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木漏れ日のカヌレ

 デル・トウロー 精悍だがどこか崩れた男、世の中を斜めに見るように皮肉を口にする。

 没落した貴族出身のエルは十歳から二十二歳になるまでを東郷塾で過ごした、気位の高い少年は平民や奴隷の孤児たちが多い東郷塾の子供たちの中でも浮いた存在だった。

 十歳まで貴族階級の生活と様式を学び、裕福な暮らしを送ってきたデルにとって塾の暮らしはあまりに貧しく没落した現実を受け入れるまでに時間が必要だった。

 それでも時間が経ちデルの心と体が成長するにつれて師父東郷の背中を見るうちに考えが変わっていった、十代後半には師父と共に国軍への武術指導や寄付を募るための交渉に同行するまでになっていた。

 塾の子供たちは悲惨な境遇を経て流れ着いた守るべき兄弟で家族、その中でも特に将来が心配な子供がいた、障害を抱えた子供も同様に健常者と遊ぶ中、いつも輪には加わらずに一人で離れたところにいた子供。

 十年近く前の寒い冬にひとり塾の玄関に座っていた静かな幼子。

 男か女か判別がつかないほどの美形な顔立ちは年を重ねてもそのままだった。

 塾にやってきた経緯も自分の名前さえ分からない幼子は、泣くことも笑うことも無い感情が薄く見えない、我儘も言わない、気が付くと一人で剣を振っている。

 最初は話すことが出来ないのかと心配になったが座学の成績はすこぶる良く、十二歳を過ぎるころには座学も武術もエルは追い越されていると感じた。

 子供の名前はエミリアン、今だ変声期も無いまま細い身体にブロンズの髪が肩まで伸びてスボンでいるよりもスカートの方が似合うのではと思う美少年だった。

 デルはエミーが遊んでいる姿を見たことがなかった、ひとり机に向かっているか剣を振っているか、誰とも進んでは話さないし関係を持とうともしない、当然友達も作らない、周りも何を考えているか分からない美形を遠巻きに距離を置いている。


 たまに差し入れの駄菓子が振舞われる時がある、甘いお菓子に子供たちが列を作るがエミーは並ぶことをしない、いつも食べずにいるのをデルは知っていた。

 その日はデルが街の菓子店から売れ残りを貰ってきていた、菜園の奥で落ち葉を相手に剣を振っている姿を見つけて話しかけた。


 「エミー、食べないのか?」

 踊るように舞う剣撃は刃を潰した模造刃なのに落ち葉を切断している、拾ったデルは感嘆の口笛を吹いた。

 「デル兄さん・・・」

 気が付いて舞いを止めた額に僅かに汗が光っていた。

 「いつも食べないだろ、嫌いなのか」

 「そんなことはないけど、僕はいいよ、小さな子にあげて」

 「みんなの分もちゃんとある、遠慮するな」

 袋に包まれた菓子を差し出すとエミーは素直に受け取る。

 「ありがとう、デル兄さん」

 「一緒に食おうぜ」

 「うん」

 木漏れ日の下に腰を降ろして紙袋を広げると甘く焼かれたカヌレが半分に切られて入っている、カリッと焦げ目のついた外側の生地としっとりした内側の生地がバターとラム酒の香を纏って美味かった。

 「なあエミー、なんで皆と一緒に遊ばないのだ?なんか居づらい事でもあるのか、あるなら相談に乗るから言えよ」

 「うん?そんなことないよ、僕はここが大好きだよ、みんなの事も同じ、家族だよ」

 「じゃあなんでだ」

 「僕は・・・気味悪いでしょ、それは自分でも分かっている、みんなの空気を壊したくない、みんなが笑っているところを見ているだけで十分だよ」

 大人びた口ぶりに嘘はなさそうだ、虐められている姿も見たことはない、もっとも誰も勝てないことを皆が知っている。

 「気味悪いなんていうなよ、お前ほどの美形だ、明るく振舞えばモテまくるぞ」

 「上手くいかないよ、僕は嬉しい事、悲しい事は分かるけど興奮とか感動とかが分からない、みんなのように泣いたり笑ったりできない、何かが足りないんだ」

 「それはどういう事なんだ?」

 「うーん、そうだね、例えばみんな幽霊とか悪魔とか怖がるじゃない、あと高い所に登ったりすると怖いとか、そういう恐怖も僕は感じない」

 「夜ひとりで墓地へ行ってもか?」半分茶化したように言ってみる。

 「恐怖に対する感情は危険を回避するために人間の成長過程で育まれる重要な要素だよ、恐怖を感じると人は本能的に回避しようと反応する、僕にはそれが無い」

 「なっ!?」

 驚いた、この子は年相応ではない、一回りも年上の自分より大人びている、なるほどこれでは同年代の子供と話は合わないだろう。

 「どこでそんなことを覚えたのだ?」

 「本だよ、教会に行くと貸してくれるよ」

 「そうなのか、知らなかった、俺も借りてみようかな」

 「いろいろ置いてあるけど医学系の本はドイツ語だよ」

 「なに、それじゃエミーはドイツ語が読めるのか?」

 「少しね、覚えてみた、ドイツ語は強いねよね、フランス語は優雅だけど荒い、師父の使う日本語は綺麗だけどこの国じゃ使いどころがないな」

 「!!ドイツ語だけじゃないのか、いったい幾つ話せるんだ」

 「どれも完璧じゃないよ、挨拶程度なら十くらいかな」

 「はっ、驚いたな、お前ここを出たら何がしたい?何にでもなれそうだ」

 「さあ、まだ考えたことはないけど、どうかな・・・一般的な仕事は無理だと思う、冒険者にでもなって旅するのがいいかな、少しでも稼げたら師父に恩返しできるもの」

 「冒険者?そんなヤクザな商売よりエミーなら官僚でも学者でも、外国語が話せるなら貿易商、その美貌を生かして舞台俳優なんていうのもいけそうだけどな」

 「集団は苦手なんだ、ひとりがいい」

 「勿体ねえな、俺にも才能ってやつがあればな、もっと師父の役にも立てるのに神様は嫌みだぜ」

 「デル兄さんは立派に役に立ているじゃない、みんなからも慕われて、こうして僕にまでお菓子を届けて気遣ってくれる、優しい人だ」

 「よせよ、俺なんて駄馬もいいとこさ」

 「そんなことないよ、デル兄さんは良い人だよ」

 ドキッとするほど愛らしい笑顔を向けられて同性だと分かっていてもデルは思わず視線を逸らした。

 「僕を信用したらいけない、僕には何かが足りないんだ」


 食べかけたカヌレを片手に呟いた視線の先には落ち葉が舞っている、寂しのかと覗き込んだエミーの瞳は忙しく動き、落ち葉の動きを追いかけている、どう剣を走らせ切るかを測っているのだ。


 その年の冬にあの事件は起こった。


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