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マンドリル

 魔獣の正体は猿の中でも特に攻撃性の高い種類、マンドリルと呼ばれる熱帯の原生林に生息する大型の猿である。

 一般的に大型の雄で体重は六十キロ、ヒヒに似ているが別種であり、より樹上性が高い、赤い鼻筋と脇の青い皮膚が特徴的だ、犬歯は五センチ程もあり雑食性で大きな群れを作る。

 ムートンの森に放たれたのは、ラングルトンの商船によって運ばれた幼体を生物兵器として育てた個体、通常の倍ほどの大きさを持つ、素質と積極的なたんぱく質摂取、筋肉増強剤投与による強化により頭胴長百七十センチ、体重百キロの怪物が出来上がった。

 

 バクラリはもともと西アフリカを中心に狩りを行う猛獣ハンターだった、貴族たちはその権威権力や武力財力を誇示するために珍獣や猛獣の剥製を欲しがった、ランドルトン公爵家とも古くからの付き合いがあったのだ。

 公爵家が主と嫡男を亡くし滅亡の危機かと案じていた、逆に海外との貿易で大成功を収めたと聞いた時は驚いた、さらに仕切っているのは未亡人となったセオドラだという、もの静かな淑女でとても商才があるとは見ていなかった。

 女主人は猛獣の剥製など欲しがらないだろうと思っていたが予想に反してミストレス・セオドラとの付き合いは終わらなかった、むしろ生きたままを欲しがった。

 猛獣を狩る戦闘力を買われ、ミストレスの警護も兼ねた私設傭兵団として裏の仕事も含めた専属になることを提案された。

 高給に喜んで飛びついた、女主人が普通でない事には直ぐ気付いたが、冷酷な女は非道なだけではなく確固たる覇道の目標に突き進んでいる。

 バクラリたちはその物語に加担出来ることが楽しかった、辺境の地で危険を犯して獣を狩り、剥製にして得る薄給よりも世界を動かす舞台に立てた気がした、主人公ではなくても重要なバイプレイヤー(名脇役)だ。

 初期メンバーはバクラリ、ムトゥ、マンバ、ガヤの四人、いずれも荒野で猛獣を相手に鍛えた優秀な狩人たち、罠に毒、網、弓、それらは人間の暗殺にも応用が利いた。

 シファだけはこちらで採用した女だ、付き合いはまだ浅いが銃のうでは確かだ。

 

 ある時、危険生物を描いた一枚の絵を前にミストレス・セオドラから提案された。

 「このお猿さんを生物兵器に出来ないかしら?猿って頭がいいのでしょう、ナイフや鎌くらいなら使えるようになるのじゃなくて」

 驚きの発想だった、調教した獣を敵地に送るという、放てばこちらの制御も効かないが人々から恐れられる悪魔の具現化だ、直接的な被害はもとより風評害まで期待できる、なにより人ではない、どこで誰を殺そうが魔獣の仕業だ、誰にも責任を問えない。


 魔獣マンドリル一号は一応の成功を収めた、放獣して直ぐにターゲットだったムートン男爵を襲い狙い通り食い殺してくれた、がその後は何処へ姿を消した、再び現れた時には自分の群れを率いていた、地元の猿を征服して戻ってきたのだ。

 奴は今、ムートンの森に自分の王国を築こうとしている。

 幼体の頃から肉の味を覚えさせて刃物の使い方も見せた、穀物や芋も食べるだろうが一号は基本的に肉食に変貌している。

 奴は狂暴だ、与えてきた食品に混ぜている黄色の粉末は砂漠で採取される黄色のイエローアンバー(琥珀石)を粉砕したもので古来からバーサーカー(狂戦士)の石として一部で知られている物だ。

 人をバーサーカーに変身させる石、今でいうアナボリック・ステロイド剤に似た効果を発揮する物質だが、より効果は高くホルモンの過剰分泌により狂暴化する。

 そして寿命を縮める、一号は放って置いても後二から三年で死ぬ、生殖能力も失っているはずだ、完璧に都合の良い兵器になるはずだった。

 放獣された奴は予想に反して直ぐに野生を取り戻した、バーサーカーとして自滅することなく森の王となろうとしている。

 再び奴をバーサーカーに変身させるため、マンバにイエローアンバーを持たせた。

 我々が生物兵器に求めているのは一匹で暴れまわるバーサーカーであり、群れの奥で胡坐をかく王様ではない。

 バクラリはミストレス・ブラックパールとの契約で手に入れた執務室のデスクの上の手垢で汚れた作戦計画書を再び初めから読み直す。

 魔獣マンドリルが群化して森に巣くうようになれば硝酸採掘と運搬に影響が出るかもしれない、その場合はこちらで魔獣にけりを付けなければならない。

 「いくら魔獣とはいえ銃の敵ではない、その狩は専門だ」

 

 ミストレス・ブラックパールは徹底した実力主義の経営思想を持っている、過去の貢献や階級などはなんの意味も持たない、今と未来にどれだけランドルトンに利益をもたらすことが出来るかが登用される基準だ。

 経歴が長く頭の固い侍従たちは時と共に一掃された、残ったのは働く集団、若くとも高収入を得られる公爵家ランドルトン商会には優秀な人材が平民、貴族の次男、三男を問わず集まってくる。

 金融部門のトップも平民だ、バクラリから見るとマフィア同然ではないかと思えるがランドルトンの家紋を盾に高利で貸し付けた金を平民が貴族から取り立てている。

 復讐の想いを糧に覇権にばく進するミストレスは既に国王と同じ権力を持ち並び立つ存在。


 獣の内臓と汚物に塗れながら剥製を作っていただけのハンターだった自分が、物語の主人公たる女主人に傅き仕えているのが堪らなく誇らしかった。

 物語のエンディングは遠い、まだまだ舞台から降りる訳にはいかない、難題を解決するためにバクラリは脳みそをフル回転させるのだった。


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