決意
岩人の協会は天井の低い作りで多信教の神が祀られている。
元々地元民が崇めていた宗教に別な宗教が幾つも混じっている、もともと信仰心が狂信的ではない民族は入ってくる宗教を拒むことはなかった。
アオギリとサイゾウが祭壇の前のベンチに座っている。
「アーちゃん、お待たせ」軽く手を上げて会釈する。
「忙しいのに御免ね、フローラ」
「サイゾウさんも久しぶりね、今年の魚はどう?」
「お嬢も元気そうで良かった、魚はまあまあだな、今年の冬の心配はないよ」
「そちらの皆様は?」
「王家より魔獣討伐のため派遣頂いた冒険者の方々です、私の護衛も兼ねて同行して頂いています」
「リーダーのエドです、よろしくお願いします」
エドとサイゾウは握手を交わした。
「実はサヤ婆からフローラ様にと預かった物があってな、受け取ってくれ」
「なに?」
渡されたのは服だ、上下の作務衣のようだ。
「これって、ひょっとしてブラックシルクじゃないの!?」
「そうだ、昨年は少なくてな、これ一着だけしか作れなかった」
蚕の中に極まれに黒い糸を吐く個体がいる、理由や原因は分からないが黒いシルクは通常のロイヤルシルクを遥かに超える強靭さを持つ、生地にしてしまうと鋏では切ることが出来ないため細いシルクを毛糸のように編んで服を作る、一着つくるのに年単位の作業が必要となるがその効果は絶大でナイフではその繊維を切断、突き通すことは出来なくなる。
「こんな貴重なものは頂けません、どうか里の人で相応しい方にお渡しください」
「いいえ、これはサヤ婆が昨年から貴方の為に編んだもの、サイズも貴方に合わせてある、貴方しか着る事は出来ない」
「でも、これ一着でいったい幾らになるのか・・・見当もつかないわ」
「そんなに貴重なものなのか?」
エドが興味深そうに覗き込む。
「そうだな、作れても一年に2着、エドさんのサイズだと発注から最低四年はかかるな」
「むうっ、それほどのものか、ならば余計にフローラ様が持つに相応しい、危険が及んだ際に心強い」
「分かったわ、今日はお礼に行けないけれどサヤ婆の所へは後で必ず伺うようにするね」
「ああ、婆も喜ぶ、それに俺達は既に着ているからな」
上着を捲ると黒いシルクが見えた。
「良かった、あと森の途中に灰色熊の死体があったの気が付いた?」
「灰色熊?」エドと顔を見合わせるとエドも首を傾げた。
「いいえ、見ていないわ」
「ホントに、酷い匂いだったから絶対に気が付くはずなんだけど・・・」
「森の王、灰色熊が死体を見せるなんて変ね」
野生動物は自然死である場合、他の生物の目に触れない場所を死地に選ぶ、人が通る道の近くで息を引き取ることなどない、あるとすれば他殺だが相手は森の王、誰が屠れるというのか・・・。
「熊!ねえ、その熊に頭は会った!?」
「何故それを知っている?そうだ、頭が切り取られて無かったのだ、おまけに内臓もな」
サイゾウが気味悪そうに口にした、悪臭が鼻の奥に蘇る。
「フローラ様、これは魔猿熊ヤーヴルの仕業に違いありません」
「魔猿の頭は灰色熊の頭を切り取って付けたのね」
「魔猿熊ってなんなの?」
「先日、牛の放牧をしていた幼い兄弟が襲われた、その時の目撃談からそう呼んでいる、胴体は巨大な猿、頭は灰色熊、そして鎌や刃物を使う」
「森の王はそいつに殺されたっていうのか、デカイい奴だった、体重は三百キロを超えていたぞ」
「それでその兄弟は・・・」
「二人とも無事だった、放牧されていた牛の中に大きな雄がいて突進して小猿ども轢き殺して群れと兄弟を守ったそうだ」
「良かった」
アオギリは幼い兄弟が無事だったと聞いて心底安堵の表情を浮かべた。
「でもおかしいな、同じ魔獣なら牛より熊の方が難易度高いだろうに、熊は殺せて牛は殺せないのか」
偽フローラの細い指が首筋に向かう、目を細めて中空を見ていた、そこには魔猿熊の狩りがシュミレーションされている。
「やはりそうね・・・」
「なにか分かったの?」
「ええ、やはり相手は猿なのよ」
「ああ、身体は猿で頭は熊の魔獣ヤーヴルだ」
「悪魔なんていない、相手は巨大で少し頭のいい猿よ、きっと兵士として育てられた動物兵器だわ」
「動物兵器、そんな発想があるのか」
「ランドルトン公爵家は海洋貿易で財を成した貴族、素質のある動物を海を越えて運んでくることも可能だわ」
「そうか、外国の猿か」
「正体が分かっても脅威の度合いは変わらない、確実なのは神や悪魔でなければ殺すことは可能だということね」
「我々の剣や弓は届くということだな」
「フローラ・・・あなたはいったい・・・」
「えっ?」
アオギリが目を点にして驚いている、次々にパズルを嵌めて絵を完成させていく、そこには広い知識と冷静な判断力が見て取れる、この間までのフローラとは違いすぎる、何かに憑かれたのではないかとアオギリは心配になった。
アオギリの表情から偽フローラは演技の失敗に気付く、しかし下手な誤魔化しは余計に怪しまれるだけだ。
「以前にお父様から聞いた事があるのを思い出したのよ、お伽噺だと思っていたけど本当の事みたいね」
父親の知識だとすり替える、咄嗟の嘘は上手い、心が揺れることがないから吃ることも閊えることもない、真実に聞こえる。
「ああ、ムートン様は海外派兵の経験もあったものね」
「おしい人を亡くしてしまったな」
エドは本気で肩を落とした、フローラの父ならこれからの国是に大いに尽くしてくれたに違いない、僻地の男爵になど据えておくべきではなかったのだ。
国を建てて数十年、外国との小競り合いは常にあったが内戦の危機は暫く遠ざかっていた、王家から緊張感が薄れていたのかもしれない。
国があるだけでは駄目なのだ、人材を見極め、適材を配置する、見極めるためには常に外へ目を向け、人の話を聞かなければ分からない。
やはり自分には足りていないとムートンの山奥まで足を運んで実感した、フローラ以上の答えを自分は導き出すことは出来ない。
こんなことで果たして王が務まるのか、年下のフローラを尊敬の目で見ている自分が情けなかった。
やはりフローラ譲が王家と自分には必要だ、今の自分にフローラ譲の前に膝を付いて手を取る資格は無いのかもしれない。
しかし、諦めない、必ず相応しい男となって彼女を振り向かせる。
皇太子エドワードは蝶の森に決意を誓った。




