忠臣
皇太子一向は質素なもてなしを喜んでくれた、皇太子も侍従の騎士たちも気さくで偉ぶることがない、皇太子エドワードが集めたのだとしたら人望も得ているのが伺える。
この方なら眠れるワインの開栓をお任せしても良いのかもしれないとムートン家の者たちは思い始めた。
辛口の白ワインから始まり、ロゼ、メインの肉料理には隣国の重めの赤ワイン、最後は甘い貴腐ワインまで一向は良く飲んだ、聖女はかなりセーブして飲んでいる。
話は必然的に森の魔獣に及んだ。
「先日も魔獣が現れたとお聞きしました、正体は分かったのでしょうか」
和やかに進んでいた夕食の空気が変わる。
「先日、牧羊していた男が殺されました、現場を確認しましたが、あれは獣でも人でもないものです」
「それは・・・どういうことでしょうか?」
それまで一歩引いていたガイゼルが口を開いた。
「現場を見る限り犯人は刃物を使って百メートルを七秒で走り、人の内臓を漁る化け物だということです」
「!?」
百メートルを七秒と聞いてガイゼルたちは訝かしむ顔を作った。
「事実だとすれば確かに人でも獣でもないが・・・」
フローラは落ち着いた顔で頷く、ことさらに強調することはしない、その沈黙が誇張ではない事を伺わせる。
「相手が何であるのかは不明です、ですが現実に存在して我が領内を脅かしている、放っては置けません、近く村の自警団とともに討伐を開始します」
「おっ、お待ちくださいフローラ様、自ら討伐に参加されるのですか?」
エドワードがテーブルに両手をついて立ち上がった。
「当然です、仮とはいえ私はこの地を預かる貴族、責任があります」
「危険です!相手は男爵殿でさえその牙に掛けた魔獣、ダメです、貴方が行くべきではない!」
エドワードの顔は紅潮して怒りさえ浮かんでいる。
「皇太子様、貴族とはこういう時に命を使うから貴族なのです、父も私も王よりお預かりした地を守るために果てるならば本望です」
「そんな・・・」絶句した、そんな事を言う貴族に会ったことがなかった、働く事を禁忌とさえ謳い、合えばあれやこれやとくだらない要求ばかりの貴族たちとは根本的には違う、なぜこのような忠臣を辺境の地で男爵に留めておくのか王の見識を疑いたくなった。
「とはいっても自爆覚悟で挑むほど愚かではありません、正体は分かりませんが必ず暴き出してやります、そして生きていれば殺すことが出来る、この世に不滅の物など神以外に存在するはずがありません」
凛として語るフローラには相手を納得させる自信が見える。
「相手の力量を測ることが第一、その上で有効な対策を考え実行します、後先考えずに突っ込むことはしません」
希代の名将が諭しているようだ。
「フローラ様のお考え良く分かりました、であれば我々もその討伐に参加させて頂きたい」
「えっ!?」
想定外の申し出に言葉が詰まった、とっとと帰ってほしいのに滞在期間が延びてしまう。
「危険な仕事と知っていて貴方だけ向かわせることなど出来ません、お供いたします」
エドワードは背筋を伸ばして胸を張った。
「い、いえそれには及びません、些末な事で皇太子様やお付きの皆様の貴重な時間を無駄には出来ません、王都に無事お帰り頂くことが私共の願いでございます」
初めて動揺した顔を見せた。
「ご心配には及びません、なにしろエドワード王子は傾奇者として知られております、さらに我々も荒事が得意な面々を揃えております故、宮中の晩餐会など下らん行事に参加するより余程いい」
今度はガイゼルが胸を張った、破天荒なのは皇太子だけではないらしい。
「いいねぇ、今度は魔獣退治かい、ワクワクするじゃないか」
ジュン少尉も腕を捲った、乗り気だ。
「全くこの人たちは!滞在するとなればムートン家に対して経済的な負担も強いることになるのですよ、まずはそこではありませんか、エド」
エド?騎士たちは皇太子を度々呼び捨てにする、それは聖女も同じだった。
「そうだ忘れていた、極力迷惑はかけないが宿代だ、受け取ってほしい」
聖女が懐から出したのは王家の紋章が刻まれた金貨が十枚、一般家庭の五年分の年収に相当する、確認したフローラは即座に金貨を返そうとしたが、五人の圧力には勝てなかった、渋々受け取るということは滞在を認めることになる。
「これは男爵殿に対する弔慰金の意味も含んでの額、どうぞお納めください」
「わかりました、頂戴いたします」
ハリーはビロードが張られた盆を用意すると金貨を乗せてムートン家の家紋の下に供えた。
夕食後、雨の止んだベランダでガイゼルとジュン少尉、モリス少尉は煙草を揺らしながらウィスキーを舐めていた。
「どう思うかね、ガイゼルさん」
「どう思うとは?」
「あのお嬢様の事さ、気づいているのだろう、あれは相当な達人だぜ」
「あの一瞬の目、只者じゃない、恐らく人も殺しているね」
「・・・」
ガイゼルは黙ったまま星を見上げた。
「鬼神と謳われたムートン男爵の娘だ、武術の心得があってもおかしくはない」
「けど、あの闘気を一瞬で切り替えるのは上手すぎる、場数を踏んでなきゃ出来る事じゃねえ」
「あたしにはモリスが首から血を噴き出して倒れるのが見えたね」
「だが敵意も害意も感じない、冷静で落ち着いたものだ・・・いや、落ち着きすぎているのが違和感なのか・・・」
独り言のように呟いた。
「そうだ、十七の娘が皇太子を前に焦りも繕うこともしねえどころが、こっちの実力を測る様な目で見やがる、聞いていたイメージと随分違う」
「あたしもそう思う、彼女なら高跳び込みはしないと思う、助けるにしても違う方法を考えるのじゃないかしら」
「だが、それ以外に不信な点はあるか」
「いや、特には・・・」
「俺達の勘違いかもしれん、これだけではエドに注進することはできない」
「皇太子妃が武術の腕が立っちゃまずいって話も無いしな」
「そりゃそうだ、女は強い方がいいねぇ」
「暫くは様子見だ」
話し込む三人は壁の裏から気配を消した影が聞いているのを気付かなかった。




