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ジグロ

 覚えた。

 木の無い草原で狩をするのは危険だ、こちらの有利を生かせない。

 デカい角を持った牛の突進で数匹の手下が死んだ、勿体ないからあの後すぐに回収して食ってみた、不味かった。

 この世のほとんどの生き物は木の上が得意じゃない、地を這うやつらばかりだ。

 木の上から攻撃するのが最も効率がいい、俺は天才、森に狩り場を作った。

 密集した木々の間に足場となる木材を通して行き来が出来るようにして上と下を自在に動けるように幹にも足掛かりを打つ、魚を取る籠のように追い込まれた獲物はやがて壁に行き詰まる。

 そこへ木の上から石礫や木の枝を削って作った槍を投げて攻撃する、小猿たちの中に投擲が上手いやつを選んで練習させた。

 上手い奴は序列が上がる、いい肉を食えるから奴らは頑張る。

 褒めてやる、また頑張る、上手くなる、強くなる。

 我が帝国が完成する、王は俺だ。

 切り取った熊の頭は測ったようにサイズがあった、森の王の威厳が増した。

 準備は整った、熊肉は喰い飽きた、そろそろ人間狩りを始めよう。

 魔猿熊はヤーヴルとなり森に君臨した。


 深い森を抜けて、切り立つ断崖の細い急坂を登っていく、徐々に下草が消えて瓦礫が多くなっていく、灌木に桑が目立つようになってくると岩人の里が近い。

 桑はマルベリーと呼ばれ秋には食べられる実をつける。

 このムートンの森深くに自生していた桑はブルーマルベリーと呼ばれる希少種、比較的低温と霧の多い地方、高い標高、ミネラル分の多いがれ地、様々な要因が重なりその種を繋いできた。

 そしてロイヤルシルクを生み出す蚕はブルーマルベリーの葉しか食べない。

 葉も小さいうえ大食漢の蚕は繭化するまで一匹あたり五十枚以上を食べ尽くす、通常の蚕の三倍以上だ、期間も長く孵化してから繭化まで二か月を要する。

 ゆっくりと時間をかけて育った蚕が吐き出すシルクは一際煌めく美しさと強さを持っていた、編み込まれた繊維は鋏で簡単に切れないほどだ。

 ロイヤルシルク生産の生命線とも言えるのが桑の群生地を守ることにある、大量に消費される桑を植えられる場所は限られている、むやみに生産量は増やせない。

 「これがブルーマルベリーですか、以外と小さいのですね」

 エドが鞍の上から灌木を見下ろしながら、やはり鞍の上のフローラに声を掛けた。

 岩人族長と会談すると言ったらやはり警護すると言って付いてきていた。

 「これは接ぎ木を植えた物ですね、まだ一年目位でしょうか、実際に養蚕に使えるまでにはあと二年ほどかかるでしょう」

 バトラー・ハリーからレクチャー済みだ。

 「なるほど、手間のかかるものなのですね」

 「多くの貴族や王族の方々の高級品に使われているロイヤルシルクの元となるものです」

 「素晴らしい産業です、保護したムートン男爵様の慧眼には感服いたします」

 「父がシルクとしての価値をどこまで理解していたかは疑問ですが、重い税に苦しむ岩人を救済するために講じた手段がお互いに利益をもたらしました、今では以前の税収を軽く超えるシルクを納入頂いております」

 領内だが山深い岩人の里に向かうためにはドレスというわけにはいかない、革の乗馬服に立て襟のブラウス、大きめの帽子と靴は膝までのブーツだ。

 多くはないがヤマビルの生息地でもある、肌は極力露出させない、血を吸っていなければ髪の毛ほどに細いヤマビルは僅かな隙間から潜り込まれる、毒は無いが気付いた時は血だらけだ、なにより気持ち悪い。

 「変わった剣ですね、異国の物ですか?」

 フローラは腰に愛刀・地黒を装備してきていた、襲撃の危険性はある、極力抜きたくはないが場合によっては抜刀する。

 「そのようです、街の骨董屋で見つけました、見かけより重いのですがとても美しい物なんですよ」

 鞘から半身だけ抜いて刀身をエドに見せる、片刃の波模様が妖しく光る。

 「むっ!?それは日本刀ではありませんか!」

 「えっ」

 後ろから見ていたマンさんが驚きの声を上げた、マンさんは東洋の島国の出身だ。

 難破した船の生き残りで名を万次郎マンセル、マンセルは養父の名前だ。

 「儂のと似ておるじゃろ」

 すらりと抜いた刀は同じく日本刀、フローラの物より刀身が長く一メートルはある野太刀と呼ばれるものだ。

 「あっ、本当ですね、これは東洋の物なのですか」

 「そうです、我が祖国で使われている剣です、見たところ二尺五寸、反りは少なめ、鍔が長い、フローラ様は居合術をお使いになるのか?」

 「!!」

 まいった、選りにもよって皇太子一行に養父東郷の同郷者がいるとは予想できるはずもない、昨夜まで姿が印象にない、しかも居合術まで知っている、抜刀すれば身バレは間違いない。

 「いいえ、私は武術に心得はありません、単に軽くて見栄えがするので持っているだけですわ」

 「そうでしたか、横から失礼しました、その刀を拝顔させていただきたいのですがお許しいただけますかな」

 「もちろんどうぞ」

 刀身を抜いて渡すと舐め回すように顔を近づける・

 「うーむ、作者名はないが良い鉄を使い、相当に鍛えられたもの、しかし、変わった形をしている、中央に掘られた溝といい、先端だけが諸刃、儂が知らぬ流派のものか」

 エミーの師でもある養父、東郷の武術は日本で生まれ中国やインド、中東と流れ渡っていく中で経験した武術を統合して編み出された総合格闘術、剣だけではなく徒手術、関節技、鞭、槍、盾さらに毒も使用する。

 養父東郷は身の丈七尺、約二メートルの巨躯と剛腕を持ち、世界をその武で蹂躙してきた、永き闘争の果てに人殺しではなく子供を助けることに行き着いた。

 おおよそ武力とは遠い身体、小さく力のないエミーの才能、純氷の心が砕かれずに生きていける方法を教えてくれた、人を傷つける果てを知る東郷がそれでも預けてくれたのが二尺五寸の変則的な太刀、銘を地黒といった。

 「いやあ、眼福でござった」

 「いいえ、何かのご縁でしょうか」

 偽フローラは受け取ると片手で鞘を見る事無く鮮やかに太刀を収めた。

 「!!」


 その動作は余程の習熟を得ていなければ出来ないことを万次郎は知っていた。


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