同じ顔
スウゥゥゥゥウーッ エミーは男の呼吸を見ている。
身体的には圧倒的不利だ、質量でいえば三分の一ほどしかないだろう。
大型車と軽自動車の質量差、正面衝突すれば潰される。
二人の視線が交差する、臨界点が弾けた!!
「シッ」「フッ」
男は左ジャブとほぼ同時に右ミドルキックを放つ、右ミドルが本命、神速のナイフを見せた後での足技、低くかった姿勢をさらに下げる、柔軟な身体を持っていなければ出来ない動き、バヒュッ 鋭い蹴りがエミーのベールごと吹き飛ばした。
ブロンズの髪と共に素顔が露になった。
「なっ!?」
そこにはもうひとりのフローラがいた。
「これは・・・どういうことだ?」
「ええっ!?なんで・・・」驚いたのはフローラも一緒だ。
男がフローラとエミーを二度見している、集中力が削がれた。
シュアアッ 遠すぎる間合いからの居合、剣先は男の顔に向かうが届かない。
ビシャッ 剣先から弾き飛ばされた液体が男の顔に水飛沫となって降り注ぐ。
「むっ!?」
目に入った水飛沫が男に即効の異変をもたらす。
「ぐあああっ!!目がぁ!!」
男の両目は白く変色し爛れている、激痛と共に視界を奪った水滴は毒だ。
勝負は決した。
「迂闊だったな・・・」命のやり取りの後にゾッとする冷徹な声が降る。
ドスッ 剣先が首から入り心臓まで達する。
「かっ・・・」白く爛れた目を見開いて仰向けに倒れると死の痙攣を始める。
「ひいっ」フローラとメイドが肩を寄せて悲鳴を漏らした。
どんな命であれ人ひとりの死を前にして畏怖や恐れ、嫌悪感や罪悪感を抱かない者はまともな心を失っている。
エミーはその手で命の振動が消えるのを感じても深緑の瞳には何も映らない。
彼は失ったのではなく元々持っていない、それが神のギフトだった。
動けないでいる他の男たちにも情け容赦なく止めを刺していく。
「たっ、助けてくれ!頼む、子供がいるんだ!」
ドスッ
耳を貸すことなく確実に命を奪っていく。
銃を持ち先に倒れていた男に近づき脈を確認する・・・微かに動いている。
刃を心臓の上に当てるとフローラが堪らず声を上げた。
「やめて!もう死んでいるわ!」
「?」
同じ顔が向かい合った。
「まだ生きているが・・・」
「死んでいるのと同じよ、残酷だわ!」
「残酷?なんの話だ」
「何も感じないの!?人を・・・人を殺したのよ!」
「言っている意味がわからない、殺されたかったのか?」
「そうじゃないけど・・・もう戦えない人を・・・」
「その顔で言われると妙な気持になる」
「それはこっちのセリフよ、私の知らない親戚の人?」
「いや、私もお前をギルドで初めて見た、少し驚いた」
「えっ、もしかして男・・・の人?」
「鬱陶しくもそのとおりさ、私は男だ、ぬっ!?」
エミーの見える視界が違和感を感じ取った。
「しまった!!」
銃が消えていた、最初に指を切った男がいない。
「お嬢様!!」 茂みから伸びた銃口を見つけたのはメイドのアンヌの方が早かった。
カバッ 男を探すより早くフローラに覆い被さるのと銃声が重なる。
パアァンッ 茂みからの一撃がエミーとフローラに伸びた。
重なり合った二人を鉄玉が打ち抜く。
「あうっ!!」「がっ!!」
フローラの背中から入った弾丸はその胸を貫通してエミーの薄い胸を抉った。
縺れ合った二人が抱き合うように倒れる。
「やったぜ、やってやった!!」茂みから諸手を上げた男が顔を出した。
ビシュッ ガスッ 「げっ!?」速攻の反撃、エミーの投げたナイフが男の額にめり込む。
「くそっ!!」
抱き起こしたフローラはすでに意識がなかった。
「おいっ、しっかりしろ!おいっ!」
「お嬢様!ああっ、そんなっ!!」
胸元が赤く染まっていく様を見たアンヌの意識が切れた、ショックで意識を失う人間を始めて見た、不思議な光景だった。
自分の胸にも潰れた弾がめり込んだ衝撃が残っている、ほんの小さな鉄の弾がヘビー級以上の衝撃をもたらす、肋骨にヒビが入っていた、出血はしているが致命傷ではない、弾は骨で止まっている。
焦ることなくフローラの息と脈を確認する、まだ・・・生きている。