純氷
魔獣狩りの前に岩人族長との会談を済ませなければならない。
弔意と言っていたが真の要件は硝酸であることは間違いない、公爵家側から接触があったのだろう。
「接触を打ち明けてくれるなら岩人の民も多少は父上に恩義を感じていてくれたのかもね」
本物フローラは基本的に岩人を信用している、アオギリやサイゾウという見知った者が多いせいもあるが、自然と共に暮らす岩人は物的文化の流入を好まない者が多い。
多少の金を積まれてもあの族長が首を縦に振るとは思えなかった。
なにより、父ムートン男爵は多くの岩人を助けた、未開の原住民と蔑み重税と徴兵を課せられていた奴隷に近い原住民だった岩人に尊厳を戻した。
税金の代わりに最新の絹織り技術を提供して織らせたロイヤルシルクを王都で販売して外貨を得る方法を与えた、岩人の暮らしは豊かさを選択出来るようになった。
選択の豊かさは同時に分裂をもたらすことになったが、それでもフローラは岩人が裏切ったとは思えなかった、しかし王国内部の争乱と同様に岩人の中で勢力争いが起こっていないとは言えない。
「彼らを信じたいけれど、それとこれは別、あなたたちの安全が第一よ、私は行くことには反対だわ」
「大丈夫、皇太子チームも同行してくれるっていうし、魔獣の手掛かりが掴めるかもしれない、それにあまり時間はないと思うの、今朝現れたチビ子爵とギルド長、その後ろにいた奴は人殺しだわ、匂いでわかるの」
「公爵に雇われた奴ってこと!?」
「分からないけど危険な奴、きっと変態よ」
「じゃあ、なおさら行動するのは控えたほうが良いんじゃないの」
「むしろ逆ね、暗殺なら本物は影武者から離しておかないと」
「影武者だなんて、命まで掛ける必要はないわ、いざとなれば白状してしまえば良いのだから」
「いざとなれば・・・ね」
「まだその時じゃないと言いたいのね」
不安と苛立ちがフローラの表情を曇らせる。
「じっとしていても奴は帰ってくれない」
「魔獣に暗殺者、これで何人目なのかしら!?よっぽど私が邪魔なのね」
怒りに震える手で嗚咽を漏れそうになる口を抑える、理不尽な恐怖と暴力、やり場のない慟哭がフローラを追い詰めている。
一度は直接命を狙われて殺されかけたトラウマは心を深く傷つけている、一人でいる時間が怖かった。
悪夢から覚めた後は必ず孤独感に苛まれる、恥ずかしくて言えないが出来れば毎日エミーにいてほしかった。
幼い記憶にある母の匂いを思い出した、男のはずなのに演技だと知っているのに。
エミーは不思議だ、感情が無いわけじゃないと言うが本当の笑顔は見えない、演技の作り笑いだ、悲しそうな顔も同じ、嘘だと自分で言う。
それなのに安心感がある、彼からは怒気が見えないからだ。
敵意や害意がない、純粋な氷の様に澄んでいる。
焦りや緊張することを知らないエミーは敵意や害意がなぜ向けられているのかを常に冷静に分析する、感情に感情で反応しない、怒りに怒りを返さない。
感情が心拍数やアドレナリンの放出を必要以上に助長し思考を鈍らせ感覚を狂わせる、誤った判断を基にした行動が失敗を生み、後悔を産む。
凍った心は、その中にある感情を露にしている、そう知ってしまえばエミーは誰よりも嘘の付けない人間だ。
エミーの言葉が演技でも、言葉にしたことは実行する、騙すことはない。
「大丈夫、上手く演じてあげる、安心して」
「それは貴方らしい答えなの?」
「ふふっ、そうこれが今の私らしい答え、貴方の代役として考えた最善の答え」
「貴方になんの得があるの?命と引き換えにするほどの価値がある?」
余程自虐的に聞こえたのかもしれない、フローラの声には怒りが交じる。
「前にも言ったけれどあなたの言うそれは持っている人の質問ね、持たざる者は何でもいいから持ってみたいの・・・そう、これは憧れ、私は貴方に憧れている」
「な?・・・憧れって・・・なんでそうなるの?」
「私なりに相当恥ずかしいのを耐えているのを理解してほしい、もう二度と言わない」
「何よそれ、馬鹿みたい」
「私のIQは一般人より高い・・・らしい」
「プッ、利口な人なら最初から関わらない・・・でしょ」
フローラとエミーは額を付けて笑った。
「大丈夫、私たちはやり遂げる、だから貴方を教えて、私が判断を間違わないように」
「無茶はしないと約束して!」
「無茶も貴方の一部だけど、貴方が望むならそうするわ」
「嘘・・・あなたは嘘が下手ね」
「そう言われたのは二人目ね」
「一人目は養父東郷さんね」
「そう、私が何を持っていなくて他の人と違うのかを教えてくれた、養父がいなければ私はきっと人ではなくなっていた」
「大丈夫、貴方は優しい人、いい人に成れているわ」
「そうだといいな・・・」
月明かりの明るい夜、森には春セミの鳴き声が聞こえている。
話疲れたフローラはエミーの膝を枕に深い眠りについた、額に手を当てるとまだ微熱が続いている。
半身を抱くようにフローラの重さを感じたままエミーも春セミの声を枕に眠りに落ちた。




