の禁断症状、長期的にイエローアンバーを摂取していたため中毒症状を起こしている。

 気分が落ち込む、身体がだるい、牙を剥く力が失せていくようだ。

 あの水は黒衣の者が持っていた、先日食った男から匂いはしたが水は持っていなかった、手に入らないと思うと余計に欲しい。

 この森のどこか、いや森にはない、あれば匂いで分かる。

 人だ、人の近くにあるはずだ、大勢いるところを探そう、東の平地の村は刃物の匂いが濃い、危ない、西側の山奥にも集落がある、そっちならいいだろう。

 血走った小さな黒目が岩人の里に狙いを定めた。


 「エミー殿の策、見事に嵌りましたぞ」

 「ヤマさんのおかげです、ありがとう」

 スイセン毒の効果を見届けて帰還したヤマさんは感嘆と共に恐怖に近い感情に素直に戦果を喜べない。

 当初エミーは全員殺すと言った、その言葉には憐憫も一片の哀れみもない。

 五十人を殺すことに疑いを持つことなく毒殺を提案した、名乗ることも剣を抜くことも許さずに屠ることに疑いを持っていない、兵士一人ひとりは悪人でばかりではない、 フローラの影武者であることを告白したエミーは演技が薄れて本来のフレジィ・エミーが顔を覗かせている。

 エドが異を唱えなければ今頃五十人の命は消えている、殺さずに置いたことが良策だったのかは分からない、しかしその家族や恋人たち泣かずに済んだのは確かだ。

 「エミー殿、確認したいことがある」

 少しの緊張を見せながらエドが切り出した。

 「どうぞ」刀を鞘に納めながらエミーは振り向いた。

 「デル・トウローという男を知っていますか」

 スウッとエミーの目が細くなる、少しの沈黙。

 「ええ、デルは兄です、優しい人でした」

 「彼が子爵殺しで逮捕されたことも知っていますか」

 「子爵殺し?」

 エド以外の全員が驚いた。

 「知っています、自首したと聞きました、逃げてしまえば良いものを・・・」

 「子爵殺しって、三年前の変態子爵のことかい?」

 ジュン少尉の記憶にもあったようだ。

 「俺も知っているぜ、人食い子爵の事だろ、なんでも若くて綺麗な子供奴隷を買い漁って飼い殺しにしていた変態野郎、殺されて当然だ」

 モリスが唾を吐く。

 「そうだが、やはり殺しはまずい、一応は子爵、貴族階級でもある」

 ガイゼルは腕を組んで難しい顔をする。

 「それが何か?」

 目を細めたままのエミーの声は冷えている。

 「自首した犯人デル・トウローは軍船の永久漕ぎ手の罰を受けて出撃、遠洋でラングトトンの船と交戦して爆沈したようだ」

 「そう・・・ですか」

 沈んだエドの言葉に対してもエミーの返事に抑揚はない。

 「率直に聞きます、エミー殿は事件に関わっていますか?」

 エドの目が厳しくなる。

「ちょっとエド、それは失礼だよ、同じ孤児院だからって一括りにしてはいけないよ」

「いや、フローラ様と同じ顔を持つエミー殿の過去は重要だ、子爵の部下たちが顔を見ていればフローラ様を勘違いするかもしれん」

 「・・・なるほど、それはあり得ますね、あの時数人は逃がしましたから」

 「!!」「なっ?」「それじゃあ・・・」

 「ええ、私はあの場所に居ましたし、子爵の首を落としたのはデル兄さんではなく私です」

 「やはり・・・そうですか、報告にあった首の切断面はあり得ないほどに滑らかで検死した者も過去に見たことがないとありました、エミー殿の剣舞を見て確信しました」

 「理由を聞いてもよろしいか」

 「つまらない話です、子爵が欲しがっていたのは私です、デル兄さんはそれを阻止しようと動いていて逆に捕らえられた、私的に処刑されるところを私が逆襲して逃がしたのに・・・私に罪がいかないように自首して全ての罪を持って逝ってしまった、もう礼も言えない」

 「エミー殿を標的に?何故ですか」

 「もちろん性的な奴隷として、この顔のせいで何度も同じ経験をしました、最初の襲撃は十二歳の時、反撃して人を初めて殺したのが十四歳でした」

 「申し訳ない、王家を恨んでいますか」

 「地位を持たない者が奪われるのは世の常、でも私には抗う牙があった・・・どうしますか、エドワード皇太子、私を捕らえますか」


 エミーの目が間合いを測った、逃走か殺し合いか。


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