思い出の影
族長たちとの会談は終了した、取り合えず岩人たちの意思と現況を確認出来た。
皇太子エドワードは忠誠を誓うムートン領と岩人たちに感動の涙を流していた、
本物のフローラも岩人への信頼は厚いが、偽フローラのエミーはそこまで岩人を信頼できない。
人は逆境に弱い、欲望を抑えることの出来る人下は多い、大多数がこれに属する、欲望のままに行動できる人間は稀だ。
しかし、誰かのためなら人は簡単に悪魔に魂を売る、特に近親者や愛が重なると善悪はなくなる、岩人の場合もそうだ、例えば誰かを人質にでもされれば意思に反してあっさりと裏切るだろう。
愛が絡まる人間を切り捨てられる人間もまた信頼することはできない。
良い人間ならどうするのか今のエミーに答えはない、養父ほどの強さがあれば話は別になる、対応する手段が増えるからだ、答えは個人個人で変わる。
良い人間とは、強い人間を言うのか、誰かのために自分を犠牲にすることなのか。
どちらも違う、それは自分の夢や希望を荷物にして誰かに背負わせるだけだ。
議場を出て自分の足元を偽フローラ・エミーは見つめた、今、自分がしていることは正しい事なのか正直分からない。
「どうかしましたか?」
皇太子エドが優しい言葉をかけてくる、俯いた顔が不安そうに見えたのかもしれない。
「いえ、何でもありません、大丈夫です」引っかかりを残したように笑って見せるとエドは益々心配そうな目でフローラを見つめた、打ち解けたい想いが伝わる。
影がない男だ、本物フローラと似ている、人として正しい才能を持てるだけ持って生まれてきたような人たちだ、産まれながらにいい人間はいる。
逆もまた存在する、持っているだけ自分よりは幾らかマシかもしれない、駄目なところは正せば良い、何もなければ正しようもない。
「少しお疲れなのでしょう、どこかで休んではいかがですか」
「いえ、この後、もう一か所約束があるのです」
「お供します、どうか無理のないよう、何かあれば仰ってください」
「ありがとうございます、エド、感謝します」
まだ、鼻の頭が赤いままの青年ははにかんだ様に笑うと階段を降りる偽フローラに手を差し伸べた。
「里の協会で友達と会う約束をしているのです」
「行きましょう」
並んで協会への道を降りていく二人をガイゼルたちは離れたところから見ていた。
「なんか良い雰囲気なんじゃないか」
「エド!何故そこで手を繋がない?あー、じれったいねぇ」
「ジュン少尉が捻じれることないだろう」
「だって十代じゃあるまいし、女は強い男を待っているもんさ、手くらい繋げなくてどうするのさ」
「フローラ様は十七だぞ」
「四捨五入すれば二十だよ」
「でも、お似合いだよな、形だけの正妻よりエドが真に望んで結婚できたなら、政治的な策略を超えて遥かに意味があると俺は思う」
ガイゼルは目を細めている。
「父親役としては嬉しいものかい」
「ああ、あのクールなエドが破顔して泣いたり照れたりしている姿を見たことはないだろう、フローラ様の前に立つ姿が本来のエドなのだと思う」
「そうだねぇ、命を懸けて背中を預け合う私らにも見せない姿を彼女には見せる訳だ」
「人の繋がりの中で夫婦の絆は親兄弟より強いと俺は思う、妻や夫とは親友であり恋人であり自分の半身、それを得られない人生は孤独で寂しいものだ」
「何だよ、じゃあ俺達はみんな寂しい人間てことかい」
「ここには一人者しかいないからねぇ」
「いいえ、酒神デュオ様は皆さまと共にあります、飲めば常にお話を聞いてくださいます、ご心配には及びません」
「アハハハハッ、確かにそうだねぇ、酒が取り持ってくれるよ、仲間がいれば寂しかないよ」
ガッシとジュン少尉と聖女グラディアが肩を組んでエドたちの後追った。
「だめだこりゃ・・・」モリスが頭を掻きながら後を追う。
「あの女子・・・不思議な女子じゃ」
ヤマさんが渋い顔で無精髭を搔いている。
「そう思うか?」ガイゼルも頷いた。
「あの居合刀、あれは本人の物だ、あの所作は本物だ、儂は勝てる気がせん」
「同じ刀を持つおぬしにそうまで言わすか」
「ガイゼル殿も分かっているだろう、あれはただの娘ではない」
「ああ、だが悪人とも思えんのだ」
「エドに危害が及ばぬ限り口出し無用か」
「ああまでエドが見初めた娘だ、結末はどうあれ全てエドの人生の大きな糧となる、傷も必要だ」
初老の戦士は前を行く若者たちの姿を眩しそうに見ながら、置いてきた自分の思い出を影と共に追いかけた。




