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開かぬ扉

 初夏に珍しい冷たい雨が降っている。

 フローラの銃創は大きい、意識は戻っても通常の生活に戻るにはまだ時間が必要だった、エミーの回復速度の方が異常なのだ。

 浅くとはいえ体内に残った銃弾を自分で摘出し、二日後には魔獣の被害調査に自ら馬に乗り出向いている、その間発熱も傷口が化膿することもない。

 「なぜそんなに治りが早いの?」立ち上がることも出来ないフローラは羨望の目でエミーに尋ねた。

 「心がない分、神様が優遇してくれたのかもね」

 エミーの声は本心とも嘘とも聞こえる。

 「なんかちょっとずるい」

 「少し邪魔するけど許して、マナーハウスには修練する場所がなくて」

 「いいわ、私も退屈だし見学させてもらうわね」

 「ありがとう」

 

 事前に頼まれてはいたが二人だけの部屋にエミーが刀を持って現れた時は驚いた。

 

 エミーが自分の刀を取ると雰囲気が凍り付いたように冷えていく、部屋の温度が下がっていくようだ。

 容姿は似ていても全くの別人だ、自分がこんな雰囲気を作るのは想像できない。

 片膝を付いて力が抜けた状態から一気に体が弾ける。

 右手で抜いた長刀が一閃する、腕が刀を抜いたというより体幹から紡ぎだされた力が腕に伝わっている、居合からの一閃で終わらない追撃、剣撃が相手に触れた瞬間、刀の軌道が変わる、叩きつけるのではない、一瞬引いている。

 刀としては直刀に近い、先端のみ諸刃、太刀元は厚みがあり棟には溝がある。

 技と技の間、途切れない動き、そこにも意味がある。

 どれほどの修練を積めば辿り着けるものなのかフローラには見当がつかない、殺人

技だということを忘れさせる美しい動きがそこにあった。


 「すごいわ、どのくらい練習したらそんな風に動けるようになるの?」

 エミーが一息ついたとみて声をかけた。

 「重要なのは才能、腕力は邪魔になる、西洋の剣技とは根本的に違うの」

 「じゃあ、私にも可能性がある?」

 「これから銃の時代になる、護身術として覚えるならそっちの方が有効よ」

 「今まで必要ないと思ってきたけど、今回のことで思い知ったわ」

 「そうね、そういう立場になってしまったってことね」

 「私に手を出し奴の首を折ってやりたい」

 「フフッ、それなら徒手術がいい、怪我が治ったら教えてあげるよ」

 「本当!?やった、楽しみが増えたわ、早く怪我を治さなきゃ」

 本当に嬉しそうに笑う、エミーの演武で冷えた室温をフローラの笑顔が一瞬で温める。

 自分には一生出来そうにない笑顔、エミーはその笑顔を教えてほしいと羨ましく見た。

 きっとそんな笑顔を向けられた男は全員フローラを好きになる、その分同性の敵を作りそうだが本人が意識出来ていないのは罪な事だ。

 フローラが徒手術を覚えるよりも自分がその笑顔を習得する方が難易度高そうだ。


冷たい雨がオイルコートを叩いている、ワックスが雨を弾き身体は濡れていない、それより一日中立っていることによる背筋の疲れとこわばりが痛みとなって体力を削る。

倒れる訳にも弱みを見せる訳にもいかない、自分と国の将来のために絶対にフローラは譲れないと確信があった。

王家とはいえ一代で築かれた王国、反対派の諸侯も多くいる中で嫡男は自分ひとり。

体力や武力、学問や知識はエリートとして育てられた、潤沢な資金を費やし最高と思える教育を受けた、両親からもらった資質も悪くない、当然一般人に比較してハイスペックな人間が出来上がる。

そんな自分に決定的に足りないもの、人だ、対等な関係の人間。

王子として生まれ、周囲には傅く者しかいなかった、王としての父母は厳しかったが、チームの皆も対等の友人とは言えない。

そんな中に身を置いていると自分が酷く傲慢で矮小になっていく気がしてならなかった、(世間知らずのお坊ちゃま)、そう揶揄されるのが悔しいが真実だと分かっている。

 皇太子妃に成り上がり男爵家の令嬢は釣り合わない、本来侯爵家以上、又は他国の姫を候補にするのが本来だ、顔も見たことがない候補が何人もいる。

 あの橋から飛び込み他国の姫を助けた勇気、命の前に躊躇なくドレスを裂き、装飾品を惜しげもなく捨てる価値観、女性としてではなく一人の人間として尊敬できた。

 そして光を受けて金に輝く銅色の髪、深緑を映したような緑の瞳。

 目を閉じればいつもそこにいる。


 残像ではなく現実のフローラを自分の網膜に映して話をしたい。

 簡単に会ってくれるとは思っていない、理由は分かっている、この非常識な求婚話はフローラとムートン家にとってはなはだ迷惑であることを。

 身分を捨てて誠心誠意、本心を見せるしかない。

 

 今は彼女の許しを得られるまで雨に打たれるまでだ、例え何日であろうと膝は折らない。


 エドワード皇太子は開かぬ玄関の扉を見つめ続けた。


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