芽生え
部屋にはフローラとエドだけが残った、エミーさえも人払いして二人になることをフローラが望んだからだ。
「がっかりしたでしょう、今まで貴方と相対していたフローラは全てエミー、あの冷静さも洞察力も私は持っていない、何処にでもいるただの十七の女でしかない、貴方が求めていた女じゃない」
告白から作戦会議まで長時間に及んだ、癒えていない身体には堪えていたが二人きりで話す必要があった、またそれは皇太子エドワードも同様だった。
「いいえ、貴方こそが私の求めていた女性です、エミー殿の正体を見破れなかったのは私の不徳、今後も精進していくことでご勘弁いただきたい」
向き合ったエドの目は真剣だ、あの雨に打たれていた横顔、誠実な眼差し。
二人はエミーとは違う、嘘が下手だ。
「理由はどうあれ私とエミーは騙し欺いていました、先ほどの罪には問わないという言葉は信じてよろしいでしょうか」
「無論です、二言はありません・・・がショックだったのは隠せません、私はエミー殿をフローラ様とは違う意味で尊敬していました、貴方が言ったように彼女の冷静さと洞察力は私も持ちえないものだ、少し憧れていました」
照れたように鼻の頭をかいたる
「エミーの言っていた通り正直なのですね、傾奇者の通り名とは随分イメージが違います」
「傾奇者ですか、あれは自分を変えたくて騙った通り名です、逸話も作り話です」
「なぜそんなことを?」
「それは・・・言いにくいことなのですが貴方を妃に迎えるためのステップのひとつでした」
「私、ですか」
「王宮にも皇太子としての役にも自由はありません、私の生涯は何一つ自分で決めることが出来ずに終わると覚悟していました、あの舞踏会の日、貴方に恋をするまでは・・・あの夜、私は初めて自分の意思を突き通すと決めた、例え受け入れられずに砕け散ろうとも諦めないと自分で決めた」
「王家のレールを外れるためには傾奇なければならなかった、お坊ちゃんのままでは自由は手に入らない」
暑苦しくさえあるエドの言葉に嘘はないと感じた、挫折を知らない男は同時に達成することも知らなかった、欲しかった自由が今目の前にいる。
「貴方には取り返しのつかない迷惑をかけてしまった、私の我儘のせいだ」
「父の事ならそれは違います、婚約にかかわらずに刺客はやってきたでしょう、貴方の責任ではないことは分かりました」
「ありがとう、少しだけ気持ちが軽くなりました」
明るく笑った青年に影はない。
「エミーは雨の中ひとりで立ち続ける貴方の事を誠実で好ましい青年だと言いました、
その言葉が私に扉を開けさせた、貴方と向き合う勇気をくれました」
「エミー殿には感謝しかない、彼女は何者なのですか?」
「詳しくは知りませんが西の街にある東郷宿という孤児院出身で今は冒険者として生計を立てているようです」
「東郷宿?・・・はて、どこかで聞いたような」
「東洋人の師父がいらっしゃるとか、武人らしいです」
「なるほど・・・あの気配はやはり武術を纏っておられたか」
「彼女が三人を切るところを見ました、私には剣の動きがまるで見えませんでした、父の剣技とは全く異質なものです、剣だけではなく他にもいろいろ習得しているようですが、そうだ、私も徒手術というのを教えて貰っているのですよ」
「ほう、でもまだ無理はなさらないでください、傷にさわります」
「もう一日中この部屋だけにいると気が鬱になって仕方ありません、少しずつでも身体を動かすと夜が短くて済みます」
「そうですね、この件が済んだ時に森の散策をご一緒したいものです、お付き合い願えますか、フローラ様」
「そうですね、私も頑なでした、申し訳ありません、まずはそこから始めましょう、皇太子・・・いえエドとお呼びしても?」
「もちろんです!フローラ様」
「私にも様はいりません、もともと敬称を付けなければならないのは私の方です」
「ならばお互いに敬語はやめにするということでどうですか」
「ふふ、いいわ、そうしましょう、エド」
「ありがとう、フローラ、ありがとう!」
涙ぐんだ分厚く大きな手が細く小さな手を包んだ、幼く淡い新芽が二人に芽生えた。
小屋の外には人払いされた全員が聞き耳を立てていた。
ガイゼルは口に拳を飲んで嗚咽を堪え、ジュン少尉と聖女グラディアは歯がゆさに捻じれ、モリスは腕を組んでニヤケている、ヤマさんの姿は見えない。
マックスとハリーは空を感慨深そうに見上げ、アンヌとロゼは膝を付いて祈っていた。
首筋に指を当てたエミーの口元にも笑みがこぼれる、嫌悪や悪意、殺気でも変わらない鼓動が少し早くなる。
人が笑ったり幸せそうにしている姿を遠くで見るのが好きだった。
自分が主役にはなりたくない、影でいることの方が居心地がよかった。
エミーも信じてはいない神に芽生えた芽が花を咲かす未来を祈った。




