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水桶

 ムートンの森に接するフィーゴ子爵領陣地まであと一日、黒衣の狩人、マンバとシファは引き連れたランドルトン公爵家禁軍騎馬隊とは反りが合わない。

 ミストレスの庭を預かる者どおしだが基本的にライバル関係にある、隊の先頭に黒衣が居るのが気に入らないのだ。

 五十人を収容できる宿は少ない、ムートンの森まではテント暮らし、自炊が主だ。

 一緒に鍋を囲むことはしない、それぞれが別々に煮炊きをする、大人数の騎馬隊の方が必然的にメニューが豪華になる。

 マンバとシファは焼いた石の上に捏ねた小麦粉を乗せて焼いたナン擬きを、具のないスープに付けて胃に放り込む、塩味だけで旨味のない味気ない食事だがマンバは幼少からこればかりだ、肉があれば食べはするが基本的に興味がないのだ。

 比べ昨年隊に合流したシファは女でもあり粗末な食事に嫌気がさしている、横の騎馬隊を見れば具沢山のトマトスープにジャガイモと小麦粉を混ぜたニョッキを煮込んで、上に数種類のチーズまで乗せている、美味そうな匂いが鼻をくすぐる。

 「まったく嫌になる・・・こんなの食い物じゃないよ」

 シファのイライラも頂点だ。

 「なんのことだ?」

 向かい合っていたマンバが浅黒い肌に空いた小さな目を動かした。

 「毎日毎日この味の無いナン擬きであんたはよく飽きないね!」

 「毒は入っていないぞ」

 カブガブと汁気を吸っただけの白い塊を嚙みながら心底意味が分かっていない。

 「このナン擬きが不味いって言っているのさ」

 「美味い不味いは必要ない、食えればいい」

 爬虫類のように表情を変える事が無い、褐色の肌に開いた口中の赤さと異常に白い歯のコントラストが不気味さを煽る、マンバとは毒蛇、字名の由来は風貌からで間違いない。

 「話にならないね、あんたは酒も煙草もやらないだろ、いったい何が楽しくて生きてるのさ」

 「酒も煙草も生き物には毒だ、好き好んで毒を食う奴の方が異常だ」

 にべもない。

 「粗末な食事だな!それでいざという時に仕事ができるのか」

 腰を降ろした二人に高い所から声をかけたのは騎馬隊ブラックパールシェルのバイパー隊長だ、バイパーも毒蛇の意味を持っている。

 手には嫌みのつもりなのか湯気のたったスープを自分の分だけ持っている、差し入れに来たわけではないようだ。

 「提案がある、我らブラックパールシェルに道案内はいらん、これ以降、先頭は私が勤める、嫌だというなら別行動とさせて・・・」

 「分かった、我々は最後尾をいこう」

 バイパーの話が終わる前にマンバが答える。

 「あ!?そ、そうか、それならよい・・・」

 あっさりと引いたマンバの答えにバイパーは拍子抜けしたように立ち竦む。

 「まだ何か用か?」

 「ああ、いや・・・それだけでは寂しい食事だろう、良ければ進呈しよう」

 持っていたスープを差し出そうとした、シファが目を輝かせて受け取ろうとしたのをマンバが遮った。

 「結構だ、我々は間に合っている」

 「そうか、なら仕方がない、欲しくなったらいつでも来るが良い、捨てるほどあるからな、ヌハハハハッ」

 振り向くと大股で歩きながらスープを草むらにバシャリと撒き散らした。

 「ああ~っ、もったいない・・・」

 残念そうにシファが指を咥える。

 「騎馬隊の衛生観念は薄い、汲んできた水の濾過も消毒もしない、毒でも入っていたら全滅だ」

 「毒?どこに敵がいるのさ、あんたその面で潔癖症とかよしとくれよ」

 「毒は何処にでもある、腹を下しただけでも戦場では致命傷になり得る、侮らん事だ」

  その風貌から以外にもその手は綺麗に洗われている、爪も短く整えられて泥が詰まっていることも無い、蛇は不潔を嫌う。

 無駄な論争を諦めてシファは味のしないただの炭水化物を咽ながら胃に送り込む作業に徹した。

 

 騎馬隊ブラックパールシェルの若い兵士オテロとカーヴが隊の食事係を今回は担っていた、複数の隊が合同で出撃するとなれば兵站専門の部隊が同行するため食事係は免除されるが単隊出撃の今回は隊内で完結させなければならない、毎回五十人分を用意するは大仕事だ、おまけに命令から出撃までの期間が短く準備時間がなかった、食材を揃えるだけでも大忙しだった。

 「悪いカーヴ、水を汲んできてくれ、桶一つでいい」

 「なんだよ、また俺がいくのかよ?」

 「夜の分の仕込みをやっておくからさ、頼むよ」

 ジャガイモの芽を抉りながら器用に皮を剥く。

 「さっき汲んできたのはどうしたんだ?」

「隊の連中の水筒の中だよ」

 「あいつら、さっきの沢で汲まなかったのか!?」

 「そのようだ」

 「くそっ、横着しやがって、お蔭で俺達だけ休み無しかよ」

 カーヴが悪態をつくのも無理はない、昼飯の後、隊員たちはのんびりと午睡にふけっている。

 新入社員がブラックなのはどこも同じだ。

 「来年になったら新入りに任せられる、給料はいい、一年の辛抱だ」

 「まあな、実際先陣を切る様な危ない事は無いし悪い仕事じゃないよな」

 「だろ、納得したならひとっ走り頼むよ」

 「ああ、分かったよ、桶は・・・これでいいか?」

 馬車に置いてあった真新しい桶を手に取った、馬で運べるように蓋が付いている。

 「新品か、そんなの積んできていたか?」

 「どうだったかな、汚いのよりはいいだろ、遺物の混入もわかりやすい」

 「それはそうだ、じゃあ頼んだぞ」

 「ああ、行ってくる」

 

 カーヴは騎馬を走らせて沢水が汲める場所まで引き返していく。

 その光景を遠く離れた藪から見ている影がひとつ・・・サップグリーンの衣に身を包んだヤマさんだ。

 エミーの指示を受けて騎馬隊に先制打撃を与えるべく既に動いていた。

 「エミーさん、あんたいったい何者なのだ、なるほどこれなら夜襲をかけて首を取っていくより容易いし確実だ、ことごとくピースが嵌る、恐ろしい女だ」

 

 見届けたヤマさんはムートン領へと踵を返した。


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