代役
フローラの反応の予想はしていたが皇太子の話から始めたのは失敗だった。
エミーの代役についても最初に打ち明けてから本人を登場させれば良かった、考えが足りなかった。
ハリーは自身がフローラを理解していなかった事を恥じた。
幼少の頃から成長を見守ってきた、どこかにまだ子供だという侮りがあったのだ、幼少に早く母を亡くし、先日には悲惨な形で父も無くした、まだ十七の小さな肩に領内を管理する仮とはいえ重責を担い、彼女は必然的に背伸びせざるを得なかった。
天真爛漫に周囲を明るく振り回していた女の子は大人になっていた。
代役についても彼女なりにエミーという人柄を見てのことだ、自分の責任の重さを知っている、代役とはいえ容姿が似ているだけの素性の知れない人間に全権を渡すようなものだ、疑って当然だ。
「エミー様は信用出来る方だと思います」
フローラの説得を決定づけたのはロゼだった。
「この方は性格に少々難がおありですが悪い人ではないと思います」
好きでない事と信用できる事とは違う、ロゼの声は冷静だ。
「ロゼ・・・」 一番エミーを警戒していたロゼからの一言。
「エミー様はお嬢様を襲撃者から守り、ご自分の怪我を顧みずにここまで運んで、更に自分にも出血死の危険があるのに輸血までしてくれました」
「そうだったの・・・、知らなかった、随分とお世話になってしまったのね、まずはお礼を言うべきでした、ごめんなさい、そしてありがとう」
フローラは素直に動かせない頭を下げた。
「それはいいの、過ぎた事よ」
「なぜ、そこまでしてくれるの」
「・・・瀕死の君を助けた時、この森に踏み込んだ時に感じたんだ、ここなら手に入るかもしれないと、私の欲しいものが・・・」
「それはなに?」
諦めたようにエミーは溜息をつくと話し始めた。
「君が危惧していること、みんなも分かっていると思う、私は怒や悲しみ、恐怖、緊張に自分を見失うことがない、常に平常心でいられることが特技なの、でも感動に涙を流すこともない、人としてたぶん大事なものが抜け落ちている、それは自覚している」
「それで冷静なのね」
「冷酷に映ると思うけど善悪の判別がつかない訳じゃないし、嬉しいも悲しいも感情はある、でもそうかと思うだけで気持ちが揺れることはないの」
「常に平常心、羨ましいわ」
「あの時、襲撃者を殺したとき君は残酷だと言ったわ、でも私は必要なことを優先した、合理的で冷静な判断をするとそうなる、でも人として考えれば普通の事ではないと養父に教えられた、いい人間はそういう判断をしないと」
「つまりあなたはいい人間になりたいってことなの?」
「簡単に言えばそうなる、持って生まれた素質として物事に動揺する心がない、鍛えれば身につくとも思えない、だから嘘でいいの、そういう人らしい判断を演技出来るようになりたい」
「それはそんなに難しい事なの」
「出来る人はそう言う、なぜこんな事が分からないのと、でもそれは腕力のある人が無い人に対して、なぜ持ち上がらないって聞くのと同じなのよ」
「エミーさんはこの代役の報奨について個人的にはいらないと仰いました、それでは契約にならないと申し上げたところ金額は問わないから出身の孤児院に送ってほしいと申されたのです」
ハリーが追いかけて説明する。
「私が嘘つきの人殺しであることに違いはないけれど、今までの殺しに後悔はないし正当な判断だったと思う、でも正常な人なら結果は違ったかもしれない」
「・・・」 フローラはエミーの瞳の奥を伺う、凪いだ渕は緑に澄んで嘘を言ってはいないように思えた。
「理解してほしいとは思わない、でも信用してくれていい、決して裏切らないと約束するわ」
「代役を続けるつもりがあるから声真似も止めないのね」
「そう、君の意見を全部聞くつもりはない」
「分かったわ、どちらにしても残された選択肢はないようね、あなたに代役を任せることにするわ」
「フローラ様!」「お嬢様!」
「でも、突発的な事象以外のことは予め相談してほしい、特に皇太子の件について勝手に婚約成立なんてことは許さないから」
「もちろんよ、皇太子が到着する前に君が目覚めてくれて良かった、正直どう対応したらよいのか見当がつかなかったの、もし私を押し倒そうとしたら首を折っていたかもしれない」
「それは賛成、そうなったら折ることを許可するわよ」
二人同時に笑ったが、ハリーたちは笑えたものではない。
「そっそんな事はどうかお止めくださいまし、全員縛り首です」
「冗談よ」 見事にハモった、二人の声が一人にしか聞こえない。
「こちらから出せるものが少なくて申し訳ないけれど、孤児院への寄付は最大限約束する」
「ありがとう、君が立ち上がって通常の生活が送れるようになるまで一月位ぐらいかしら、それまで代役を務めるわ、あと魔獣の調査と討伐は続行させていただくわね」
「いいの、そっちの方が危険よ」
「本来の仕事、その方が遠慮しなくていい分楽だわ」
握手を交わした二人を肖像画の二人が紅葉の川の向こうから優しく見ていた。




