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武の理

 その孤児院は首都の端、人里離れた森の中に建てられた石造りの廃協会の跡地にあった、創設者は巨躯の東洋人で名を東郷一刀という初老の男だ。

 孤児や行き場のない子供を引き取って世話を焼く変人だと噂だった。

教会には道場があり子供たちは男女関係なく東郷の指導により武術を学んでいた。

 エミーの一番古い記憶はこの孤児院、東郷宿から始まる、それ以前の事は覚えていない。

 東郷の他にも大人が数人手伝っている、孤児だった者が大人になりそのまま居ついた者がいるからだ。

 シスター・ジョディもその一人、貴族出身の彼女は右足の膝下が産まれた時から無かった、忌を嫌った両親は東郷宿に金と共に赤ん坊だった彼女を捨てて去った、どこの貴族であったのかは分からない。

 教会の庭の桜が風に舞い花吹雪となって散っていく、東郷の吹雪を眺める姿がどこか寂しそうでシスター・ジョディは声をかけた。

 「師匠、どうかされましたか?」義足の彼女の手には子供たちの乾いた洗濯物がいっぱいだ。

 「ん、ジョディか、いや桜を見ると思い出すのだ、ここを旅立っていった子供たちの事を・・・みんな元気でやっているだろうか」

 「大丈夫ですよ、みんな年に一回は帰って来るじゃないですか、この前はカイがお嫁さんと子供まで連れて来たのにはびっくりしましたけど」

 「そうだったな、カイも今じゃ立派な農場の跡継ぎだ、剣を振らずとも生きていける」

 「ええ、師匠の教えは人を殺す剣ではなく人を生かす剣、剣が鍬に代わっても教えは生きています」

 「・・・」東郷は満足そうに頷き口元を少しだけ緩めた。

 東洋の島国から大陸に渡り、武を極めんと欲して死闘を繰り返し、多くの命を奪った。

 東郷の武はやがて最強となり、その先に見た疑問、武とは何だったのか。

 銃の時代へと変貌していく時、剣術も徒手術も意味をなさない、人殺しの技は機械に取って代わり、理を知らぬ者が理無きままに人を殺める、人を殺める結果に変わりはない、武道とは人道であると疑わなかった、そこには理と礼儀があり正義があると。

 東郷の視線が自家菜園の向こうに広がる広葉樹の林に向けられる、ジョディは誰の事を考えているのか分かった。

 「エミーの事を思っているのですね」

 「ああ、あの子だけは三年以上帰ってこない、便りも無い・・・」

 「そうですね、どうしているのでしょう」

 東郷宿に出入りした中で最も並外れた剣技の才能を持った少年だった、身体は小さく腕力もなかったが、そのスピードと正確さ、一度覚えると決して間違わない才能は突出したものを持っていた。

 人を傷つける才能、そこには身体的な能力とそれ以上に精神的な才能が大きい。

 他人を気ずつける行為は概ね二つ、理由があって嫌々ながら仕方なく行う場合、もう一つは快楽を得ながら進んで行う場合、ルールがあり命を奪わない前提で行う種目は武術に関わらずこれに該当する。

 ルールを持って相手を騙し、出し抜き優劣を付けるのがスポーツでありゲームだ、制約が無くなれば殺し合いになる、しかし殺し合いにも理由はある。

 無感情のまま人の顔を殴れるものは少ない、そこにはサディスティックな優越感か、嫌悪感のどちらかが付きまとうのが普通だ。

 殺し合いに限らず人を傷つける行為には恐怖や後悔、怒りや苦しみ、享楽や愛が激しい感情となって人を縛る。

 感情は緊張や高揚をもたらし、視界を狭め、判断を誤らせる。

 その感情を克服した先に無の境地が開ける、世の武人はそこに至るために気の遠くなる修練と実戦を重ね、練り上げられた心はやがて透明な純氷となり達人の域に達する。

 最初から純氷に近い心を持つ少年、それがエミーだ。

 その心は葛藤を持つことなく機械の様に優先順位だけで人も殺せる、その曇ることを知らない瞳は一切間違うことがない。

 危険な才能だ、善や悪を知らなければ悪魔となり得る才能。

 東郷がエミーの才能に気づいたのは少年が七歳の時、ほんのお遊びで軽い木刀を持たせ始めた時、多くの者は三十分も修練に集中することは出来ずに他の遊びを始めてしまう。

 エミーだけは違った。


 ヒュンッ ザッ ヒュンッ ヒュヒュンッ 落ち葉の中に素振りの音がしている、見ると小さな子供が落ち葉同様に踊るように剣を振っていた、その動きは遥か上級生たちにのみ教えた動き、ヒラヒラと落ちてくる落ち葉の軌道を読んで剣を掠らせる、弾いてはいけない、剣の軌道は一律半円ではない、落ち葉に触れる瞬間に角度を刀の反りに合わせて変える、そうしないと落ち葉は風圧で逃げる。

 「これは!?」教えても容易く出来るものではない、教えている子供の中にその域に達している者はいなかった、それを恐らく盗み見ただけで会得している。

 子供はおろか段持ちでも落ちてくる落ち葉一枚を弾くことは難しい、力で叩いてしまう、さらに予想不可能な落ち葉の動きに瞬時に合わせる視力と反射神経は天性以外の何者でもない。

 しかもエミーは木剣の一振りで数枚の落ち葉を切っている、いや落ち葉が切られにやってくるようだ。

 ヒュンッ スイッ ヒュンッ スイッ 木剣が触れる瞬間に落ち葉が剣に吸い付く。

 黙々と繰り返す動作は微塵も変わらない、狙った葉を一枚も逃がさない。

 黙々と繰り返してはいるが休憩時間も長い、一度止まると持久力がないため再び動きだすまで時間が必要だった。

 「どうやって覚えたのだ?」

 東郷は木陰で木剣を抱く様に座り込む美少女のような少年に声をかけた。

 「あっ、師匠」気配を消して見ていた東郷に声をかけられて気付いた様子だが、そこには動揺も驚きも無い、たんたんとした視線が返ってくる。

 「今の動きはお前には教えていないはずだ、どこで覚えた?」

 如何答えるべきか思案している。

 「道場で上級生がやっているのを見ました」少し悪びれた様に俯く。

 嘘だ、誰も出来ないのだから。

 「別に責めてはいない、正直に話せ、儂に嘘はつくな!」少し強く言う、普通の子なら鬼の風貌に強く言われれば泣いてしまう子もいる、エミーはそんな東郷を前にしても視線を外すことなく表情ひとつ動かさない。

 「分かりました、本当は自分で考えました、一枚切りは簡単なので一振りでどの位切れるか試しています」

 「なんと!それで何枚切れた?」

 「条件が合えば最高で5枚・・・」

 「!?」紛れもない天才、教えられることなく、その剣技は東郷の域にあった。

 「そうか、剣は楽しいか」

 「うん、楽しい!」初めて笑顔を見せた。

 教会の庭で遊ぶ子供たちの声が聞こえてくる。

 「皆とは遊ばないのか?」

 「遊びたいけど・・・おとこ女って馬鹿にされるし、気味悪がられるから一人の方がいいかな」

 「そうか、寂しくはないのか」

 「?・・・寂しいって何?」小首を傾げた顔に嘘はない。


 この子は神との取引で剣の才能を得る代わりに大切な人としての何かを差し出してしまったのだ、エキセントリックな少年の危うさに東郷は将来を案じずにはいられなかった。


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