花の名前
ガキィンッ 投擲された木剣を男はダガーナイフではらう。
「馬鹿が、舐めるな!!」はらうまでの間、男は木剣を注視した、エミーから視線を外したのは一秒に満たないが、その間にエミー移動している、一瞬も止まらない。
「ぬっ、消えた!?」進んでいた道場の中を見回してもいない。
「こっちだよ」「!」 声は道場の外、投擲直後に後退していた、更にその手には短槍が握られている、道場の壁に掛けてあったものだ。
「安心して、練習用だから刃は潰してある」クイクイッと無邪気な笑顔のまま手招きする。
いいように翻弄された男の頭が怒りに沸騰する。
「きぃ、貴様アァッ!!」飛び掛かった男の視界は狭まっている、エミーの笑いに焦点が絞られてしまっていた。
ビュシュッ ガラァァンッ 突っ込んだ男の親指が落ちる、もう握れない。
「はあ!?」まるで不思議なものでも見るように自分の手を見る前で、綺麗に切断された傷口から血が湧き出し手を赤く染めた、同時に痛みが襲う。
「がああっ」
男は先ほどまでエミーの戦いで、下半身の警戒に意識がいっていた。
男の身体の軸を外した突きに反応出来ずに一撃で指を献上することになった挙句に動きを止めてしまう。
バババババシュッ 容赦ない連撃が男の四肢を襲う。
狙ったのは四肢の腱、手首、足首、膝、肘、寸止めの刃が衣服だけを切り裂く。
バヒュッン 致死の一撃が男の目の前で止まった。
「まだやる?」
「くっ、おまっ、お前、その槍は刃潰ししてあるって言ったじゃないか!」
「?嘘だよ、これは真剣」
「騙したのかっ、卑怯だぞ!!」
「真剣なのは見れば分かるよね、お兄さんが真剣で殺そうとしているのに模造刀で相手をするわけない」
やられた三人の声が耳に入ってくる。
「ぐはあぁぁぁ、痛いいいいっ、があああっ」
あとの三人はいずれも行動不能に近い重症を負って情けなく泣くしか出来ない、怨嗟の悲鳴に周り子供たちは遠巻きに震えている。
ズッ もう話すことはないと槍の穂先を突き出す。
薄く張り付いた笑顔、躊躇う事無く槍の穂先が目を貫く様を想像させた。
「わっ、わかった、出ていく、だからやめてくれ」
「そう、残念・・・」「ひっ」スッと槍が引かれるが視線も穂先も外さない、隙はない。
リーダーの男が股間を血だらけにした大男を引きずるように担ぎ、足首を砕かれた二人は案山子となって瀕死で退散していった。
男たちが消えてからエミーは短槍と真剣を戻すと震える孤児たちの中で一人平然と土足で汚された道場の掃除を始めた、雑巾で拭いてバケツに汲んだ水で洗い絞る。
息も切らすことなく、汗ひとつ流してはいない、女の子のような少年が質量三倍以上の暴力丸出しの青年四人を半殺しにしたのに何の熱も無かった。
助けられた孤児たちもエミーに礼を言うことも讃えることも出来ずに黙々と掃除をする少年を見ているだけだった。
東郷たちが帰った時、塾はいつもと変わらないように見えた、しかし微かな血の匂いを東郷の鼻は感じ取るのと同時にシスター・ジョディが顔を腫らして事の次第を説明に来た、その足の義足は使えなくなっていたため松葉杖をついている。
「エミーが助けてくれました、彼を叱らないでやってください」
「それは分かった、相手の怪我はどの程度だったか分かるか」
「頭を強く打ってしまって、ほとんど見えなかったのですが軽傷ではなかったと思います」
「知っているヤツか」
「貴族の三男がリーダーの街のゴロツキです」
「奴らの目的は恐らくエミー本人を攫うことだったと思います」
「売るつもりだったのか・・・なんと卑劣な」
その夜、東郷はエミーを部屋に呼んだ、エミーは部屋に現れた時、既に旅支度を整えていた。
「そんな必要はない、お前は正しい事をしたのだ、胸を張って良いのだ」
「・・・」無表情のまま目を閉じたエミーの真意は東郷にも分からなかった。
「師父様、あの時どう対処するのが一番良かったのでしょうか?自分は全員殺すことも、もっと軽傷に抑えることも可能でした、今日の行動は正しかったのでしょうか」
「それを結果論という、終わってから反省点を見出すのは悪い事ではない、しかし今回相手は真剣を持ち幼子に振り上げた、殺されても言い訳はできん」
「しかし、奴らはこれで私と東郷宿に対して恨みを持って生きていくことになります、今後、災いが降りかかるかもしれません、私がここに残っては東郷宿の皆に迷惑をかける事になるのではないでしょうか?奴らの目的は恐らく自分です、自分がいる限り他の犯罪者を呼んでしまうかもしれません」
それも理解しての旅支度、東郷は涙を堪えた。
「エミー、お前はここが嫌いか、居づらい事があるのか」
「いいえ師父、私の家はここだけです、嫌いなはずはありません、以前に言われた通り自分が普通と異なっていることは理解しています、それが原因で全員からは受け入れられないことも当然です、自分は環の外から見ているだけで十分幸せです」
「なら気にすることはない、お前は私の自慢の息子なのだ、旅支度など許さんぞ、明日から儂と稽古しよう、秘伝を伝授する」
東郷は豪快に笑って胸を叩いて見せた、蝋燭の炎が淡く揺らめく。
「師父・・・」エミーは無言で床に額を付けた、その肩が微かに震えているのを東郷は確かに見た。
寒い冬、雪のちらつく中、東郷宿の石壁の前に一人で膝を抱えていた瘦せこけた幼子、持っていたのは青い勾玉のみ、ボロを纏い靴はなく泥に汚れていた。
差し出した東郷の手を掴んだ小さな手、何処から来たのか、名前も歳も知れない。
エミリアン・ギョーは花の名前だ。




